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オール・アロング・ザ・ウォッチ・タワー  作者: スーパーソニックマン
チャプター1
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チャプター1‐3

 チャプター1‐3


【夜:グラウンド】


 槇原を窮地から救ったものは、不思議な外見をしていた。

 変身前の、関の低い背丈からは想像もつかない、およそ2メートル前後の長躯は、全身が皮を剥いだ筋肉か、あるいは肉食動物の口腔内のような赤色だった。

 しかし何よりも特徴的なのが、薄い表皮の下にいくつもの毛細血管を透かすこの体を包む、ロングパーカーのような深緑色をした独特の衣服だった。

 この外套は全体的な構造や、縫い目、細かな装飾などは、人間の着るそれとほとんど変わらないないものであったが、しかしその表面には、独特のぬめりを伴った粘液が流れていて、さながら軟体生物の表皮のようだった。袖口には、カフスボタンの代わりにとがった牙が突き出していた。

 腿から足首へ直線にまとまって並ぶ大小の円盤は、タコの吸盤とも、パンツのデザインとも見ることが出来た。コートのような外皮の『袖口』から覗く固く握られた拳は、皮をむかれてむき出しになった筋肉のような赤色であり、拳は内部で熱を持っているのか、皮膚を透かし、明るく朱に発光していた。

 関がとったこの姿は、生物的な特徴を持ちながら、服飾とも外皮とも呼べる部位をはじめ、全体として、至る所に極めて現代的な意匠をふんだんに凝らされた見目形をしていた。

 体形は、一見すると蛇か線虫を思わせる細身であったが、肩や腕などのしかるべき部位には、発達した筋肉が付いていた。

パーカーの長い裾が風にたなびき、目深く被ったフードの向こうから、二つの金の瞳がピエロをねめつける。

 喰らったばかりの一撃から、相手と自分の間にある力量差を知ると、翼をもつ男は唇をすぼめ、チンパンジーの遠吠えのように呼びかけた。

 すると、宙にいくつも黒色のもやが現れ、そこから何体ものやせ細った人型の化け物たちが這いずり出ては、力なくグラウンドに折り重なった。そのいずれもが顔面に、血の色の宝石を額にあしらったピエロの仮面が縫い付けられていた。これらの人型が皆、かつて道化師に命を奪われた哀れな犠牲者だということは疑うべくもなかった。

 しばらくの間すすり泣いていたが、彼らは立ち上がり、主の命に従って、召喚された時とはまるで異なる俊敏さで、ボクシングの構えを取る関に襲い掛かった。

関は、すなわち、彼自身によって『グリード』と名付けられていた、今一度雄たけびを上げるもう一体の怪物は、闘争本能の命じるままに、仮面の一団に向かって突進していった。





【夜:グラウンド】


 関によって『グリード』と名付けられた変身体の戦いぶりは、鬼気迫るものがあった。

 掴みかかって来た一体の懐に潜り込んで肋骨を粉砕し、他の手下たちの攻撃もダッキングでかわした後、これらを同様の方法で打ち破った。たとえ背後からの奇襲であっても、超自然的な直感をもってこれを回避し、振り返りざまに回し蹴りでこめかみを打ち砕いた。柔道の足払いを用いて転倒させた相手の頭を踏みつぶし(実際に、頭蓋の一部が割れた)、恐怖を麻痺させられた状態で掴みかかって来た者には、アッパーカットを食らわせて、遥か上方に打ち上げた。肘鉄を食らわせ、ヘッドスラム、掌底を連続して決めると、他のものより比較的大柄なものもすぐに沈黙した。

 三下たちの全てを片付けて間を置かず、例の黒色のもやがすぐさま現れて、新たな刺客たちを追加してゆく。だがグリードは、四方を敵に囲まれてもなお怯まずに、舌なめずりをして指を組んで関節を鳴らした。


