お化け屋敷─千応志刻
今日も三千屋敷に訪れる者がいる。十数分話した後代金を払い依頼人は帰路に着く。しかし今日の依頼はまだ終わっては居ない。
「さて、出かけますよ」
「どっか行くの?」
仰向けの状態で雑誌を読んでいた蛇女……姦が尋ねる。六腕を器用に使い同時にジュースを飲みパズルを解いている。
「はい。今日の依頼は本人が対象ではないようなので」
「ふーん」
聞いたというのに興味もない様子で姦が返事をする。その手が次の雑誌へと伸びている。姿勢を変えないまま姦は口を開く。
「お土産買って来てね」
「ついて来るなら考えないことも無いですね」
千応の返事に姦は顔を顰め、数冊の雑誌を手に取り襖の奥へと体を滑らせる。
「ついてきてくれるなら色々と考えるのですが」
「それでもパス」
そのまま蛇体をくねらせ闇の奥へと消えていった。
一方の千応は既に明後日の方向を向いていた。
「姦が来れないなら仕方ないですね。666、一緒に来てください」
「よっしゃ任せろ!」
軽快な返事と共に銀髪の女性が姿を見せる。
「へい! この666の名前を呼んだかな!」
666と名乗った女性が千応の肩に手を乗せる。何一つ表情を変えないまま千応は話す。
「はい、呼びました。行きましょう」
「おう、淡泊だねえ。そんなところも好きだぜ! ところで今日はどれ? 千桜? 染黄? それとも千応?」
矢継ぎ早にまくしたてる666だが千応は表情を変えない。
「今日は千応です」
「おっけ! それじゃあレッツゴー!」
千応を置き去りに666は駆け出していく。必要な荷物を纏め千応はその後を追う。
「早くー千応! 依頼が逃げるよー!」
「今回は逃げる依頼ではありません」
門の前で大声を上げる666に返事を返す千応。その千応の返事に666は頬を膨らます。
「依頼は逃げなくても私は逃げるよ!」
「逃げる気ないでしょう」
千応が門を閉じるため背を向けながら言う。その言葉に666はますます頬を膨らませる。
「さて、行きますよ」
「よっしゃあ!」
歩き始める千応に喜色満面に666が付いて行く。少しして666が千応に質問を投げかけた。
「ねー千応。今日の依頼って何なの?」
「言ってませんでしたか」
歩きながら千応が答える。
「お化け屋敷、だそうです」
「ふーん」
何かを考えるように666が顔を上に向ける。そのまま数歩歩き又質問をした。
「そんなヤバいの?」
「まあそこそこですね」
「へー」
一転、興味を無くした様子で666の歩くペースが低下する。そんな様子の彼女に千応は手招きした。
「ん? なにかな?」
自身の口元に手を当てる千応。666は耳を寄せ、内緒話の構図となる。
「今日の依頼、終わったらプリン買ってあげます」
「やったあ!」
大声をあげ、飛び跳ねて喜ぶ666。流石にはしゃぎ過ぎたのか千応がたしなめた。
「余り騒がないように」
「はあい」
静かに、しかししっかりとやる気を取り戻した彼女と共に千応は歩みを進めていく。数分後、二人は近くの空き地にたどり着いた。
「ここなら人目に付かないでしょう。お願いします」
「え、今回そんな遠いの?」
「はい、お願いします」
しょうがないなあ、と666が呟き千応を抱き上げた。
「それじゃ、行っくよー!」
言うなり666の背より一対の翼が現れる。そして千応を抱いた666が凄まじい速度で飛び立った。
「もう少しゆっくり上昇してください」
急加速で気分を悪くしたのか無表情ながらも千応は666に苦言を呈す。しかし666は悪びれることなく背の翼をはためかせた。
「あっははー、ごめんねー。ちょっとテンション上がっちゃった」
余り反省する様子のない666。だが千応はそれ以上指摘することなく指で方向を示した。
「あちらに向かって下さい」
「あっちだねー、りょーかい!」
矢張り急速で旋回する666だが千応は何も言わない。そのまま直進し数分ほどたったところで千応は666を止めた。
「ここです」
「はいよっと」
数百m程の高さから二秒ほどで地上に降り立つ666。その事に何も言わずに千応は歩き始めた。背の翼を収納した666は慌ててそのあとを追う。
そこから数分間雑談などを交えながら二人は歩き続け曲がり角へと来ていた。
