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オール・アロング・ザ・ウォッチ・タワー  作者: スーパーソニックマン
チャプター1
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チャプター1‐2

チャプター1‐2


【夜:教室】


 日は落ち、あたりには夜のとばりが降りた。夜の校舎に人影はなく、教員室の明かりも全て消されていた。しかし暗さ満ちる教室に、身じろぎする影が一つあった。教室後ろのロッカーをあさり、首を巡らして何かを探すその人物は、やがて机の上に置いてきぼりにされた腕時計を見つける。


「…………あった!」


 窓からの月明かりに照らされたのは、関だった。彼は心の底から安心した顔で、ほとんど親友とも呼べるまでに日々大切にしていた時計を腕にはめる。


「お前を忘れるなんて、本当に僕はどうかしていたよ」


 小さく呟いて、彼は愛おしそうに文字盤を指のはらで撫でる。

 さて、と息をつく彼の耳に、遠くで誰か取っ組み合う音が届いた。続けて怒鳴り散らすかのような喚き声、遅れて二、三発分の、腹に響く大砲の発砲音のようなもの、どさりと高い場所から重い物体を落としたときのような鈍い音がした。校庭の方を見やると、誰かが校庭の中心に大の字で転がっていた。衣服は乱れ、ところどころ破れている。消し忘れられたのか、運動部の使う、背の高い強力な白色照明灯が、煌々とその男を照らしていた。

 何事かと関は目を凝らす。


「あれは…………!」

 彼はすぐさま教室を離れ、出来る限り急いでグラウンドを目指した。口角から一筋の血を流すその人物は、昼休みに、自分に昼食を得る機会を与えてくれた男だったからだ。





【夜:グラウンド】


 校舎を出た関は、合成樹脂のデブリに埋められた芝生を蹴って、槇原のもとに駆け寄った。

「おい、大丈夫か。えと…………槇村」


 槇原である。彼の頬を叩きながら、関は素早く槇原の体にある傷やけがの程度を確かめていた。

 腕や胸には、刃物で裂かれたような傷が何本も走っていた。奇妙なことに、彼の落下した位置は、校舎の屋上からはあまりにも離れていた。


「お前は…………」

「とりあえず僕の手を見ろ。指は何本上げてる。どの指か分かるか、動きを目で追える?」


 眼前で指を三本広げ、八の字を描く要領で直線に手を動かす関だったが、彼は槇原の右手を見て、目を見張った。


「これは…………」


 なぜなら、彼の右手は、摩訶不思議な構造の重火器に変化していたからだ。銃身の太さは並みの杉の木の直径以上はあり、掌の中心の『銃口』からは未だ硝煙が立ち昇っていた。


「う…………」


 肘の付け根付近にあるスライド式の装填部分から、日中槇原が隠し持っていたあの弾丸が転がり落ちる。大の字で力なく寝転がる男は声を絞り出す。


「逃…………げろ。明かり、を辿るんだ…………! やつは、暗闇、から…………!」


 瀕死の男の言葉を聞き取ろうとして関が耳を寄せた時、周囲の照明が揺らぎ、明滅した。

ブゥ…………ン

蜂の羽音のように、グラウンドを囲む背の高い照明が唸り声を上げる。

 それと合わせて、どこからか漂ってきた、卵が腐ったかのような硫黄臭が席の鼻をついた。


『ハハハハハハハハ! アハ、アハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハァハハハハ!!』


 にわかに、およそこの世のものとは思えない、内臓を冷たい手で撫で上げるような不気味な笑い声が静かな夜の学校に響き渡った。その声は空中を旋回して、グラウンドの中心の二人を軸にしてぐるぐると動き回る。白色灯の揺らめきは絶えることなくなおも続き、次第に激しさを増しつつあった。

 ブウゥゥ…………ン、ブウウゥゥー……………ン、ブウゥゥゥウウゥゥ…………ウウゥン

 照明の電気系の部分から発せられる音もまた同様だった。不吉な空気の振動が、夜の空気を通じて二人にひしひしと伝わる。


『フゥーハハハハハ、アハ、ウフフ、ウヒ、ハハハハハァーーー、ウハハハハハハハハハハハハハハハハヒヒヒ!』

「来た…………負けた、負けちまった。クソ、クソ、クソッ…………!」


ブウウィィィィィィン、ブウウィィィィィィン、ブウウィィィィィィン…………!

