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オール・アロング・ザ・ウォッチ・タワー  作者: スーパーソニックマン
チャプター1
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チャプター1‐4

チャプター1‐4


【早朝:グラウンド】


 翌日、槇原張男は普段よりも一時間以上早く登校した。

 彼の耳には今朝、弟の有男と父親が、自分のいない場で交わしていた会話が未だに残っていた。


(親父、なんで兄貴ばっか贔屓するんだよ。今回だってたかが中級のドゥーム相手に死にかけたんだぜ!?)

(ではお前なら倒せたのか、有男。何の力も持たないお前が?)

(俺にウォッチャーの力があれば倒せた。力さえあれば、いや、なくても俺なら殺せたッ!)

(猟銃でも?)

(なッ…………)

(お前が昨日の晩、猟銃を持ちだしたのは知っているよ。おおかたアレでドゥームを討つつもりだったのだろう。違うかい? しかしお前は見つけることさえも出来なかった)

(それは…………)

(張男が独断で動いたのは、お前の無謀を先んじて止めるためだろう。勿論私に断りなく動いたのは褒められたものではないがね)

(じゃあ親父の力を継ぐ道理はないじゃないか!)

(しかしあの子は出会ったと言っていた。自分以外のウォッチャーと。それだけであの子は運命に選ばれたのだと分かるのだよ。有男、ウォッチャーとは結束するものなんだ)


 校門を抜け、校舎に向かって歩きながら、グラウンドの方を眺めた。目を凝らすと、ところどころ芝の眼が荒れているのが分かった。昨日、帰る前に何度も念入りに確認したが、自作の弾丸の薬莢などが落ちていないかひとしきり確認してから、彼は教室に向かった。

 扉を開けると、そこにはただ一人、窓から校庭を見下ろす関を除いて誰もいなかった。

(運命が全てを決めるのだよ。出会いも、その成り行きさえも)

 関が振り返った。


「おはよう」

「…………おう」

 槇原は、未だに父の言葉の意味が分からなかった。





【正午:教室】


 目の前に向かい合って関が言う。今は昼休みだった。

「この前、海外モノのやらしい動画を見てたんだ。一昔前にはやったコメディドラマのパロディらしい。そこに出て来る主人公の男っていうのが複雑な境遇にあったんだよ。妻と離婚した理由が、彼女がレズビアンだと自覚したからで、しかもしばらく経ってから、元妻から妊娠したって連絡を貰うんだ。勿論パートナーの女性との子供じゃない、主人公と元妻の間の子さ。当然男は戸惑うんだけど、なんだかんだあって元妻の今のパートナーと一緒に、初産の女性へのセミナーに参加することになる。妻が用事で抜けることになったから、残されたのは男とパートナーだけ。講師から妊婦役と夫役に分かれるように言われて、男は言い争いに負けて妊婦役をするんだ。そして…………」

「エロシーンまでの導入が随分長いな。プレイの内容が全然想像がつかない」

「いや、今言ったのは全部元ネタのドラマの内容なんだ」

「どんなドラマだ」


 この小柄な同級生が、案外下世話なネタを好むというのが分かったのも最近の事だった。


「それはそうとして、食い足りない。間食のためのおむすびを…………いや、これは放課後に食べる予定だったんだ。うーんしかし…………」


 向かい合って座る関は、所在なさげに腹のあたりをさすって、ちらちらと鞄に目をやる。


「さっき弁当平らげたばっかだろ。青チャぐらいある奴。盲腸切り取って胃に充ててるんじゃねぇの」


 あの襲撃から数日、二人はこうして一緒に昼食を食べるのが習慣となっていた。槇原は昼食をコンビニで買うことが少なくなかったが、一方の関は、弁当を持参することの方が多かった。彼の身元を預かる叔母が毎朝持たせてくれるのだった。