「ここを曲がった所らしいですね」
「どんなのかな~」
いつもと変わらぬ無表情の千応と少々の期待を顔に出している666。曲がった先に二人が見たのは巨大な屋敷であった。
「ここの様ですね」
「まさに屋敷って感じのお屋敷だね」
千応の真横で言う666。軽い嫌味を無視し千応は歩みを進めていく。
「失礼します」
「しつれいしまーす」
二人は挨拶をし、門をくぐる。其処には車椅子に座った老人が居た。
「ご依頼を受けて来ました。千応志刻です」
頭を下げ、名刺を手渡す千応。老人はそれを受け取ると666を睨みつけた。
「その方、名前は」
「……名乗る必要ある?」
眉間に皺を寄せる老人。しかし老人はそれ以上何も言わず車椅子を動かし、二人について来るよう示した。
「行きましょう」
「私あれ嫌い……」
不機嫌さを隠そうともしない666。それでも千応が行くなら、と渋々ながらも付いて行く。
二分程歩いた辺りで老人が車椅子を止め、振り返った。
「どうだ?」
千応に向かい、尋ねる老人。いつもの無表情のまま千応は答えた。
「まだ何とも。只、あちらの方が少し強いと感じました」
言いながら手で方向を示す千応。老人は無言でその方向に進み始める。
「……やっぱ嫌い」
顔を顰め呟く666。老人にも聞こえているはずだが反応は無い。その事も面白くないのか666は増々不機嫌になっていく。しかし千応は付いて行くので彼女も付いて行くしかない。
「ここか?」
老人が車椅子を止めた場所は本館から遠い二階建ての離れであった。千応がうなずくと老人は扉を開き、内へと入った。二人もそれに続く。
「どうだ?」
再び千応の方を向き、老人は尋ねる。周囲を見渡し、千応は答えた。
「ここです」
断言する千応。老人は一瞬眉を顰め、言った。
「なら、始めてくれ」
そういうと老人はスロープを下り離れから出ていく。後には千応と666の二人が残された。
「感じ悪」
「別にいいでしょう」
千応の返答に口を尖らせる666。だが千応はそんな666を無視し離れに上がる。
「失礼します」
千応が挨拶する。しかし離れは静まり返っており、返答の一つも帰ってこない。
「矢張り誰もいないようですね」
そう言いながら千応は近くにあった襖を開ける。内部は普通の座敷だ。だが家具と呼べそうなものが何一つなく生活感は感じられない。襖を閉じ、千応は離れの奥へと進み始める。666がその後をのっそりと付いて行った。
千応が扉を開ける。普通のキッチンの様だ。だが今まで和風の作りになっていたため突然洋風になったこの場所は少々異質に見える。
「何もないね」
部屋を見渡した666が呟く。先ほどの部屋と同じく持ち出せるものは全て持ち出されているようだ。
「次に行きますよ」
「あ、ちょ、千応」
さっさと次の部屋に向かう千応。666は慌ててその後を追う。一足早く廊下を進んでいた千応が突き当りにたどり着く。数秒遅れて666もたどり着いた。突き当りにある扉を千応が開ける。
「二階ですね」
何もない部屋を見た千応が言った。その言葉に666は首をかしげる。
「でも階段無かったと思うけど」
二人が突き当りの部屋に来るまでに部屋は二個しかなく、階段のようなものは無かった。おまけに廊下は直線のため見逃すという事もない。それでも666は廊下を往復し確認するが矢張り階段は見つからない。各部屋の隅々まで探し始める666を尻目に千応は天井を見上げていた。
「ねー、千応も探すの手伝ってー」
押し入れに顔を突っ込んだ状態で叫ぶ666。だが千応は逆に彼女を呼んだ。
「無駄なことをせずにこちらへ来てください」
そういうと千応は外へと歩いて行った。首をかしげながら666はその後に付いて行く。
離れから一m程の場所で二階を指さしながら千応は言った。
「666、あそこに穴をあけてください」
「え、良いの?」
「音を立てないでくださいね」
千応の指示を受け、二階を見る666。瞬間、無音で二階の壁面に大穴が開いた。
「これで入れますね。乗せてください」
「はいよ」
千応を抱え、跳躍する666。さして気負った様子もなく二mは有る二階に飛びこんだ。
「うわ、埃が」
