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三千屋敷と人々と  作者: Y-K4183
3/14

夜怪─千桜四石

 本日も三千屋敷には人が訪れる。今日の依頼はまた出掛ける依頼の様だ。先日と違うのは依頼人を伴っているという事だ。


「それで、本日はどういったご依頼でしょうか」


 歩きながら千桜が依頼人の女性に問いかける。女性は一瞬間を置いて話を始めた。


「……異変が起こったのは二か月前の事です。その日に私は仕事帰りに山道を通っていました。普段から使っている道なのですが、その日は少しいつもより薄暗い気がしました。ですが、帰るのに一番近い道がそこなので私は気にせず進みました。ただ……今思うと多少遠回りになってもあの場所を通らなければよかったと思います。

 歩いていて十分位……半分ほど進んだあたりで、何か聞こえたような気がしました。ですが、耳を澄ましても何も聞こえず……気のせいだと思って先を急ぎました。ですがその後も度々聞こえてきて、変な人が付いてきているんじゃないかと思い、小走りになりました。しかしその声が聞こえる感覚はどんどん短くなってきて……そのあたりで私は走り始めました」


 女性は唾を飲み込むと話を続けた。


「それでも声はぴったりと付いてきました。その時には気のせいではなくはっきりと聞こえる程の大きさで聞こえていましたけど……不思議なことに、何を言っているか、まったく聞き取れなかったんです。未だにあの声が何を言っていたのかはわかりません。

 しばらく走っていると家が見えてきて、私は家に入ると扉を閉めました。その時に時計を見たのですが……私の通った道は普段なら二十分もすれば通り抜けられるはずです。でも、その時は道に入ってから三十分以上たっていました。道中でも相当走ったんですけど……」


 そこまで話した女性は一旦話を切り、足を止めた。其処はバス停だった。


「次のバス、もうすぐですね……私の家の近くまで行きましょうか」


 そういう女性に千桜は言葉を返す。


「いえ、まずはその山道まで行ってみましょう。何かあるかもしれません」

「はあ……分かりました」


 二人がバス停で待つこと一分弱、バスは来た。二人は乗り込む。


「さて、続きをお願いできますか?」

「はい……。家に帰ってからその日は何事もありませんでした。ですが……次の日から一人になるとその声が聞こえるようになったんです。昼も夜も問わずにずっと……」


 うつむく女性に千桜は問いかける。


「今はどうですか?」

「今は……聞こえません」

「そうですか」


 何かを考え始める千桜。依頼人の女性は不安そうな目でその様子を見ていた。そのまま千桜は外の景色を眺め始める。その後は特に会話をすることなくバスは目的地へたどり着いた。


「この道です」


 誰も居ないバス停に二人は降りる。そこから二分程歩いた所で二人は山道の前に佇んでいた。二人以外誰一人おらず、不気味な雰囲気を漂わせている。

 女性が不安を抱えた様子で千桜を見る。見返すと千桜は口を開いた。


「これからこの道を通りますので何か異変が有ったら言ってください」

「はい……分かりました」


 千桜は歩き始める。女性もその後に続く。別れることのない一本道。整備が行き届いているとは言えないが最低限舗装はされている。

 淡々と歩き続ける千桜に対し女性は不安そうに辺りを見渡しながら歩いていた。

 三分ほど歩いた辺りで千桜が足を止める。


「道が有りませんね」


 千桜の言葉通り山道を遮るように草が生い茂っている。決して昨日今日で生えるような数ではない。


「そんな……昨日までは確かに……」


 愕然とする女性。表情を変えずに千桜は尋ねる。


「どこか、別の道はありませんか?」


 千桜の質問に女性は想起する。少しの熟考の後、女性は口を開いた。


「山の反対側に古い道が……あったと思います」

「ではそちらに向かいましょう」


 来た道を二人は戻り始める。申し訳なさそうに女性はうつむいているが千桜はいつもと変わらぬ無表情のままだ。そのまま十分ほど歩き続け二人は裏手の道へとたどり着いた。


「行きましょうか」

「は、はい」


 先ほどと違い整備のされていない一本道を二人は歩き始める。数度、女性は足を取られかけるが大事に至ることなく二人は歩き続けた。

 しかし、再び二人の歩みが止まる。


「ここもダメなようですね」


 先ほどの道と同じように、いや、それより遥かに多い雑草が繁茂していた。二人の背より高く伸びたそれらは先への道を完全に閉ざしていた。

 振り返った千桜が口を開く。


「仕方ありません、先に貴女の自宅に伺いましょう」

「あ、はい。分かりました‥‥」


 言うと千桜は山を下り始める。申し訳なさそうに女性もその後へと続いた。

 三十分後、二人は女性の家へとたどり着いた。


「それでは、おじゃまさせていただきます」


 千桜が挨拶を行い、女性の家に立ち入る。さして変わった様子もない一般的な邸宅だ。


「あの、何か変わった所とかは……」


 女性の質問には答えず千桜は家を見て回る。五分程で散策を終えた千桜は女性の方を向いた。


「特に変わった所は有りませんね。ここに原因は無いでしょう」

「あ……そうですか」


 うつむく女性。千桜は表情を変えぬまま家の玄関へと歩いて行った。


「今度は私一人で行ってみます。くれぐれも家から出ないように」

「分かりました……」


 家を出る千桜。一分ほど歩き続け、千桜は口を開いた。


「お願いします、(おそれ)


