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オール・アロング・ザ・ウォッチ・タワー  作者: スーパーソニックマン
チャプター2
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チャプター2‐7


 チャプター2‐7


【夜:湯谷燃料本社】


 極小の迷彩柄の表皮を持ったミミズのような生き物が、配電盤に入り込んだ。そして、その身をもって、回路をショートさせる。

 建物全体の電力がダウンしたのを確認し、夜闇に紛れて、湯谷燃料と門柱に書かれたフェンスを飛び越え槇原は侵入を開始した。後ろにフルフェイスのヘルメットを被った関が続く。辺りに人の気配はない。


「急げ。もたもたしてっと非常用電源に切り替わるぞ」

「おい、いくら何でも、これはちょっと乱暴なんじゃないか?」


 ヘルメット越しの関の声は、くぐもって聞き取りづらかった。


「いいんだよ、調査のためだ」

「確かに、君の話じゃユタニ燃料は怪しいって聞いてたが、その『特別技術開発部』なんて部署の事は初耳だぞ。いつの間に仕入れたんだ、そんな情報」

「親父と懇意にしてる刑事がいるんだよ。その人が話してるのを聞いたんだ」


 彼は、嘘はついていなかった。もっとも、刑事木下としても、槇原張男に情報を与えるつもりで部下と会話していたのではなかっただろうが。


「僕としては、未発見者の捜索の方にもっと力を割きたいんだけどなぁ」

「あらかた見つかったろ。それに、ここで見つかる手掛かりは、多分奴らの『本拠地』につながる類のものだ。今まで俺たちがどれだけ探しても見つけられなかった『本拠地』のな。まだ見つかってない人はそこにいるんだろう。だから、結果的にはプラスになるんだよ」


 自動ドアを、限定的に変化させたグリードの腕力でこじ開け、二人は建物内部に入る。木下の部下が話していたエレベーターは、すぐに見つかった。


「あれだ!」


 しかし、鋼鉄製のドアは、二人を前にして重々しく立ちふさがり、外敵が立ち入ることを拒んでいた。


「おい、電力をショートさせたら、動くものも動かないじゃないか。どうやって下りるんだ? まさか、そこら辺を考えずに侵入したって言うんだったら、コントだぞ」

「お前のすっげー腕力と、アホみたいに伸びる腕は何のためにあるんだ?」

「…………おい、まさか」

「…………」

「…………」

「ちっくしょうめ」


 かくして筋肉を膨張させて、ドアを力ずくで開けた関は、背中に槇原を背負いながら、彼の持つペンライトを頼りに、無限とも思えるほど深く暗い垂直の穴を下りてゆくことになったのだ。

 腕の伸びが最大まで達すると、壁を這うダクトを時々掴みなおしつつ、彼は暗い縦穴を下っていった。途中で機械音と共に、エレベーター昇降のロープが少しだけ動いた。非常用電源が作動したのだった。

 じきに、最下層が見えて来た。


「非常灯の明かりが漏れてる。あの隙間が扉だ。そら、開けた開けた。頑張れ怪力くん」

「…………よっぽど、地上に出た後でパンチが欲しいようだな槇原。もしも無事に脱出出来たら、今度から君のことをマゾ原って呼んでやる」

「俺にそんな趣味はねぇ」


 声を潜めて罵り合いながら、耳をそばだてて、人気が無いのを確認すると、関と槇原は、地下通路に転がり込んだ。


「…………意外と狭い通路だな」

「一本通路か。じゃあ、あの部屋が多分『開発室』だ」


 二人はすりガラスで目隠しのされた部屋に入った。

 薄暗い『開発室』の中は意外なまでに広かった。屋根中をダクトが這いまわり、二列ほどに固められた机には、デスクトップパソコン、ノートパソコンが数多く並んでいて、いずれも複雑なケーブル接続をされていた。

 部屋は手前側と奥側の大きく二つに分けられるようで、お互いは、ガラスの壁で区切られていた。設備などを見るにおそらく、手前がデータ解析や情報整理などの作業を、奥側が実験などを行うスペースなのだろう。


