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三千屋敷と人々と  作者: Y-K4183
4/14

禍山─千黄紫黒

「そこで私は―」


 本日も三千屋敷には依頼が訪れる。いつもと違うのは千黄が依頼人から依頼を預かった事だ。

 基本的に千黄は依頼をその場で解決する。そうでなくとも現場を見に行くなら依頼人を伴って向かうようにしている。例外は呼び出しの依頼等だが──どの場合でも千黄は依頼人を近くに置いている。今回の様に依頼人を伴わないのは珍しい事だった。


「面倒ですね」


 溜息を吐いて千黄が呟く。大体の依頼を平然と解決していく千黄が面倒というのは相当な事。部屋の住人はそう感じたようだ。


「あら珍しい。あんたがそう言うなんて」


 蛇体を千黄に絡ませながら姦が言う。姦の記憶によれば千黄が面倒と言った依頼はこれが初めてのはずだ。


「そんなに面倒なの? 今日の依頼」


 姦の言葉にいつも通りの無表情のまま千黄は答える。


「つまらない内容の割に事態が深刻です。放って置けば日本位は滅びるでしょう」

「あら、良いじゃない」


 微笑を浮かべ姦が答える。相当に物騒な発言だが千黄の表情に変化は無い。


「良くありません。滅んでは面白くない」


 無表情ながらにどこか苛立ちのようなものを滲ませながら千黄は答える。そんな千黄の様子を珍しそうに666が眺めていた。


「千黄がそんな態度取るのは珍しいねー。やっぱあれ? 玩具は手元に置いておきたいタイプ?」


 666の疑問に千黄は答える。


「逆です。そう言う物は手元から放したい方ですが……」


 千黄は一旦言葉を切り、溜を措いて答えた。


「今回は玩具を丸ごと破壊するようなものです。面白い訳がありません」


 矢張り何処か苛立ちのようなものを浮かべながら答える千黄。そんな千黄の様子を珍しく思い姦は千黄の頬をつつき始めた。


「あんた本当に千黄? 何か宇宙人が化けてたりしない?」

「そうだとしてもあなたたちはすぐに気付くでしょう」


 言うと千黄は立ち上がり部屋奥の襖を開いた。其処には中央にいくつかの小物が置かれている以外先ほどまでと全く同じ作りの部屋が有った。

 置かれている小物の中から二、三個を手に取り千黄は向かって右の扉を開く。其処にも同じ作りの部屋が広がっており、この部屋にはいくつかの旅行鞄が有る以外何もなかった。

 千黄は旅行鞄を一つ手に取ると来た道を引き返し、最初の部屋に戻る。そして部屋の隅に置いてあるタンスから衣服を取り出し鞄へ詰めていく。その様子を眺めていた666が千黄に聞いた。


