チャプター3‐3
チャプター3‐3
【昼前:デルタ洲の前の神社の森】
(数が多すぎる。一体一体は脅威じゃないのに、倒しても無尽蔵に湧いてくるんだ。これが本命の守りだったのか!?)
最初の内は十把一からげに襲い来る木製の人形たちをなぎ倒していた関とゼノ・ガールだったが、十体、二十体とその撃破数を重ねていくたびに、段々と関の息が上がり始める。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ…………」
「関、大丈夫? 大分辛そうだけど」
関の技の精度は、少しずつではあったが、はっきりとそれとわかるほどに落ちてきていた。
「…………ごめん。正直、ちょっときついかな。体力を残しておいたつもりだったんだけれど」
『これ以上の戦闘は彼の負担になります。一時脱出しましょう』
ゼノ・ガールの提案で、一行はその場から逃走した。時折見かける石積みを蹴って崩しながら、森を行く。
道中でゼノ・ガールが千鳥に問いかける。
『母体、我々を襲う木の人形たちについて、どう思われますか?』
「え? うーん…………なんとなく、あれが敵の本体じゃないって分かったぐらいかな。弱点の宝石だっけ、それもついてなかったし、すぐ死ぬ割にはいくらでも湧いてくるし」
『よろしい。では、それが何によって造られているのかも分かりますね?』
「フツーに森の木の枝じゃないの。『弾切れ』が期待できないのは結構キツイけど」
『思いの外冷静なようで、安心しました。では、肝心の本体はどこにいると思われますか?』
「それは…………あ、例えば、木の上で私たちの後をつけてきてるとか。一々立ち止まった所にあの木の敵を送ってくるし」
関も口を挟む。
「もしくは、森の中心部にいて、そこから何らかの方法で監視してるとかね。でも、どうして急にそんなことを聞くんだ? もしかして、何か本体を倒す手がかりが見つかったとか?」
『残念ながらそうではありません。私はただ、二人がどこまで落ち着きを保っているか確認したかっただけなのです』
「なんだ。もったいぶった言い方をするから、ちょっと期待しちゃったじゃないか」
『申し訳ございません。しかし、もしもどちらかがパニックにでも陥った時には、私はそれに対処しなければならないのです。あなたであれば少々荒っぽく黙らせ、母体であれば丁寧に宥めます』
「態度違うなぁ」
しかし、森の外に脱出しようと走っていた二人と一体は、次第に違和感を覚え始める。
「…………あれ?」
「方向って、こっちであってるよね?」
彼らがどんなに走っても、森の外の街の景色が見えてくることはなかった。むしろ、生い茂る木々の密度が高くなってさえ来ている気さえしたのだ。しかし気を抜いていると、またもやあの単純な造りの人形たちが襲い掛かってくるので、迂闊に歩みを止めることもできなかった。
どうにか追跡の手をまいて、比較的木の枝の数が少なく、微かに日の射すところで一同はようやく立ち止った。
千鳥は膝に手をついて息を整える。
「…………とりあえず、ここまでくれば大丈夫みたい」
「なあ、この森、なんか変な感じがしないか?」
「私もそう思う。どこまで行っても、出口が見えてこない。来るときは、そんなおっきな森には見えなかったのにな…………」
『私は、この場所は一度通過した地点だと記憶しています。あの枝の並びや土地の隆起などを見る限り、間違いありません。おそらく我々は同じところを、丸く円を描いて延々と走り回っている』
「僕らには分からないぐらいに土地が斜めに傾いているのか? それで、まっすぐ進んだつもりでも、少しずつ婉曲するとか」
「いや、むしろでこぼこだよ それに、そうなるにはある程度の広さは必要になるし」
『考えられる可能性としては…………』
「考えたくないけどね」
「つまり…………ハメられたってこと?」
こわごわと聞く千鳥に、関は重くうなずいた。
「マジか」
「まずいぞ。僕としては、残る体力を考えると、これ以上の戦闘は続けられない」
関の声音からは、焦りが感じ取れた。
「ゼノ・ガール、上から見下ろしながら私たちをガイドすることは出来ない?」
しばらく空に浮かび上がっていたゼノ・ガールだったが、彼女の報告は喜ばしくないものだった。