 瞬間、虚空より闇が湧き出る。悍ましい瘴気が吹きあがり異常な何かを醸し出す。闇が集まり人型を取る。其処には女の姿が有った。だが決して真面な女ではない。その顔は御札に埋め尽くされ、すすけた白装束より伸びる腕には大量の釘が撃ち込まれている。

 絶対に生きているモノでは無いが千桜は表情を変えることは無い。先ほどと何一つ変わらない態度のまま女に話しかける。


「あちらの山の麓まで連れて行ってください」

「亜」


 返事かどうかも分からない言葉を返した女だったが背を向け、腰を落として手を後ろに回す様子から見て承諾だったらしい。女は千桜を背負うとゆっくりと歩きだす。決して速い速度ではない。にもかかわらず、物の一分もしないうちに女は山の麓へたどり着いていた。


「ありがとうございます、恐」


 千桜は女──恐に礼を言うと山道を歩き始める。恐がその後にゆっくりと続く。三分程で行き止まりの場所へとたどり着いた。


「恐、頼みます」

「阿」


 恐が草むらに入ると近くの草が腐り落ちていく。腐食が次々と伝播しそれによってできた道を千桜は歩き始めた。

 五分程歩いたところで妙な声のようなものが千桜の耳に届いた。


「これですね」


 どこから聞こえているかは判然とせず、声の内容も分からない。だが千桜は有る方向に向かうように恐に指示を出す。


「亞」


 指示通りに恐は動き腐食した草の道を作る。そのまま一分程歩いた辺りで千桜は恐を止め、自身も立ち止まった。


「ここですね。掘り返してください」

「合」


 恐が手を地面に付けると()()()()()腐り落ちていく。そして、埋まっていた物が露わになった。


「恐、仕舞って下さい。腐らせないように」


 千桜の指示に恐はそれを持ち上げどこかに仕舞い込む。終わった所で恐は千桜の方を向いた。


「宛」

「では行きましょう」


 言うと千桜は全ての雑草が腐り落ちた道を歩き始める。恐もその後に続いて行くがもう出番はないようだ。

 五分後、千桜はそれを横に置き、依頼人の家の前にいた。


「すいません、千桜です。依頼の結果についてお話が」


 千桜が言った瞬間どたどたと足音が聞こえ依頼人の女性が飛び出してくる。顔は蒼白になっており全身は震えている。

 飛び出してきた女性は千桜と目が合うやいなやまくしたてた。


「何なのよこれ! ずっと聞こえる! ずっとうるさい! 何! 早くどうにかして! 早く黙らせて! 早く! 評判良いんでしょ! だから! これを! 黙らせて!」


 尚もまくしたてる女性。だが千桜は表情一つ変えることは無い。平然とそれを見せる。それだけでしゃべり続けていた女性が硬直する。


「えっ、あっ、何、何で」


 脂汗を浮かべ何かを言おうとする女性。だが女性の思考が言葉になるよりも早く千桜の口が開いた。


「今回の依頼の原因です。お好きにどうぞ」


 そういうと千桜はその()()を指さした。絶句する女性。だがそれも一瞬、金切り声を上げ女性は千桜を突き飛ばした。


「ふざけんじゃないわよ! 好きに!? できるわけないでしょうが! 早くそれをどこかにやって! そんな奴見たくもない!」


 喚く女性を見据え千桜はゆっくりと口を開いた。


「まあそう言わないであげてください。折角あなたが()()()()()()。記念に持って置いたらどうですか?」


 今度こそ女性は完全に絶句する。ブルブルと震えながら千桜を睨みつける女性に無表情のまま千桜は言う。


「あの道に生えていた植物は何一つおかしなところのない只の草です。それならあれほど生い茂っているのはおかしい。あそこまで成長するには()()()は必要でしょう。そういえば、貴女に声が聞こえ始めたのも二か月ほど前の事でしたね」


 弾けるように女性は千桜に走りよると押し倒し、首を絞め始めた。


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……」


 呪詛のように繰り返しながら女性は千桜の首を絞め続ける。だが、千桜の表情は変わらない。平時と何も変わらぬ能面のような無表情のまま千桜は語り始めた。


「そんなに興奮しないでください、健康に悪いですよ。ほら、()()()()()()()()()