「何してんの?」

「今回は長丁場な上に場所が場所ですので、準備を」


 言いながら千黄は衣服を詰め終えた鞄を閉じる。準備を終え、千黄は三人の方に振り向いた。


「出発します。姦、車をお願いします」

「嫌よ、面倒くさい」

「では666に……」

「いや、それなら私がやるわ」


 千黄の言葉に慌てて姦は承諾する。それを聞いた千黄は扉を開け、上へと歩いて行った。

 運転を断られた666が姦に向かって文句を言う。


「そんなに私の運転が嫌かー」

「嫌。あんた雑だもの」

「荒」

「がーん」


 姦は疎か恐にまで拒絶され落ち込む様子を見せる666。そんな彼女を無視して姦は庭に出ると、虚空から車を出現させた。


「せい……のっ」


 そのまま外に向かって車を放り投げる。ズシンと音を立てて先に家を出ていた千黄の目の前に車は着地した。


「余り乱暴に扱わないでください。高いので」

「高かったらそんな簡単に壊れないでしょ」


 千黄の文句を受け流しながら姦は運転席に乗り込んだ。遅れて千黄も後部座席に乗る。


「それじゃ、しゅっぱーつ!」


 いつの間にか乗り込んでいた666が号令を掛ける。姦が後ろを振り返ると千黄を挟むように二人が座席に座っていた。


「全員いるわね? それじゃ、行くわよ」

「言ったの私なのに……」


 口をとがらせる666を他所に姦は蛇体を足に変えアクセルを踏み込み、車を発進させた。少し進んだところで姦がそういえば、と千黄に聞いた。


「目的地何処なの?」

「静岡です」

「了解、こっからじゃ五時間位ね。……これ、飛んで行くか跳んだ方が早かったんじゃない?」


 姦の疑問に千黄は答えた。


「面白くない依頼ですので、せめて道中位は面白くしようかと」

「そんなに面白くないの?」

「原因も対処法も分かっています。そのくせ、手間がかかるので面白くないです」


 ふーんと、あまり興味を持たない様子の姦。一方、666は興味深々に千黄に尋ねる。


「どんな内容なのー? それ」


 千黄に寄りかかりながら666は聞く。ふむ、と逡巡して千黄は話しを始めた。


「今回受けた依頼は家に異変が次々と起こるので対処してほしいというものです。本来、その程度の案件なら他の方が対処できるはずなのですが、今回は誰一人手の出しようがないという事で私に依頼が回ってきました。

 この件の厄介な点として、いったんは解決してもすぐにまた同じようなことが起こる、また同様の事が極めて広範に亘って発生していることです。その範囲は四百km以上。更に、その範囲は段々と広がっています」

「それで、何が原因なの?」


 長々と話す千黄に結論を話すように666が促す。特に何か反応する事無く千黄は言う。


「山です」

「「山?」」


 二人の声が重なる。666は首を傾げ、姦は疑問を口にした。


「山なら確かに力を持つでしょうけど……そこまで力を持つことはまずないわよ。それに、そういう類はあまり積極的にならないはずなのだけど?」

「只の山ならそうでしょう。ですが、今回の原因は凡百の山ではありません」


 千黄は一旦口を閉じると、数秒の溜めの後に山の名前を口にした。


「今回の原因は富士山。日本一の標高と知名度を持つ山であり、同時に古くから信仰の対象ともなっていた山です」


 千黄の言葉に然しもの姦も目を見開き驚く。一方の666は日本出身では無いためそこまで実感がない。恐に関してはいつも通り表情が見えない。千黄は続ける。


「何故富士山が原因で異変が起きるのか。これに関しては富士山が"澱み"を噴き上げているのでしょう。そして噴き上げている澱みは日本中の物。このままだと日本が滅ぶ……いえ、自滅しますね」


 告げられた事態に姦は手を一本顎に当てて考える。666は考えてはいるがよくわからないようだ。千黄は続ける。


「元々澱みは地脈を巡っていく間に弱く噴出したり浄化されたりなどでそこまで一か所には溜まりません。ですが日本に有る富士山信仰と富士山が火山である、という事が合わさり大量の澱みがたまっていました。しかし今までは富士山に向けられた信仰が澱みを浄化していました。ですが最近では……」

「代替わりで信仰心が薄くなって溜まった澱みが噴き出してきたと」

「そういう事です」


 姦の答えに千黄は頷く。その話に疑問を持ったのか666が千黄に尋ねた。


「さっきの理屈だとさー、信仰が無くなったら澱みも一緒に無くなるんじゃ無いの?」

「澱みは勝手に無くなったりは中々しませんよ」


 遠心力で恐に持たれながら千黄は答える。


「澱みは生物の思念から生まれます。その性質上、信仰の有る無しにかかわらず澱みは生まれます。また、澱みに形を与えるのも思念です。最近では形──まあ幽霊などですね──を信じる人間が減っているため澱みはそのまま澱みとしてあります。そのせいで既に形を成している方達は澱みを多く取り込み、強力になっています。最も、貴女達の様な規格外には影響は薄いでしょうが」