大穴が開いた為風が吹き込み二階の埃が舞い上がる。ぺっぺっと口に入った埃を吐き出す666。一方千応は一切の反応を示さず二階に踏み込んでいく。
「……千応、物凄いことになってる」
「そうですか?」
千応に付いた大量の埃を払い落とす666。しかし幾ら払っても新しく埃が舞い上がる。腹を立てた666が指を回すと全ての埃が消え去った。
「これで何とかなったでしょ」
満足げに腕を組む666。だが千応は反応せず進み、先に有った扉を開いた。
「ここが原因ですね」
千応の後ろから部屋を覗き込む666。部屋の内側には大量の札が張られ、四辺には注連縄が飾られている。中央には神棚のようなものが据えられており、異様な雰囲気を醸し出していた。
「ありきたりだなあ」
部屋の様子を欠片も恐れずに666が踏み入る。千応は既に入り中央の神棚に手を掛けていた。
「結構頑丈ですね、これ」
「私がやろうか~?」
神棚の上部を外そうとするが千応の腕力ではどうにもならない。そこに666が声を掛けた。
「お任せします」
「任された!」
666は神棚に駆け寄ると一瞬たりとも躊躇することなく神棚の屋根を放り投げた。
その瞬間、黒い靄のようなものが神棚から吹き出した。同時に、部屋中の札が剥がれ舞い注連縄がちぎれ落ちる。部屋を異様な圧迫感が覆いつくすが二人は平然としている。それどころか千応に至っては退屈そうな雰囲気を纏っていた。
「あれ、千応、何かしたりしないの?」
666が聞く。千応はため息を吐くと口を開いた。
「興覚めです、お好きなように」
「やった!」
目を輝かせた666が靄にとびかかる。その口は耳元まで裂け、口腔は牙で埋め尽くされていた。巻き付いた布が解ける様に666の腕が広がる。その内側には歯が並んでおり、まるで口の様に見える。目が左右に割れ、舌が覗く。髪の一本一本が触手のように蠢き、頭頂部から角が生える。尾が姿を見せ、背から異形の翼が広がる。
その姿はまるで──―
「……我が名は◆◆◆◆◆(表記不可能)、666の悪魔を束ねし厄災なり!」
「名乗りは良いんで、ちゃっちゃとやって下さい」
空気を読まない千応に不満そうにしながらも666は腕を振るう。その一撃だけで靄が吹き飛び、壁に叩きつけられる。叩きつけられた靄が慌てて逃げ出そうとするも既に666の腕が絡みついていた。
咀嚼音が響き渡り、物の数秒で靄は消滅した。
「終わったよー!」
いつの間にか姿を戻した666が千応に駆け寄る。千応は彼女の頭を撫でた。666が笑顔を浮かべる。千応は666を撫でながら部屋を見渡した。
部屋中の札が剥がれちぎれた注連縄が散らばり大惨事となっている。千応は撫でる手を止め、666に指示を出した。
「了解!」
666が指を鳴らすと散らばっていたものすべてが消え去った。
「これで問題ないですね。帰りましょう」
「うん!」
満面の笑みで飛び跳ねながら666が部屋を出ていく。千応はいつもの無表情で歩いて部屋を出る。短い廊下を歩き終え、何の躊躇いもなく空いた穴から飛び降りた。
「よっと」
下で待っていた666が千応を受け止めた。何事も無いかのように千応は立ち上がる。そこに依頼人の老人が現れた。
「終わったのか」
露骨に嫌がる666。千応は普段と同じように対応する。
「はい。これでもう何も起きないでしょう」
「そうか……」
老人はそれだけ言うと車椅子を動かし、去っていった。
「お礼の一つも無い……」
「最初から要りません」
老人の態度に不満を漏らす666。その不満をバッサリ切り捨て千応は歩き始める。口を尖らせながら666はその後を追う。
屋敷の門を出てしばらくした後、666が口を開いた。
「それでさあ、今回ってどんな依頼だったの」
「聞いてませんでしたか」
「うん」
チラリと666を振り返り、千応が話し始める。
「今回の依頼は身内に不幸が続くのでどうにかしてくれと言う依頼でした。何ヶ所ものお祓いを受け、祈祷師などを呼んでみたが効果が無い。そのためこの依頼は私の所に回ってきました」
そこまで話すと千応は一旦言葉を切り、また話し始めた。
「それらの原因は先ほど破壊した神棚、それに入っていた屋敷神でしょう」
「ハイ質問!」
「何でしょう」