 千桜が、嗤う。余りの異様に女性が手を離したその瞬間、女性の全身を黒い靄のようなものが覆いつくした。


「何!? 何なの!? 止めて!? 止めろ! 離せ! 誰か! 助け……」


 叫んでいた声が途絶えると同時に靄が散っていく。そこには誰もいなかった。千桜は何事もなかったかのように立ち上がる。


「……久々に顔を動かしましたね……」


 顔を揉みながら千桜は虚空へ話しかける。


「終わりました。帰りましょう」


 その顔は何時もの無表情に戻っていた。その言葉に合わせ恐が姿を見せる。

 再び千桜は恐に背負われる。矢張りゆっくりと恐は歩く。だが一分もしない内に二人は自宅の門までたどり着いていた。


「恐、ご苦労様です」

「安」


 門を開け、二人は家に入る。いつもの部屋に着いた二人に声が掛けられた。


「おっかえりー、早かったね」


 夏場だというのに炬燵に足を入れた666が千桜を出迎える。恐は溶けるように姿を消し、千桜は炬燵には入らず椅子に腰かけた。

 千桜の背後から666の声が聞こえた。


「それで、今回何だったの? やたら早かったけど」


 蜜柑を口に運びながら666が尋ねる。振り向かずに千桜が話し始めた。


「今日の依頼は謎の声が聞こえるのでどうにかしてほしいという物でした。依頼人の話を聞いてその原因の場所に向かいましたが、道が雑草で埋まっていました。依頼人の方は昨日は通れたと言っていましたが状況を見る限り嘘でしたね。嘘を吐いた理由としては、依頼人の殺人を隠すためでしょう」


 千桜はジュースを飲むと話しを続けた。


「では何故彼女は殺人をしてしまったのか。これに関しては彼女の住んでいた家が一戸建てだったことから殺した相手は彼女の夫、或いは彼氏。少なくとも新居に二人で住む程度には親しい関係だったようです。

 そのことから相手を殺す理由としては痴情の縺れ等だと推測できます。まああの時の態度を見るに原因を作ったのは依頼人の女性の方でしょうね。男性の方はまだ思いが有ったようですし」


 千桜はそこまで話すと立ち上がり、ゲーム機を取りに行く。666の方はまだ疑問があるようだ。


「でもさあ、それってわざわざ殺すほどの事? 別れるなりなんなりしたら良くない?」

「男性の方に分かれる気が無く、女性の方には関係を続ける気がない。その結果、揉め事になりカッとなって殺してしまった。余り思慮の深い判断では無いですが、殺してもその死体が発見されないのなら蒸発扱いになり、場合によっては保険金が手に入ります。発見される危険はありますがそれでも結果的にとは言え割と分の良い賭けになりました。

 それに、あの辺りは人が少ないです。土に埋めて上から植物の種でも撒けば発見される可能性は減るでしょう。後は雑草が生い茂った辺りで捜索届を出すだけです。まあそれだけが見つからない原因ではなかったようですが」

「?」


 千桜の話しに666は首を傾げる。すると千桜が続きを口にした。


「男性―殺された方にはまだ女性に対する思いが有ったのです。現に人払いの結界のようなものが出来上がっていました。あれほど生い茂るまで誰も草を刈らなかったのはそのためでしょう。

 私が踏み入ると追い払うような思念が襲ってきましたし。まあそのおかげで思念が強い埋まっている場所を見つけられたわけですが。

 後は女性に死体を引き渡して依頼完了です。女性に付きまとっていたのが男性の思念な以上、引き合わせれば解決しますので。そして依頼人は連れ去られて一件落着です」

「え、料金どうすんの」


 千桜の話しに666がツッコミを入れる。千桜は振り返ると無表情なまま答えた。


「問題ありません。聞いた段階で依頼人が死ぬのは分かったので、料金は先にもらっておきました」


 そういうと千桜は一万円札を扇のように広げて見せた。666は千桜を褒める。


「ナイス! 千桜! 流石は天災!」

「ありがとうございます。お礼に今日は出前を頼みましょうか」

「よっしゃあ! 私鰻ね!」

「姦はどうします?」


 千桜が襖の奥に向かって尋ねる。すると蛇体をしならせ姦が姿を現した。


「んー。私は……そうね、刺身でも頼んでおいて」

「分かりました。恐れは?」


 千桜は未だに部屋の扉の前に佇んでいる恐に問いかけた。


「揚」

「エビフライですね。分かりました」

「え、千桜分かんの?」


 666の疑問には答えず千桜が電話をかけ始める。一方姦と666は恐に話しかけていた。


「ねえ恐ー、一足す一は?」

「逢」

「……駄目だ、分からん」

「あいうえお、って言ってみて」

「亜阿合安宛」

「……駄目ね」


 三人が遊んでいる間に千桜は注文を終えたようだ。


「さて、食事が届くまでゲームでもしましょうか。私に買ったら何か一つ言う事を聞いてあげます」

「よっしゃ乗った!」

「リベンジね」

「吾」


 四人は並んでゲームを始める。三人がかりで千桜を攻めるが見事に捌かれている。


「ぬわー、何だその反応速度はー」

「なっ、このっ」

「上」

「遅いですね」


 ……三人が千桜に勝てるのはまだまだ先の様だ。

 気付けばもう日が沈んでいる。だが三千屋敷の住人たちにとってはこれからが活動時間のようなものだ。ゲームの対戦がそれを証明するかのように白熱する。この様子だと一晩中続くだろう。

 明日にどんな依頼が来るのか、三人が何時あきらめるのか、それは誰にも(千桜にしか)分からない。

恐  千桜に従う正体不明の幽霊。異様なまでの力を持ち、いかなる手段でも祓えない。

   名前の読みは、おそれ。

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