「それはそうね。一億に二、三足したところでさしたる変化じゃないでしょうし」


 千黄の言葉に姦が答える。いつの間にか姦は六腕を全て使い地図を見ながら菓子とジュースを両方持ち、ハンドル操作をしながらダッシュボードを漁ると言う荒業を成していた。


「うわ、姦スゴ。こんがらがったりしないの? それ」

「そこまで難しくないわよ。と言うか、あんたその気になれば私より増やせるでしょ」

「いやまあ、そうだけど」


 言いながら666は自身の腕を数百本まで増やして見せる。その光景を見た姦は少々引く。


「あんたさあ……何かこう、何か……」

「もっと増やせるけど?」

「もういいわよ」


 ふーんと666は腕の数を戻す。先ほどのやり取りでも何一つ表情に変化の無い千黄が話を再開する。


「それで、今回の件の対処法は富士山に向かっている地脈の流れを切り替え、循環するようにすることです」


 千黄の言葉に姦が反応する。


「簡単そうに言うけどまず無理よ、そんなこと。第一、地脈に干渉する手段がないじゃない」

「そのために貴女達を連れてきました」


 姦を見ながら千黄が話す。


「私ならどの地脈をどう繋げば良いか分かります。なので、貴女達は私の言った通りに地脈の流れを切り替えてください」


 千黄の発言に姦は考え込む。確かに千黄の異常さは度々見てきたが、地脈の循環と言う偉業を成せるかどうかは分からない。そもそも地脈の操作はそう簡単にできるものでは無いのだ。一方、666はそこまで詳しい知識を持たないためその難易度がよくわからない。そのため666は千黄の指示をあっさりと引き受ける。恐は……矢張り反応が無い。だが恐は千黄の指示には背かない。結果、この場で悩んでいるのは姦だけとなった。


「……分かったわよ。やってやろうじゃない」

「ありがとうございます」


 半ば自棄になりながらも姦は承諾する。千黄は礼を言っているがその表情は時が止まったかのように変化していない。


「さて、着くまでしばらくかかります。寝ておきましょう」

「さんせー」

「安」


 言うなり三人は寝息を立て始める。しかし運転手の姦は眠るわけにいかない。いっそこっそり富士山まで飛ばしてやろうかと考えるが千黄が車で行くと言った以上飛ばすこともできない。結果、不満に思いながらも運転に集中するしか姦のすることは無くなった。


「腹立つわねぇ……」


 少々運転を荒立てながら姦は富士山への路を走らせる。一時間程走らせた辺りで姦は後ろ座席へ向けて声を掛けた。


「……恐、あんた起きてるでしょ」

「阿」


 恐が返事を返す。先ほどまで寝たふりをしていたようだ。


「あんたさあ、これ、分かる?」


 姦が下を指す。恐も下を見、再び姦を見る。


「まさかここまでヤバいとはねえ……」


 地の底の膨大な澱みを感知した姦。溶岩すら霞む異様な圧に姦の本能のようなものが強く刺激されていた。


「まあそれでも行くしかないわけだけど」


 姦は車を発進させる。恐は先ほどから下を見ている。


「安。亜。合。上」


 恐が呟く。そのたびに地を流れる澱みが影響を受け波紋を広がらせる。だが、それだけだ。並大抵の地脈程度ならあっさりと断ち切る攻撃を当ててなおその程度。おまけにこの澱みの流れは別にこれ一本と言うわけでは無い。これから行く場所には何十、何百、何千と言った流れが集まっている。先ほどからそれを感知していた姦はその強大さに目を細めた。