666の質問に話を切る千応。666は口を開いた。
「屋敷神って家守るものじゃないの? 何かやらかしてるっぽいけど」
千応は答える。
「本来屋敷神は"祭る"ものです。ですので今回の件のように閉じ込めたりぞんざいに扱うと不幸をもたらします。ですがあれは祭っていても祟ったと思いますが」
千応の言葉に666は疑問符を浮かべる。千応は続ける。
「屋敷神があそこまでの力を持つことはあり得ません。あれはどちらかと言うと怨霊の類でしょう」
「あれ? 屋敷神じゃないの?」
666の疑問に千応は答えを返す。
「怨霊を屋敷神として無理矢理祭り上げたのです。当然ながら真っ当な屋敷神としての働きはしないでしょう。具体的に言うなら、幸運を与える代わりに不幸も与えるといった感じですね。あの豪邸が幸運の代表、今日の彼が不幸の代表でしょうか」
「あの爺? あれ確かに車椅子だったけど……その程度なん?」
666の言葉に千応はいつもの無表情のまま答える。
「彼、二十歳くらいですよ?」
「え、嘘お!」
666は驚愕する。誰であろうと今日の老人が二十歳だと言われればこうなるだろう。それほどまでに彼の皮膚には皺が寄り、声はしわがれ、体は細く筋張っていた。おまけに、魂まで完全に腐っている。魂から相手を判断する666の驚きはひとしおであった。
千応は続ける。
「彼はあの家の不運を一手に担っています。本来は平等に降りかかる物ですが……それだけ彼は強かったのでしょう。貴女にも気付いていたようですし。まあそれも、閉じ込めた所為で屋敷神の怨念が強くなりすぎ、受け止めきれなくなったようですが。
それに、気付いていますか? あの屋敷には彼以外誰もいませんでした。今日依頼を持ち込んできた方も。大方屋敷神の不幸が周りに散らばり始めた段階で逃げたしたのでしょう。あれほどの屋敷を持っているなら別荘の一つや二つ持っているでしょうから」
そこで千応は話を切る。後ろでは666が首をひねっていた。
「何でそんなんわざわざ引き受けたの? あいつ。引き受けずに平等にやっとけば強い自分は無事だったのに」
振り返り、千応は言う。
「あの屋敷に一人残されているところから見て、立場が弱いのでしょう。なので正確には引き受けた、と言うより押し付けられた、が正解でしょうね」
「ふーん。ま、人も色々大変だね」
そんな話をしていた二人はスーパーへとたどり着いていた。
「さて、約束通りプリンを買って帰りますよ」
「え、マジで? やったあ! 千応大好き!」
喜び勇みスーパーへと走っていった666。その足が自動ドア寸前で止まり、千応の方を振り向いた。
「そういや屋敷神ぶっ殺しちゃったけど大丈夫なの? あの家没落したりしない?」
「ああ、その事ですか」
買い物カートを取りながら千応が答える。
「貴女が屋敷神を食ったことでその役割は貴女になりました。ですので、お好きなように」
いつもの無表情。その千応の答えに666は少し考え、答えた。
「んじゃま、繁栄の代償は貰っときますか」
「具体的には?」
「既に支払ってるあいつは除外して残りは……良いや、命で」
悍ましい会話を平然と行いながら二人はスーパーへと入っていく。二枚目の自動ドアを通る直前、千応は666に尋ねた。
「彼、貴女に何か支払いましたか?」
「え、プリン。今日の依頼、あいつのおかげで来たような物でしょ」
「なるほど。では普段より少し高いプリンにしてあげましょう」
「いえーい! 千応太っ腹ー!」
楽しそうな笑い声を上げながら二人はスーパーに入っていく。彼女達の笑い声の裏で何が起こるかなど気にも留めぬまま。
後日、ニュースにて集団自殺が報道される。全員有名な富豪の一族であり何故その様なことをしたのか誰もが首をひねるのであった。三千屋敷の二人を除いて。
「666、テレビ変えてください。つまらないので」
「はいよ」
666 千桜に従う悪魔。ありとあらゆる悪魔の概念が形を成した存在であり事実上の全能。悪魔にとって絶対である名前にすら縛られずまともに契約すら結べない。千桜は半ば脅すようにしたうえで膨大な対価を確約し、使役した。本来、感情を持つ存在ではないが千桜の命令により感情を模している。