『hhh…………』


 彼は遠方から、伸縮自在の手で仮面をつけた男の顔を掴むと、体を揺すりその男の頭をグラウンドに叩きつけた。柔らかい芝では威力不十分を感じ、今度は男を掴んだまま左に右に振り回し、並み居る鉛色の肌をした敵たちを、まとめて打ち払い、最後にはそれを投擲した。

 仮面の人間たちは何度も一矢報いようと試みたが、彼らを操る者に明瞭な思考を奪われた彼らには、複雑怪奇なグリードの体術を見切ることなど出来るはずもなかった。

 グリードは左右に手を伸ばし、それが縮む勢いのままに、両脇から捕まえて来た二人の仮面人間の眉間を、お互いに打ちつけた。血の色の宝石にひびが入り、額が割れ、面の下から顎をつたって血が滴る二人を無造作に置き捨て、グリードは次の獲物に取り掛かった。

 この非常なリーチの延長は、足技にも応用された。彼が地を蹴って、腰を低く地面から浮かせるその動作は、そのすぐ後に、槍の突き技のような、一点集中の直線的な蹴りが敵の体に打ち込まれる合図だった。

大多数を相手にしても、両手を地表に着き、独楽のように回転することで、並み居る怪人の手下たちが吹き飛ばされてゆくさまは、軽く乾いた枯れ葉が風を受けて宙を舞うそれとよく似ていた。どうやらこれはグリードなりの、多対一での戦い方のようだった。

 この大技が決め手だったらしく、もはやもう一度立ち上がって、主の命令を遂行せんとするものは誰もいなくなった。

 鉛色の屍に囲まれたグリードは、真に倒すべき対象に視線を向けた。

 その先には、槇原を追い詰めたピエロがいた。





【夜:グラウンド】


 いざ直接の戦闘に入っても、鳥の脚力とかぎづめを使った接近戦において、相手は始終不利に立ち回った。それがどんなの激しい攻撃を仕掛けても、必ずと言っていいほど、最終的には、威力の倍化されたカウンターを受けることとなったからだ。

 鼻っ柱にストレートを貰うと、狡猾さと臆病さを兼ね備えた亡霊は、鼻血を垂らし、薄ら笑いを浮かべながら後ずさり、そして翼を広げて飛び立った。

 彼は重力の影響を感じさせずに、見る見る内に高度を上げてゆく。

 グリードはゴムのように伸びる腕を使い、地上から投石機顔負けの勢いでそこらに転がる鉛色の死骸を投かんした。

 そのうちの一つが激突し、ピエロは墜落する。グリードはそれの落下地点に急いだ。

 空気抵抗を受けながら、妖魔は、自身が急速に地面に接近しつつあることをはっきりと予想していた。このままでは、赤い唇が地面とキスをするのはそう遠い話ではなくなっていた。しかし、先の直接戦闘で、すでにそれの翼の付け根のあたりは十分に痛めつけられていたのだ。空路の逃走は、怪人の最後の力を振り絞ったものだった。

 先回りしていたグリードは、腰を低く落とした構えを取った。一度は消えていたあの赤い光が灯る。今血管が隆起しているのは、拳ではなく、右足の甲のあたりだった。

 失墜する厚くおしろいを塗りたくった顔面が、鼻先三寸のところまで近づいたその時、グリードは、ため込んでいた力を解き放ち、唸り声と共に、息をもつかせぬ百を超える怒涛の蹴りを炸裂させた。


『DEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEP…………!!』

『ウグオオオオオオォォッ』


独特な唸り声を伴った絶え間のない蹴りの連続は、一発一発が確実にピエロの顔の形を歪ませた。しかしそれが最後ではなく、右足の赤い光は一度消えると、反転したグリードの左足の現れた。とどめの一撃は、その左足によって叩き込まれた。


『RISING!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 掛け声とともに、グリードの足がピエロの体を砕いた。