「……これ、千黄どうするのかしらね?」


 姦は不安に思いながらも富士山に向けて走らせる。二時間程経ったところで突如起床した千黄が姦に話しかけた。


「そちらのサービスエリアに入って下さい。お土産を買います」

「はいはい」


 指示通りに姦はサービスエリアに入り車を止める。すると千黄は666を起こし土産物を買いに行った。車内に残された姦は呟く。


「千黄は分かってるんでしょうけど……あいつ気楽過ぎない?」


 する事が無い姦は足を蛇体に戻し座席にもたれかかっていた。そのまま腕を伸ばし後部座席に置いてある菓子を取る。


「恐、あんたは……いや、何かあっても分からないわね……」


 そう言うと姦は前に向き直り菓子を食べ始める。その様子を見ていたのか恐が呟く。


「楽」

「ん~? 何か文句あるのかしら~?」


 座席から背を伸ばし恐を見る姦。長髪が垂れ物凄い絵面となっているが恐は何も反応しない。そのうち姦も前を向きなおした。

 姦の視線の先には店から出てくる千黄の姿が有った。


「御待たせしました。これがお土産の饅頭です」


 言うと千黄は箱を二十個ほど積み上げる。あまりの量に姦は呆れかえる。


「どうすんのよそんな量……」

「饅頭は食べるものでしょう」


 凍り付いたかのような無表情のまま千黄が答える。その隣で666が饅頭を一箱食べ終えていた。


「もう一箱ちょーだい」

「……食べ過ぎよ」

「私の分も残しておいてください」


 はいよー、と返して666は次の饅頭を食べ始める。姦は複雑な表情でそれを眺めていた。


「……そろそろ行くわよ」

「はーい」


 姦は車を発進させる。千黄はシートベルトを着けると666にもたれかかった。


「もう一度寝ます。着いたら起こしてください」


 言うなり千黄は寝息を立て始める。その様子を見て姦はため息を吐いた。 


「図太いのか何なのか……。まあ、私らと契約出来てるんだから大物ではあるんでしょうけど」


 眠る千黄を見て呟く姦。今は運転中であり、前を見ていなくてはならない。だが姦は千黄を眺めたまま正確にハンドルを切っていく。これには666も驚きの声を上げた。


「何それ、何の技術?」

「ん~? 技術って言うより……勘の類ね」


 言いながら姦ははみ出してきた対向車を避ける。そのままカーブを曲がりトンネルに入った所でようやく前を向きなおした。


「そんなことより、あんたは千黄がどうこの件を解決するのか分かる?」


 姦が666に尋ねる。666は首を傾げると答えた。


「どうって……地脈、繋ぐって言ってなかった?」

「……普通に考えて無理よ、それ」


 姦がため息を吐く。それ程その答えに呆れているらしい。


「地脈って言うのは言ってしまえば世界の流れよ。山、海、空、あと人とか。そういうの全部に影響受けて、逆に影響を与えている。地脈を変えるって言うのは世界を捻じ曲げると同じよ。まず出来ないわ」


 姦の言葉に666は少し考え込むと口を開いた。


「良くそう言うので地脈とか使ってない? あれは?」

「ああいうので使ってるのは支流。今回は本流よ。規模が違うにも程が有るわ」


 姦の言葉に666は更に頭を捻る。暫くして、答えをひねり出した。


「私ら三人総がかりならどうにかなんない?」

「大雑把に弄ることなら一人でもできるわね。繋ぐのも、細かい調整に神経使うけど何とかなるわ。けど、そこで終わりよ。繋いだところで詰まって爆発するだけね」


 666は沈黙した後に言い放った。


「千黄なら何とかするんじゃない?」

「結局そこに行きつくわね……」


 矢張りそこに行きつく。姦はどう思考しようと結局は「千黄ならどうにかするだろう」と言う考えになることに嘆息する。それは、自分たちではどうにもできないという事だからだ。最も……


(この澱みが形を得て襲い掛かってくる、ならどうにでもなるけれど)

(単純に吹っ飛ばす以外は苦手だなー)


 などと益体も無い考えをする二人だったが、遂に富士山が視界に入った所で姦は考えを打ち切り気を引き締める。そのまま姦は車を五合目の駐車場まで走らせた。


「ん~、あ~、疲れたー!」


 伸びをする666。その様子を姦はじっとりとした目で眺めていた。


「運転して疲れたのは私なんだけど……まあいいわ、もう。それより千黄、着いたわよ、起きて……ってあら? 居ない」


 姦が辺りを見渡すといつの間にか起床していた千黄が車のトランクから何かを取り出していた。


「あれ千黄、何やってるの?」

「せっかく富士山まで来たのですから、登山していきましょう」


 言うと千黄は登山靴にザイル、杖に防寒具などの登山用具を取り出した。


「ちょっと、そんなの使わなくても一瞬で……」

「退屈な依頼ですので、せめて楽しんで行きましょう」


 有無を言わせぬ無表情で登山用具を渡してくる千黄に姦はため息を吐く。だが断るわけにもいかず、渋々と登山用具を身に着けていく。


「ねえ、私靴は履けないんだけど……」

「姿位変えられるでしょう。そもそもその姿では人に見られると面倒です」


 だったら登らず飛んだら、とぶつくさ文句を言いながらも姦は姿を変える。

 すでに着替え終わっている千黄に666が話しかけた。


「ねー、姦が見られたら不味いなら恐とかどうすんの? どうやってもダメだと思うけど」

「そうですね、恐」

「吾」


 千黄が恐に指示を出すと恐が姿を消す。


「これで問題ありませんね。では、出発しましょう」

「おー!」

「……私だけ飛んで行ってもいい?」


 姦の抵抗を黙殺し一行は富士山を登り始める。千黄はいつもの無表情だが666は物珍しいのか辺りをキョロキョロと見渡しながら登っている。それとは対照的に姦は死んだ魚のような目でどこも眺めずに淡々と登り続けていた。