『残念なことに、現在この森は向こう三十キロにわたって延々と続いています。明らかに何者かの意図で、空間が引き延ばされている。おそらく、我々はこの森に侵入していた時には既に敵の術中にはまっていたのでしょう』
「くそ、見栄を張っておきながらなんてざまだ」
油汗をかく関は悔しそうに歯ぎしりした。
「すまない、上羽さん。巻き込んでしまって」
「や、うん。危ないことも、ある程度は覚悟してたし。それより、関はこれ以上変身しちゃ駄目だと思う。またあの木の奴らが来るかもしれないけど、後はゼノ・ガールと私で持ちこたえるから」
「けど…………」
関の目が悔悟の色を見せる。彼は自分の不甲斐なさについて少なからぬ悔しさと負い目を感じていた。
『冷静になってください、関。今私たちの中で一番の戦闘能力を持つのはあなたです。この現象を引き起こしているドゥームの本体を見つけた時に、戦いの経験の浅い私たちでは敵わない可能性を考えれば、あなたはここ一番の時のために力を回復させておく必要がある』
歯痒そうに拳を握りしめた関だったが、
「…………わかったよ。じゃあ僕は少し休憩させてもらう。すまない」
と言って腕時計のタイマーをセットすると、木の根に背中を預け、片膝を立てて目をつむった。
「そっちの方がいいよ。ほんとにヤバくなったら、私も遠慮せずに起こすから」
しかしもはや関の返答はなかった。彼は既に深い眠りの世界へといざなわれていた。
「早っ!」
『こうなっては揺すっても叩いても起きないでしょう。私たちは自分の役割を果たすべきです』
「ゼノ・ガールも疲れてない?」
『私の肉体的疲労はあなたにも反映されます。ご自身の体の調子をご確認なさってください』
「うーん、まぁなんとか」
『敵は頭上から襲ってきます。幸いここは視界が効くので、母体はあそこからあそこまでの木の上を見張ってください。私は関の方向を監視します』
「了解」
ゼノ・ガールと千鳥は背中を合わせて辺りを見張った。
【午前:比叡山】
見えない剛腕が振り下ろされる寸前に、微かに鼻孔に届いた硫黄臭で気配を察知した槇原は、横に飛びのいた。
彼が身を屈めていた地面は、何か強大な力を受け、振動して土ぼこりを上げた。
「…………!?」
槇原の目に敵の姿はなかった。もう一度正面を向いた時、またもやあの産毛が逆立つような直感が彼に到来し、今度は上体を逸らすことで、それを回避した。何か網膜ではとらえきれない大きなものが、恐ろしい破壊力を伴って、槇原の体の上を通り過ぎていった。由来不明の風圧が槇原の前髪を揺らす。槇原は地面を転がり、立ち上がった先でグラボイドに変身した。抜かりなく監視カメラを撃っておく。
彼は目の前の地面に、ひとりでに巨大な足跡が付けられてゆくのを認めた。それは人間のものとはまた違い、親指と残りの四本の指が異様に離れていた。
すかさずグラボイドは足跡の主がいると思われる場所に、連続して弾を打ち込んだ。何者かが飛び退って、そこにあった草花ががさがさと音を立てて揺れる。槇原は音のする方向に向かって、弾丸を撃ち続けた。同時にグラボイドの赤い単眼は、サーモグラフィーを再起動させる。その内の一発が命中したらしく、
『ギャッ!』
と悲鳴がして、皮膚の透過したような真っ赤な外見のゴリラが現れ、またすぐにかき消えていった。
突然の敵の出現に、グラボイドは一時距離を取り、藪の中に身を隠した。マントのカモフラージュ模様がすぐさま変色して、背景と同化する。
藪の中で彼の足の裏は靴越しに、地面に置かれた何かを踏んだのを感じ取った。彼は視界を通常のものに戻して、いま踏みしめたものを改めた。それは、見覚えのある青いセーターと白衣だった。
『…………こいつはッ!』
地面に脱ぎ捨てられたその衣服は、他でもない、先ほどまで顔を合わせていた毛尾のものだったのだ。
(まさか、今襲ってきているのはあの野郎か? しかし何故この機械の事をあのクソが知ってやがる。あいつも俺たちと同じウォッチャーか? でも、それならあいつが俺を攻撃する理由は…………目的が違うのか? それに今の硫黄の臭いだ。さっきの女の幽霊のはもう消えていた。あれは間違いなくあの男から発生したものだ。人間に擬態したドゥーム…………ありうるが、だったらドゥームみたいなやつらが、自分の卒業した大学の自慢なんざしないよな。ベースは人間だ。間違いない。人間がドゥームに、しかも自分の意思で…………顔を見られてるとしたら面倒だぞ。クソ、クソ。やっぱり一人はマズったか?)