「そういや槇原って弟か妹はいないのか? お兄さんのことは聞いたけど」

「出来の悪いのが下に一人いる。何だよ急に」

「や、ああいう化け物を家族で掃除してるんだろ。なんとなく気になってさ。弟、妹?」

「弟」

「彼も家業を手伝ってるのか?」

「出来が悪いっつったろ。やってねぇよ」




【早朝:教室】


 四月六日の朝、槇原は関に昨晩の化け物のような存在のあらゆることを打ち明けた。

「『ウォッチャー』。それが、俺たちの変身能力の名前だ。どれくらい前からそう呼ばれてるのかは知らねぇが、少なくとも太平洋戦争よりもっとずっと前から、俺の爺さんや、ひい爺さんたちは、この力を使ってそいつらみたいな化け物からこの町を守って来たんだ」

 例の怪物は、定期的に発生しては人々を襲う謎の怪異であり、それが生物なのか、それともさらにスピリチュアルなものなのかさえ、はっきりとは分かっていないのだという。ただ、人の恐怖心を煽り、それによって力を得ていることは、長年の観察から判明している。出現する際の硫黄臭もまた彼らの特徴だった。


「あとは、体のどっかに必ず血の色をした宝石があるのも大事な点だな。こっから人間の感情を吸収しているらしい。ぶん殴りまくっても死ぬけど、ここを砕けば絶対死ぬ。一つの例外なくだ。まずはそれがどこにあるか探すのが定石だ。いわゆる『核』なんだとよ」


 槇原は淡々と続ける。


「時代ごとに格好もまちまちだ。多分、どっかで人間の心が分かってるんだろう。別に道化恐怖症とかじゃない俺たちにもあんな外見を取るってことは、もっと一般的な『恐怖』の象徴を利用してるんだと思う。発生周期はだいたい、27日に一回、月一。爺ちゃんは『魑魅』って呼んでたけど、本当は『ドゥーム』って名前があるらしい。親父談な」


 槇原は言葉を切って、荷物を自分の机の上に置いた。重々しい音がして、机の上のほこりが浮かび上がった。ひょっとしたらその中には、怪物退治の仕事道具が満ちていたのかもしれない。


「『ウォッチャー』にせよ、『ドゥーム』にせよ、モロ英語感バリバリだから、両方とも、歴史上のどっかで日本に持ち込まれたんじゃないかって俺は踏んでる。まあ、うちは基本的に何でも口伝えで言い伝えるから、それ以上詳しくは分かんねーけど」

「そうか、『ウォッチャー』か…………」


 とつとつと語り終えると、槇原は関に質問した。


「おめーはどうなんだよ。何だアレ、めっちゃ強いじゃん…………師匠かなんかいんの?」

「僕の『グリード』は…………」


 関は顎を撫でた。誰かから貰った力なのか、と槇原が促す。


「いやそれは…………ある日気が付いたら、なんか変身できてた」

「はあ!?」

「もうちょっと詳しく言うと、君の言う『ドゥーム』的なものには、もっと小さい頃から時々出くわしてたんだ。けど、そういう時は逃げるか、ぶん殴るかのどっちかだったな。逃げる時も、なんか普段より体が軽かったし、実は戦闘以外でも手伝ってはくれてたのかも。本格的に変身した記憶で最も古いのは、小学三年生の時かな。今までで一番ヤバいヤツに追いかけまわされて、追い詰められたところで、全身がああなってたんだ。いや、手が伸びたりとかは、前からちょくちょくなってたから、それの延長かなって」

「マジかよ…………」

「もちろん、体術の方はちゃんとしたお師匠さんがいるけどね。しかし変身に関しては、完全に独学だ。だから、君が用意周到に準備をしてあの怪物と闘ってるのが分かった時、ひょっとしたら、こいつならもっと詳しいことを知ってるんじゃないかと思ったんだ。この力の起源とか、歴史とか、そういうのを体系化させた知識を持ってるんじゃないかって。そういう期待を込めて、僕は君の話を聞いている」