「楽しいですね。姦もそう思うでしょう?」

「飛んで行くか帰るかどちらかにしてほしいわ……」

「千黄ー、あれなにー?」


 千黄は666の方に歩いて行くと疑問に答えていく。その様子を見ていた姦はため息を吐いた。


「……まあ、千黄もどことなく楽しそうだしこれくらいは我慢しようかしらね」


 十分後、疲労で歩けなくなった千黄を姦は背負っていた。


「……そろそろ我慢の限界に来そうなんだけど?」


 額に青筋を浮かべた姦が言う。一方の千黄はいつも通りの表情のまま答えた。


「山頂まで我慢してください」


 千黄の言葉に姦が額の青筋を更に太くする。


「……千黄が我慢すれば良いじゃないの」


 既にぎりぎりの姦だが千黄は一切表情を変えない。


「私はもう足が動きません。これ以上動かせば筋繊維が断裂します」


 いつもと変わらぬ千黄の調子に姦はため息を吐き、呆れたようにに口を開いた。


「普段から動いておかないからよ」


 その言葉に背負われたままの千黄が言葉に少々不満を持たせる。


「平均的女子高生の身体能力です。それに、本来なら山頂まで大分余裕をもって到着出来ました」

「それはまあ、あれだけ動けば余裕も消え去るわよ」


 先ほどまで千黄は666の質問に答えるためそこら中を走り回っていた。無茶苦茶なペースで走り続ける666に付いて行った結果、動けなくなった千黄は姦に背負われる事となった。


「千黄ー、これはー?」

「それはヤマホタルブクロと言う植物です」


 尚も質問を続ける666だったが千黄はいつもの顔で答える。その様子を呆れた顔で姦は眺めていた。


「アホな事やって無いで、先行くわよ」

「あ、ちょ、まってー」


 千黄を背負ったままズンズンと進んで行く姦を666は慌てて追いかける。そのまま三人は先ほどまでの物が嘘のようなハイペースで富士山頂へとたどり着いた。

 666が声を上げる。


「とーちゃくー!!」

「やっぱ急いだら直ぐね。最初からこうすればよかったわ」


 背負った千黄に向けて姦は愚痴を呟く。


「急いでは面白くないでしょう」


 千黄が言う。背負っているため姦から顔は見えないが、確実に無表情と確信できる声だ。それを聞いた姦はため息と共に呟いた。


「あんたが面白くても私は面白くないのよ」

「自分勝手ですね」

「あんたに言われたくないわよ」


 顔を合わせないまま睨み合う二人。その隣をいつの間にか姿を現した恐が通り過ぎていった。

 二人を追い越していた666が声を掛けたことで二人の睨み合いは収まる。


「姦も納得したようですし、ゆっくり行きましょうか」

「納得はしてないわよ。これ以上揉めるのが面倒なだけ」


 文句を言いながらも姦は千黄を背負ったままゆったりと歩みを進める。666はその様子を微笑ましそうに眺めていた。

 十数分後、一行は千黄の指定した場所へとたどり着いた。666は真っ先に飛び出しその後を姦がのっそりと歩いて行く。

 姦は背中の千黄に訊ねた。


「それで? ここで良いの?」

「はい、ここです。もう降ろしてもらって大丈夫ですよ」


 その言葉に従い姦は背中の千黄を降ろす。


「さて、始めましょうか」


 千黄は三人に指示を出し始める。姦を山頂北に。666を南南西に。恐を自身の傍に配置し千黄は次の指示を出す。


「666、そちらの地脈を分断してください。姦は分断された地脈の山頂側を間近の地脈と合流させてください」

「無茶苦茶言わないでよ! んなもんまず……」

「可能です。なのでしてください」

「……分かったわよ」


 不満を飲み込み姦は分断された地脈の接続にかかる。666が切断した地脈を離すのに合わせ、離された地脈の操作に全力を注ぎ込む。ほんの少しでも加減を間違えれば爆発するそれを、脂汗を浮かべながら如何にか近づけ、合流させようとする。

 姦にとって質の悪い事にぶれそうになると千黄から詳細な指示が飛んでくる。姦は怒りで歯を食いしばりながらもその指示に従う。すると驚くことにその指示通りにやると普通にやるよりも明らかに楽になっていた。それでも相当に消耗し、終わった時姦は余りの疲労に座り込む。同様の様子からして、666の方も必死だったようだ。そんな二人の様子を気にもかけず千黄は次の指示を出す。