『ギャアアアアアアアァァァァ……………』


 これが決着だった。心臓の位置に加えられた衝撃によって、ピエロの胸にある血色の宝石が真っ二つに割れた。道化は悲鳴を上げて爆散した。飛び散った肉体の破片は干からびた土に似た質感になっていた。

 夜の学校に、どこか寂しさを感じる断末魔が長くこだました。

 この蹴りをもって、深夜のグラウンドでの攻防は終着した。





【夜:グラウンド】

 時間にして十分にも満たない激闘を制した関は、槇原の眼の前で人間の体に戻った。

 幼さの抜けきれない顔立ちの関が、小慣れた様子で左右に首の骨を鳴らし、肩を回すのを槇原は無言で見つめていた。彼にはこのあどけない顔立ちの、一つ年上の男が、あの凶暴な異界の住人を仕留めたのだということが、到底信じられなかった。

 夜風が向かい合う両者の間を吹き抜けていった。関はふう、と一つ息をついた。


「…………まあざっと、『そういう』わけなんだ」


 関の目は、未だ変身の解除されてない、重火器となった槇原の片腕に向けられていた。


「正直その腕のことも気になるんだけど、まずは手当だな。君、今にも死にそうだぜ」


 そう言って関は槇原の手を取ると、ふらつきながら立ち上がる彼の肩を支え、歩きだした。

二人は学校の保健室を目指していた。戦いを終えた者には、止血のための包帯と、休息が必要だった。関には、少しばかり拳に滲んだ血を止めるだけの長さのガーゼと、息を整えるためのわずかな時間さえあれば十分だったが、槇原に限ってはその程度では済まなかったのだ。そんな二人を送り出すかのように、夜間ライトが両者の背中を照らし、彼らの影を、前方に長々と伸ばしていた。






『CLOWN(邦題『クラウン』)』 2016年6月17日アメリカ公開、上映時間100分

監督:ジョン・ワッツ

制作:イーライ・ロス、ブライアン・オリバー、マック・カプチーノ、コディ・ライダー

製作総指揮:ボブ・ワインスタイン ハーベイ・ワインスタイン ジェームズ・ホルト ロバート・メンジーズ ヘレン・カプチーノ アンドリュー・カプチーノ

脚本:クリス・フォード、ジョン・ワッツ

撮影:マシュー・サント…………(※1)

主演:アンディ・パワーズ、ローラ・アレイン

あらすじ:不動産業を営むケントは、息子の誕生日にピエロの扮装をすることを思いつく。取り扱う物件の中で古いピエロの衣装を見つけた彼は、それを着てパーティーに参加するが、翌日から、衣装やウィッグが体に癒着し始める。その衣装は北ヨーロッパの子供を喰う悪魔〝Cloyne〟の姿を司るものだったのだ。悪魔としての空腹が彼を徐々に追い詰めてゆく。やがて空腹に耐えきれくなった彼が起こした行動とは…………。


『Deep Rising(邦題『ザ・グリード』)』 1998年1月30日アメリカ公開、上映時間106分

監督:スティーヴン・ソマーズ

脚本:スティーヴン・ソマーズ

制作:ローレンス・マーク

制作総指揮:バリー・ベルナルディ、ジェリー・ゴールドスミス

主演:トリート・ウィリアムズ、ファムケ・ヤンセン…………(※2)

あらすじ:密輸業者ジョン・フィネガンは助手のパントゥーチと共にハノーバー率いる武装集団と取引を行っていたが、とある事情により船が大破し、同じ海域を航行していた豪華客船アルゴノーティカ号に乗り込むことになる。修理に必要な物資を略奪するつもりだった彼らは、いざ銃を構えて突入すると、客船内には誰一人として残っている者はいなかった。残っているのは、船主と船長、そして財布を盗んだことで軟禁されていた美女のみ。事態を訝しむ彼らの背後に、船内で蠢く謎の影が迫る。ついに姿を現したのは、この船の旅客たちを惨殺し、捕食した、古代から深海に生息する巨大なワームだった。







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