「あ、ガムの包み紙が落ちてるぞ。目が覚めるミント系の奴。あんま寝れてないのかなぁ」「お前が心配することじゃないだろ」

「いや、人間味を感じるなって思って」

「そうかよ」


 槇原は腕だけを銃形態に変身させたまま、ガラスの扉を開き、実験スペースに立ち入った。

スペースの一番奥の壁にはブルーシートが掛けられ、そこに近づくのを禁止することを意味する、蜂と同じ、黄色と黒の警戒色で床に半円が描かれていた。


(あのシート、風にたなびいてる。地下室だぞ)

 シートの裏側からは、

ヒュオオオォォ…………

という、空気の出入りを感じさせる音が響いていた。





【夜:湯谷燃料本社地下開発室】


(マグカップもある。サンリオのぬいぐるみを見る限り、多分ここは女の人の席だな。お、こっちはガンプラ)

 機械とPCのひしめく研究室の中に見え隠れする、にじみ出る人間性を面白く眺めていた関だったが、その内のカップの一つに目が留まった。


(ん…………このコーヒー、()()()()()()()()()…………?)


 背後で何かが動く音がした。反射的に関は腕をグリードに変化させ、机を飛び越して研究室を出た。

バタバタと足音を鳴らしながら一本通路を走る人物を、関は腕を伸ばして捉える。

 偶然部屋に残っていたこの研究員は、侵入してきた槇原の腕の銃器を見て身の危険を感じ、研究室からの脱出を図ったようだった。


「おい、しくじった! まだ人が残ってたぞ、マキ…………」


 危うく槇原の名前を叫びそうになりながら、関はその人物を取り押さえた。


「放せ、放せェーッ!」


 激しく抵抗する男を取り押さえて、関は胸元のネームプレートを改めた。『上羽秀夫』主席研究員。

 彼の頭に、同姓の同級生の存在が浮かぶ。


「なんだか、繋がりかけてきたぞ」


 おい、そっちはどうだ、と席は槇原に呼びかけた。

 しかし、槇原は返事をしなかった。彼は、ブルーシートの裏に隠された、壁に開いた『穴』に息を飲んでいたからだ。


「なんだこりゃ…………」


 はじめ、槇原はびるーシートの向こう側について、トンネルかなにかが掘削されており、地上につながるそこから風が吹き込んでいるのかと予想していた。

 しかし、その『穴』はの向こうにあったのは、生暖かい硫黄臭のする風が吹き抜ける、ピンク色の霧に包まれた無限の荒野だったのだ。『穴』のふちは非常に有機的で、黒く粘つくその境界線は、黴か菌類を想起させた。


「一体、何が起こってるんだ…………?」


 『穴』の向こうから吹き付けて来る腐卵臭の風は、槇原の問いには答えず、ただ悲鳴のような音を上げているだけだった。





【夕方:裁縫室】


 その日の六時間目の授業は、家庭科だった。ミシンの備えられている裁縫室に移動し、班に分かれてトートバッグを作る。

ダッダッダッダッダッ…………

 規則的にミシンの音が鳴り響く。

 ここで千鳥と京子は同じ班だった。芦田は同じ班でこそなかったが、テーブルが隣同士であり、授業中、すぐ近くにいた京子と親し気に喋り合っていた。


「…………へー、志賀さん、ばあちゃんが洋服屋だったんだ。だから上手なのか」

「うん、小さい頃よく教えてくれたんだ。今も実家の方でお店やってるよ」

「元気だなー、ばあちゃん」


 ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………

 ミシンは糸を布地に縫い付ける。


「すごいんだよ。でっかいミシンを一人で取り扱ってさ。シーパンの革にも針が通るぐらいのやつ」

「ジーパンはヤバいな!」

「でしょー」


 ダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッ…………

 向かい合って座る京子と芦田を他所に、千鳥は黙々と作業を続けていた。無表情で布に色鉛筆で印をつけ、ミシンにかける。定規で寸法を測り、また印をつける。

 一か所の出来にこだわらず、完成作業の速さを重視したバッグは、よく見ればいささか粗雑な点は見つかるものの、全体としては悪くない仕上がり具合だった。彼女の持ち前の要領の良さは、こういった手作業の時に良く発揮された。