「666、切断した地脈をこちら側の地脈まで繫げてください」

「へ? あ、りょーかーい、ふう」


 息を切らしていた666だったが千黄の指示に即応し、地脈を伸ばし、繋ぐ。矢張り千黄の指示によってスムーズに地脈は動かせているが、体力、何より精神力を消耗する。

 作業が終わったころに666は息も絶え絶えと言った有様となっていた。


「恐は繋がれた地脈を三度捻って下さい。姦は先ほどの地脈をその捻りに巻き込ませてください」

「……嫌って言ってもやらせるんでしょ」

「当然です」


 姦は大きく息を吐くと指示された作業に取り掛かる。恐は反応が無いためどう思っているかはわからないが、表面上文句なく淡々と指示を実行していた。

 十分程経ったところで二人の作業が終了する。それと同時に姦はその場に崩れ落ちた。


「お疲れ様です。五分程休んだら次に取り掛かって下さい」


 千黄の言葉に信じられない者を見るような目をする姦。そんな姦を気にも留めずに千黄は666へと次の指示を飛ばしていた。


「666、地脈を補強してください。五分でお願いします」

「おーけー!」


 地に体を投げ出したまま666が答える。その体勢のまま指示された作業に取り掛かるが、先ほどの作業よりは楽なのか、それとも体勢が楽なのか、それ程消耗している様子はない。そのまま五分間かけて666は作業を終えた。同時に千黄が姦へと声を掛ける。


「五分経ちました」

「……あんた優しさとかないわけ?」


 多少回復してはいるがまだまだ消耗したままの姦が恨み言を千黄に向ける。その声を一切の感情を浮かべない目線で千黄は返す。二人は数秒間睨み合うが、根負けした姦が嫌々と言った様子で動き始める。


「……後で何か埋め合わせはしてもらうわよ……」

「用意しているので早くお願いします」


 千黄の発言に姦は青筋を浮かべる。しかし、その場ではそれ以上文句を言うことなく姦は作業に取り掛かった。


「そこを右に曲げたら二つ隣の方を沈めてください。それが終わったら反対の地脈を切断して沈めた方に繋いでください」


 千黄の指示に姦は従い続ける。一見すると淡々と従っているようだが表情には憤怒が浮かび上がっている。作業が終われば間違いなく一悶着あるだろう。

 そんな姦の内心を知って居ながら千黄の態度に変化は無い。一切の遠慮なく姦に指示を飛ばしている。おまけにいつの間にか用意した椅子に腰かけ、何処からともなく取り出したジュースを飲んでいる。その様子に姦の怒りが増々膨れ上がっていく。遂に爆発するかと言う寸前、千黄は作業の終了を告げた。


「お疲れ様です。もう終わっていいですよ」

「……ああそう……」


 殺意の籠った目で姦は千黄を睨みつける。それどころか腕を突き出し、何らかの呪を叩きつけようとする。使われれば確実に千黄は死ぬだろう。しかし、行う前に余りの疲労から姦は体勢を崩し地に手を付いた。千黄はその一連の様子を無表情に眺めていた。