「はー…………」


 思いもよらない回答に槇原は感嘆のため息を漏らす。


「ちなみに、僕は今まで変身出来てたベストタイムは一五分なんだけど、そっちはどうなんだ?」

「え、コレ制限時間とかあったの?」

「え、ないの?」

「…………」

「…………」


 互いに言葉を探す二人の間で、朝日の光を浴びてほこりが宙に舞っていた。


「…………この力って、よくわかんねーな」

「ホントにな」


 第二の姿に制限が存在しているのは、関だけの様だった。


「そういえば、今の話し方だと、能力は家族で受け継がれたりするようだけど、君はどうやってその力を手に入れたんだ?」


 この質問に、槇原は何とも言えない複雑な表情をした。


「や、俺の場合は…………五年前に兄貴がガンで亡くなって、最期に兄貴から『株分け』された感じだ。小さい卵みたいなの飲み込んで、次の日から急に修業みたいなのが始まってよ」

「ふーん」

「まあ、そんなもんだ」


 槇原は、これから何を言うべきか測りかねているようだった。そんな時、先に口を開いたのは関だった。


「…………良ければ」

「うん?」


 槇原は、次は何を聞かれるのだろうかと、関の方に顔を向けたが、彼の口から発せられたのは意外な言葉だった。

「良ければさ、一緒にお昼ご飯を食べないか? 友達が欲しかったんだ」





【正午:教室】


 目の前で、間食に充てるつもりだったおにぎりを、結局口いっぱいに詰め込んで咀嚼する関を見ながら、槇原はそんな会話を思い返していた。


「なあ。やっぱり今度君ん家にお邪魔したいんだけど、どうしても駄目なのか?」


 槇原は関の提案に、ちょっと表情を硬直させた後、無理、ととりつく島もなく断った。


「何か不都合なのか? この前も、保健室からそのまま別行動で帰っちゃうし」

「あー、まあ、それは…………」

「それに、僕は君の家系が持つ知識が欲しい。君だって僕みたいな助っ人が加われば、この前みたいな大怪我は避けられるだろ。両方が得すると思うんだけど」

「いやまあ、色々あるんだよ。若干モメててさ。正直来られたら困る」


 関は微妙に納得できない様子だったが、ふと何かに気が付いて槇原に問いかけた。


「…………あれ、家族ぐるみでやってるんだったら、あの時はどうして君一人だったんだ?弟はともかく、てっきり親父さんと連携して対処するもんだと思ってたんだけど」

「それは…………」


 槇原の耳の中に今朝の音声がよみがえった。


(俺にウォッチャーの力があれば倒せた。力さえあれば、いや、なくても俺なら殺せたッ!)


そして幼い頃に聞いた、父の力のない咳交じりの声も。


『お前が私に似なくて本当に良かった。私の家系の男は、五つまでに必ず大病を患うもんだが、どうもお前はそんな感じがしない。このまま健やかに大きくなっておくれよ。私と違ってな。お前の兄は優秀だが、小さい頃に病気の経験があるからな。かわいそうに、あの子は血からは逃れ得なかった。いざとなれば、お前がウォッチャーの役目を引き継ぐんだ。いいかい、張男。ウォッチャーというのは、とても大事な存在なんだ。誇り高く、それでいて仲間たちと強い絆で結ばれている。お前は、決してそのことを忘れてはならないよ…………』


(…………『ウォッチャーは結集する』か)


 槇原は、父が再三、兄や自分に言い聞かせて来た言葉を思い出し、今の境遇と重ね合わせてみた。その『結集』には、この小柄な闘士との出会いも含まれているのだろうか。


「…………当番制だったんだよ。あの日は俺が順番だったんだ」

「そうか」

「一応、俺が家長の座を継ぐつもりだ。下のには任せらんねぇし。それよりもおい、早く食っとけよ。この学校、昼休み滅茶苦茶短いからな」


 関にとって、経緯はどうあれ一緒に昼飯を食べる友人が見つかったのは嬉しいことだった。しかも、同じ力を持つ同類ときている。段々とクラスの雰囲気が固まって来たこの時期を心安らかに迎えられたことを安心しながら、関は急いで口の中の米を飲み込んだ。























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