 痛みにこらえて、悔しそうに槇原が歯を食いしばって頭をのけぞらせる。

 今や夜間ライトの点滅は最高潮に達していた。漏電した火花がバチバチと音を立てた。


『ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒィ…………!!!』


 耳をつんざくような高笑いがしたかと思うと、今まで波状に強まるのと弱まるのを繰り返していたライトは、それを合図とするかの如く、一つの例外もなく一斉に消えた。

 暗闇の中で、二人は息をひそめた。わずかな身じろぎの音さえ、ありありと聞こえた。何も、聞こえなかった。













「ヒイイイイイハアアアアアアアァァァアアアアアァアアァァアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!!!!!!」


 永い静寂を突き破って笑い声が響き、今まで消えていた照明の全てが最大出力で発光した。太陽光もかくやというほどの眩い光は、耳にこびりつく乾いた笑い声の主を、関と槇原の眼にありありと明らかにした。

 それは、白い化粧に赤い鼻をつけ、腕を鷲のような巨大な翼に変化させた、大人の背丈の優に二倍はある、宙に停滞する巨大なピエロだった。

 翼には所々銃撃された跡の黒く焦げた丸い穴が開けられている。しかし、手傷を負っているにも関わらず、紅を塗った真っ赤な唇にはおぞましい微笑みが浮かんでいた。

 自分が今まで交戦していた相手の全貌を間近で見せつけられた槇原の瞳に、深い恐怖の色が満ちていった。彼の胸を襲う本能的な怯えを察知し、恐るべき道化師は翼を広げ、ぎらりと光る爪の鳥足を振り上げた。首元に懸ける血の色の宝石が、新しい犠牲者が待ち遠しくてたまらないのか、白色光を吸収しては放射し、怪しい輝きを発していた。

 しかし、素早く二者の間に割ってはいった者がいた。それは今まで槇原の傷を羽織っていたジャケットで押さえていた関だった。

 化け物と正面から対峙する彼の姿勢からは、恐怖の信号は一切発されてはいなかった。


「なっ…………お前…………! 馬鹿…………!」


 槇原は息を飲んだ。

 しかし、部外者の予想外の行動も、赤と白に彩られた怪人には何ら関係ないようだった。怪鳥は、関の乱入などにはまったく動じずに、かえって二人を纏めて葬らんと、鳥の足をますます一層高々と掲げた。

 ぎらつく凶刃が振り下ろされる直前、関は低く、


「『十五分』だ。覚えておけ、僕の力の名前は…………」


 と言い放つと、力を蓄えるかのようにその場でうずくまった。彼は腕時計のタイマーを十五分にセットする。丸まった関の小さな背中に曲刀のような爪が猛烈な勢いで迫った。


 関の体がまさに爪に貫かれようとするその間際、槇原はまざまざと目撃した。

 この恐ろしく背の低い高校生の体の、あらゆる筋肉が瞬きの間に爆発的に膨張し、骨格は太く長く延長され、鈍い深緑色の外皮が体を覆ってゆくその光景を。目もくらむばかりの白色の光の中、指を鳴らすよりも短い時間の間に、関の短躯が二メートルを超える巨漢のそれに劇的に変身する一連の流れを。


一瞬のうちに、関進は怪物に変身した。


 槇原のスローモーションの視界の中で、コンマ何秒間かで完全な異形へと変貌を遂げた関は、自身の背に爪が付きたてられる間一髪のところで身を起こした。そして強靭な筋肉から発揮される圧倒的な膂力と加速度をもって、全体重を乗せた渾身のパンチを繰り出した。

 ピエロの緑色の瞳孔は針の細さにまで縮まったが、しかし小数点以下の時間に放たれた、かがみこんだでから起き上がる勢いを載せた攻撃に、完全に反応しきることはできなかった。

 血管の浮き出た変身体の赤い拳は、深紅の軌跡を描きながら、えぐりこむようなフォームで怪人のみぞおちに叩き込まれた。


『オオオオオオオオオオオッ』


 強烈無比な打撃が、血の色をした宝石に直撃し、なお勢いは収まらずに、ピエロの体をグラウンドのはるか向こうまで吹き飛ばした。ピエロは何度も芝生をバウンドし、そのたびに樹脂の芝生と黒いチップを巻き上げて転がった。


「…………! …………!!!」


 槇原は絶句して緑色の外皮を持つ存在を見上げた。変身の余波なのか、かの者の体表からは、蒸気が噴き出していた。

 異形のそれは、鋭くとがった歯が何本も生え揃った口を開け、この世界に解放された興奮を発散させるかのように一つ咆哮した。絶体絶命のこの窮地に現れた異界の存在は、口から何本も牙を生やしていた。

 激しい闘争心が読み取れる凶悪な造形の顔からは、変身前のあの幼さを漂わせたあどけない面持ちは、どこにも見つけようがなかった。



「GreeeEEEEEEeeeeeeeeEEEEEeeEEEEeeeeEEeeeeeeeeeeeeeeEeeeeeeEEEeeeeeeeEEEEEeeeeeeeeeeeeeeEEEEEEEEEEeeeeeeeeeeeeEEEEEEeD!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 湧き上がる闘争本能を抑えきれずに叫び声をあげた緑衣の獣だったが、息を吐き切るとすぐさま体勢を整えて、拳を握りしめ、ファイティングポーズをとった。血管が太く浮かび上がるその拳に、再び先ほどの赤色光が灯った。











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