 はあ、とため息を吐くと千黄は姦に言う。


「休憩するのならこちらでした方が良いですよ。そこは岩場ですので座るのには向いていません」


 千黄の言葉に姦がギリギリと歯を鳴らす。しかし、一切の表情を変えない千黄を見て姦はため息を吐くと、地を這いながら千黄の隣へとたどり着いた。

 体を起こし、姦が千黄に向けて言う。


「……あんたいつか呪い殺されるわよ……」

「対策は取っていますので、心配せずとも大丈夫ですよ」

「ああそう……」


 色々と諦めた様子でそう呟くと、姦は用意された椅子にもたれ掛かった。すると、背後から伸びた手が姦にジュースを手渡した。姦は振り返る。


「……何やってんの?」

「執事!」


 姦の背後には執事服を着た666の姿が有った。


「……あんたは元気ね……」

「いやー、見た目ほど元気じゃないよー。割と限界。まあこんくらいならできるけど」


 666が両手を横に広げる。すると、その上にワイングラスが4個一列に現れた。そのワイングラスに見る見るうちに液体が満ちていく。


「はいどーぞ、私特性の何かだよー」

「何かって……何よこれ?」


 飲んだことのない味の液体に姦は困惑する。その一方で千黄はあっさりと答えを当てた。


「貴方の体液ですね」

「お、せいかーい!」


 千黄の言葉に姦は液体から即座に口を離す。


「あんた、何飲ませてくれてんのよ」

「あれ? 不味かった? 割と味に自身有ったんだけどなー」

「味じゃないわよ! まったく……変な効果とか無いでしょうね!」


 姦の言葉に千黄が答える。


「安心してください。毒性は付いていません」

「そうだよー。せっかく頑張って美味しく調整したんだからさー、最後まで飲んでほしいなー」

「……分かったわよ。ま、味は問題ないみたいだし」


 二人の言葉に姦は再び液体を飲み始める。そのままゆったりと景色を眺めていたが、少ししてある事に気が付いた。


「ねえ、登山客は?」


 姦は立ち上がると周囲を見渡す。その視界に自分たち以外の人は映らなかった。


「今頃気付きましたか」


 千黄の声色には普段より少しだけ感情が含まれていた。その事に姦は記憶に有る千黄の言葉を思い返す。

 登山者に見られると面倒とは言っていたが……姦は来てから一度も登山者を見ていない。


「騙したわね」

「何の事でしょう。見られると面倒、とは言いましたが見る相手が居るとは言っていません」


 ほんの少しだけ楽しそうに千黄は言う。おまけに顔には微笑が浮かんでいた。


「あんたがそこまで楽しそうな時点で最初っから騙す気まんまんだったって事でしょ、まったく……」


 姦は姿を元に戻し、長時間変えていた所為で強張った体をほぐしていく。六本の腕を回し、蛇体を伸ばす。その様子を666が珍しそうに眺めていた。


「ほんと器用に動かすね、それ」

「あんたも大概でしょ? 山ほど増やしてたじゃないの」

「私のは生まれつきだけどー、姦は後からじゃん。それなのにそんなうまく動かせるのは凄いなーって」

「……百年もすれば慣れるわよ、こんな物」


 どこか愁いを帯びた表情で姦が答える。その様子に666はこの話に踏み込むのを止め、さっさと別の話題に切り替えた。


「そういや今回の依頼いつ終わるの? さっきの作業やってから結構時間立ってるけど。もしかしてまだ何かしたりする?」


 まだ何かするかも、と言う言葉にに姦が心底嫌そうな顔をする。しかし千黄はその言葉を否定する。


「もう直ぐに完了します。何もしなくて大丈夫ですよ」


 ゆったりと椅子に座った千黄は答える。その言葉を信じ、666は椅子を作り出すと腰かけた。姦もほっとしたように胸を撫でおろす。

 そして一行は富士山頂にて伸び伸びと休憩し始めた。

 姦は人が居ないため快適そうに体を伸ばす。そして飲みかけのジュースを片手に椅子に座ったまま辺りの景色を楽しみ始めた。

 666は山頂を駆け回っていた。辺りの絶景を見たり、火口を間近で観察したりとやりたい放題している。時折上空まで飛び上がっては雲をかき混ぜたりと楽しんでいるようだ。

 恐はただ佇んでいた。時折数歩、歩いたりはしているのだが何をしているのかはよくわからない。だが、どことなく普段よりは陽気そうだ。

 そんな三人を眺めて、千黄は大きく溜息を吐く。退屈そうに。

 何を考えているのか、何を見ているのか、誰にも分らない。一つだけわかるのは、千黄にとって今が退屈ということだけだ。

 そして、再びの溜息。少し間を開けて、いつも通りの無表情のまま千黄はぼそり、と呟いた。


「予定通り、ですね」


 千黄はゆっくりと椅子の上に立ち上がり、遥か遠方を眺め始めた。姦が尋ねる。


「ん? 何か有るの?」

「あと少しで完了ですので。どうせだったら見てみようと思いまして」

「ふぅん。後どの位なの?」

「五秒ほどです。4・3・2・1・0」


 千黄が言い終えると同時に、途轍もない”力”が富士山頂(4人の居る場所)を中心に奔りだす。


「地脈!? 何でこんないきなり!」


 力の正体を即座に看破した姦が驚愕の声を上げる。


(そもそも、地脈の流れにあれだけ干渉して、一切の影響がなかったこと自体が異常! その揺り戻し!?)


 否、と、姦は浮かんだ自身の考えを否定する。


(地脈はそんな悠長な物じゃない! あそこまで無理に書き換えたなら普通直ぐに影響が出る! 一体何でこんなタイミングで……)


 と、姦は一つの理由に思い至る。


「あんた、何かしたでしょ」

「はい。しました」


 いつも通りの無表情のまま答えられ、姦は半ば呆れた様子で尋ねる。


「それで、一体何やったらこうなるわけ? いくら何でもさっき弄った地脈だけでこうなるはず無いんだけど?」


 調べてみると、先ほどまで書き換えていた地脈だけではなく、富士山周辺からかなりの範囲の地脈が迸っている。いくら地脈が繋がっていると言っても、山頂の一部を弄っただけでこうなるのはおかしい。姦はそう判断した。