彼の頭の中の歯車は高速で回転していた。様々な疑念と可能性、そして不安要素が次々に到来しては、それに答えを出す間も無く飛び去ってゆく。
『…………おおーい、今そこに居やがったやつさぁ、お前、槇原だよなぁー』
藪中から声がした。それは紛れもない毛尾のものだった。
グラボイドは何も答えなかった。みたび視界を熱源感知のそれにする。
『お前、なんでこんなところにいるんだぁ? その体はなんだよぉ、教えろよおぉ』
透明な怪物は、それとは悟られないよう槇原の隠れる方向に向かって慎重に歩を進めた。
『出て来いよぉ、出て来いっつってんだろカスがぁ、聞こえねぇのかあっ? こっちから聞き出してやろうかあ!?』
不意に地面の土が飛び散った。気温の低い山中の、青色の背景の中で、巨大な熱の塊が上方に向かって移動した。
(跳んだ!)
透明な霊長類の跳躍を見抜いた槇原は、位置を知られることも覚悟で、空中に向けて散弾を放った。
そのうちのいくつかが当たり、丸太のような腕の一部が現れるも、毛尾は構わずに着地し、弾丸が発射された位置に拳を叩きつけ、そのまま乱暴にあたり一面を薙ぎ払う。
『そこかぁッ!』
槇原は、相手の太い指に捕まりそうになりながら、間一髪でそれをかわした。マントの迷彩で擬態した槇原は、不可視のゴリラに向かって銃を撃ち続ける。
ついにグラボイドは、ビュイックのトランクを背にして追い詰められた。再び地を蹴る音がして、彼の顔面が球場の機械に押し付けられる。
『むははははははは、シィーーネェェェェーーーーーーーッ!!!!!』
グラボイドのアームキャノンは透明な霊長類に弾を撃ち込もうとしたが、銃口の向きが固定されてそうすることが出来なかった。
(…………!)
黒い球に押し当てられたグラボイド頬が、細かい光の粒子となって吸収され始める。圧倒的な膂力で組み敷かれながら、槇原は必死に手を地面に向けて伸ばした。ついにその指先が山の土に触れた時、グラボイドの体は地中に吸い込まれるようにして消えていった。
『おおっ!?』
地中から瞬く間に相手の背後に現れると、勢いを崩してつんのめった毛尾の変身体の背中に向かって蹴りを叩きこむ。そのまま彼はビュイックのトランクのふちに手をかけ、力任せにそれを閉じた。
この地中潜行こそ、グラボイドの真の力だった。
槇原の変身体は情け容赦なく、透明化が解除されつつある、筋肉と骨格がむき出しになった敵の尻に弾を撃ち込んだ。
鋼のような、しかし光が屈折しない透明な毛皮と強靭な筋肉、分厚い脂肪のおかげで、相手はしばらくは生きていたが、やがてその体が光に包まれたかと思うと、先ほどのドゥームと同じように球状の機械の中に消えていった。
「…………どうなってやがる」
人間に戻り汗をぬぐった槇原は、改めて地に捨てられたシャツを拾い上げるのだった。
『Hollow Man (邦題『インビジブル』)』 2000年8月2日アメリカ公開、上映時間112分
監督:ポール・バーホーベン
脚本:アンドリュー・W・マーロウ
原案:ゲイリー・スコット・トンプソン、アンドリュー・W・マーロウ
制作:アラン・マーシャル、ダグラス・ウィック
制作総指揮:マリオン・ローゼンバーグ
出演者:ケヴィン・ベーコン、エリザベス・シュー
ストーリー:天才科学者であるセバスチャンは、国家の極秘プロジェクトとして「生物の透明化とそこからの復元」を研究している。彼と研究チームは、動物実験において既に透明化を成功させていたが、透明化させた動物はその状態が長時間続くと精神に悪影響が及んで凶暴性が増大してしまい、復元も成功できるような結果では無かった。ある日、セバスチャンは透明化した動物の復元薬の開発に成功するが、更なる名声を求めるセバスチャンはこの事を国家には報告せず、メンバーの反対を押し切り、自らの体で初となる人体実験を行う。
透明化は問題無く成功し、透明人間の状態を楽しむセバスチャン。しかし、いざ復元となった段階で実験は失敗、メンバーが必死に研究に取り組む中、彼は透明のままに置かれる。
やがてその状態に苛立ちを募らせたセバスチャンは、自身が透明人間であることを悪用し、不法侵入やレイプなどの犯罪行為に走る。チームは研究成果を国家に報告しようとするが、セバスチャンはこれに反対し、更に研究チームの同僚で元恋人でもあるリンダが、同僚のマットと密かに交際していたことを知った怒りも加わり、メンバーの殺害を企てる。…………(※8)