「単純ですよ。地脈に流れる力及び澱みは人の思念から生まれるものです。なら、人の意識などを操作してしまえば地脈の性質を書き換える事が出来ます。インターネットの掲示板やSNSへのいくつかの投稿で人の意識は十分に操作出来ました。

 後は、地脈の性質に合わせて最も効果的な形に源流を書き換えてしまえば完了です。その状態で少々時間を置けば……」


 千黄の言葉に合わせるように噴出する”力”が収まり、整っていく。姦はその光景を呆然と眺めていた。


「ほら、これで終わりました」


 普段とどこか違う、あきらめたような表情で千黄が呟いた。そのことに千黄以外誰も気付かない。


「さて、帰りましょうか」


 千黄が呆然としたままの姦に声を掛ける。既にその顔はいつもと同じ無表情に戻っていた。

 姦は声を掛けられ、我に返って辺りを見渡す。千黄はそんな様子を見て呟いた。


「姦は結構混乱しますね」

「あんな物見せられたら誰だってそうなるわよ……何なのよ、あれ」

「さっき説明したでしょう」

「そうだけど……」


 納得いかない姦はブツブツと呟き始める。そんな姦を他所に、千黄は666を呼び戻す。相当な距離にいたはずだが千黄が呼んだ瞬間に666は二人の所に現れた。


「なにー? なんかよーじ?」

「用事は済みました、帰りますよ」


 えー、と666がゴネるが千黄も姦も耳を貸さない。恐はいつの間にか千黄の隣に出現している。


「666、帰りは任せますよ」

「任された!」


 666が虚空に向けて腕を振る。一拍遅れて亀裂が空中に出来上がり、次の瞬間にそれは十分に人が入れるほどの大きさにまで広がった。


「ここを通れば家まで一直線!」

「そう言うわけです」

「……車どうすんの」


 姦が突っ込むやいなや666が指を鳴らす。それに合わせて麓に置いてきた車が出現した。同時に亀裂が十分に車が通るサイズにまで広がる。


「これでOK!」

「あんた忘れてたでしょ」


 姦の発言に666は目線を逸らす。


「まあそんなことはどうでもいいので早く帰りましょう」

「……来るときあんなはしゃいでた奴に言われてもねえ……」

「その時はその時、今は今です」


 姦の言葉に屁理屈で返し、千黄は亀裂へと飛び込んだ。


「それじゃ、ごーほーむ!」

「なんか変な場所に行ったりしないでしょうね」

「合」


 千黄に続き三人も亀裂へと入る。一瞬視界が暗闇に包まれ、次の瞬間三人は家の前に立っていた。一拍遅れて引きずられた車が姿を見せる。


「到着!」

「無事みたいね……一応」


 姦が自身の体を確かめながら言う。一方、一足先に来ていた千黄は既に家の扉に手を掛けていた。


「はしゃいでないで、早く家に入りますよ。晩御飯もありますし」

「……何か釈然としないわね」


 不満気な表情で姦が千黄の脇をすり抜け家に入る。666も車を格納するといそいそと姦の後に続いた。恐はいつの間にか姿を消しているが、千黄は特に反応しない。

 誰も居なくなった庭と道路をチラリと眺め、千黄は三千屋敷の扉を閉めた。




 閉じられた三千屋敷の扉を一人の少女が眺めていた。年齢は十七歳前後、端麗と言える容姿、しっかりと引き締められた身体……通常であれば美しいと称されるその姿ははありとあらゆる"異常"によって覆い隠されていた。

 右目は閉じられ、服から見える素肌には大量の傷跡が有る。口元は何かを耐えるように引き締められ、見開かれた左目には悍ましい程の憤怒が宿っている。そして、少女の右腕には一振りの刀が有った。鞘で刀身は見えないが柄を見ただけで相当な名刀だと知れるだろう。

 だが何よりの異常は『この街』に少女が一人でいるという事だった。

 この街の治安は呆れるほどに悪い。不良のたまり場になっている場所などはまだましな方。場所によっては平然と銃器が持ち出され、違法な品々が大量に扱われる。人死にすら大事には上らない。

 街の名は「貪底街」日本にあってあり得ぬほど治安の悪い場所。そんな場所に、刀を帯びているとはいえ少女が一人。余りにも、異様。

 そんな自身の異様さなど気にも留めず、少女は『三千屋敷』(異様の頂点)を睨みつける。


「見つけたぞ、千桜四石……!」


 その声からはどうしようもない程の怨嗟がにじみ出ていた。

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