 とにかく、ひどく胸のあたりがざわめいていた。何者かが体内でうごめき、胸を突き破って外界に脱出しようとのたうち回っているかのようだった。

 千鳥にとっては、もちろん、目の前で交わされる会話に割って入ることも可能だったが、既に二人の間に出来上がった空気に、彼女はそのタイミングを掴み損ねていた。

 また人間の感情の機微に敏感な彼女は、そういった会話そのものではなく、それを邪魔することを目的に乱入するのは、かえってぎこちなさを伴って、相手に非常に悪い印象を与えるものであることをも知っていた。

 もっとも、一番大きな理由は、二人の会話を途切れさせようとする自分の姿を想像した時、そのあさましさと必死さ、情けなさが、彼女にとって到底受け入れられるものではなかったからというのが本当のところだろうが。

 しかしそんな千鳥も、芦田が京子を野球部の試合観戦に誘った時には、思わず眉をひそめて顔を上げた。

ダッダッダ…………


「え!?」


 千鳥の操るミシンは一時停止した。


「何だよ急に」

「いや、野球観戦。今言ってた…………」

「お? おう。志賀さんにも来てもらおうと思って」

「や…………それ聞いてない」

「そりゃ今言ったから」

「え、あ、そっか…………」

「うん」

「あー…………」

「…………?」

「…………行くんだ。っていうか、誘うんだ」

「うん、誘うよ?」

「…………」

「…………え、なんか悪い?」

「…………ふーん」

「どうしたんだ、お前」

「いや、別に…………」


 今の自分の「別に」の言い方に、はっきりとわかるまでに刺々しさが滲んでいたのを知って、千鳥は嫌な気分になった。表情も、苦々しい顔をしているのがはっきりと分かる。

ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………

ミシンの音は止まない。教室中の人間がこれを取り扱っていた。


「え、何か誘っちゃまずかった?」

「別に」

「…………」

「…………なんか、機嫌悪くね、お前?」

「別に…………」


 芦田は途方に暮れて京子と顔を見合わせたが、京子も千鳥の心情を推し測り切れず、困った表情を返すだけだった。


「あの、千鳥ちゃん。私なんか悪いことしたかな」

「…………」

「私ぼーっとしてるから、知らないうちに人を怒らせてる事とか、よくあるみたいだし。気に障ったことがあれば謝るよ?」


 ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………

 ミシンの繰り返しの音が生理的な不快さを掻き立てた。

 京子の言葉は本心からのもので、それは決して嫌味な意味を持つものではないことは、千鳥にもよく読み取れた。しかし、彼女の心はそう簡単には、理性の声を聞き、ささくれだった心情をおさめてはくれなかった。


「京子が迷惑じゃないの」


 千鳥は、意識していないと、声の調子が相当嫌味たらしくなることを感じ取り、喉から出る寸前のところで、どうにかそれを抑え込んだ。


「私、その日は開いてるよ。バイトとかもしてないし」

「ああ、そう」

「うん」

「ふーん…………」

「…………?」


 千鳥の苛立ちの中には、芦田が試合に呼ぶ人間は己のみだと、さも当然のように思っている自分がいたという事実も含まれていた。何故自分は、芦田が京子を誘うことを考慮していなかったのだろうか。

 今まで自分ひとりが芦田の雄姿を独占できるものだと思い込んでいた千鳥は、今までの感情が全くのぬか喜びで、間抜けなものに思えてきて仕方がなかった。馬鹿みたいだ。思いつかなかった自分も馬鹿だし、知らないまま気楽に試合の日を指折り待っていた自分の姿もまた馬鹿馬鹿しい。

 それが芦田に対する感情ばかりではないこともまた苛立ちを促した。京子は数少ない、心の底から気を許せる友人の内の一人だったはずなのに。やはり自分は「人でなし」なのか?

 ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………

 いつかの喜びは、またもやすぐさま黒炎の燃料に反転してしまった。千鳥は今、自分の浅はかさ、つまらないことで気を悪くしている自分の度量の狭さが、余計にいら立ちを刺激するという悪循環に陥っていた。芦田と京子の会話は、不機嫌そうな千鳥の態度に水を注された形で中断されてしまった。千鳥は、二人の談笑が止むことを心の奥底で望んでいたはずなのに、今は一向に愉快ではなかった。

 結局、手っ取り早くバッグを完成させた千鳥は、何も言えない二人に顔色を伺われながら、授業時間を過ごしたのだった。





【夕方:裁縫室】


 授業終了間際、事は起きた。千鳥は、バッグの取っ手の取り付けにもたつく京子を待っていた。芦田は先に友達と一緒に帰ってしまった。京子は済まなさそうに完成を急ぐが、かえってそれは、二重、三重の間違いを引き起こした。


「ご、ごめんね」

「いいよ、別に」


 渦巻く感情は、その激しさこそ鳴りを潜めていたものの、決して完全になくなったわけではなかった。

じれったい縫い方を繰り返す京子を横目に見ながら、千鳥は携帯をいじっていた。

 しかし彼女は自分の二の腕のあたりに、またもや何日か前に目撃したあの紫色の不気味な腕を認めた。


(またこれ…………!)


 ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………

 腕がそろそろと伸びたのは、京子がミシンを操る手元だった。


(…………?)


 どうやら京子には、腕は見えていないようだった。

ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………

 千鳥が腕を観察していると、それは、臆病さから、ゆっくりとした速度で針を上下させる京子の首元に近づいた。

 そして突如、うつむき加減で作業をしていた彼女の制服のネクタイを、ミシンの稼働部に巻き込んだのだ。


「なっ…………」

「えっ、あっ、あっ!」


ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………!

 クリーム色の裁縫機は、無情にも京子の首筋を、力強く針が上下する場所へと引きずり込んでゆく。

ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………!

 反応が遅れた京子は、必死にミシンを遠ざけようとするが、それも電動の力には敵わず、喉元は徐々に針に近づいていった。


「京子!」


 千鳥は椅子を蹴って立ち上がった。

 何と紫色の腕は、ミシンのスピード調節器にまで指をかけ、その速度を更なるものにした。

 ダッダッダッダッダッダッダッダッ…………ダダダダダダダダダダダダダダ!


「ああ、あ、ああぁーーーっ!」


 千鳥から見て机の反対側にあるコンセントを抜きに行っている時間はなかった。金属製のぎらつく針は、今にも京子の喉仏を貫こうとしていた。

ダダダダダダダダダダダダ…………!

 今にも針は京子の喉に突き刺さりそうだった。京子は遠からぬ未来予想の中で、自身の喉に極小の穴が等間隔で連なっている光景を想像し、気が遠くなった。

 その時、京子のもとに駆けよった千鳥が、およそ人間には不可能と思われるスピードで、京子とミシンの稼働部の間に残った僅かな隙間に両手をこじ入れ、恐るべき力でネクタイを引きちぎった。

 凄まじい強度を持つポリエステル繊維で編まれたネクタイは、根元からやすやすと裂かれ、肉を骨からはがすときのようなやけに生々しい音を残して、京子の首元から去っていった。

 床に落ちたミシンが猛烈な勢いで、自分が咥えた獲物の一部を飲み込んでいった。犠牲者はただの布の一切れにおさまった。


「…………」


 裁縫室に残っていた面々は、一拍置いてわっと京子のもとに駆けより、荒い息を吐く彼女の肩を抱き、何度も喉元の無事を確かめていた。

 肩を弾ませているのは、千鳥も同じだった。彼女は今目の前で起こったことについて、思考が付いて言ってなかった。ただ困惑して、自らの体の内側から生じた紫色の腕が行ったこと、並びに土壇場で発揮された信じられないほどの力の事を、繰り返し反芻するだけだった。


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ…………」


 全身に痺れるような感覚が広がっていた。頭痛もひどかった。体内で、何者かがどうにかそこから脱出しようと蠢いている感じだった。


「…………上羽さん」


 背後から彼女に声をかける者があった。それはこの間転校してきた関進だった。


「…………?」


 千鳥は未だに喉が塞がっているような心地だった。


「話がある。今、君が目にしたものの事だ」


 体内の不快さを忘れさせるまでに、千鳥の脳内にけたたましく警告音が響き渡った。彼女は向き直って身構える。

 今目の前にいる160センチにも満たない関の小柄な体躯や、あどけない童顔が、意味もなく恐ろしく思えた。


「放課後、図書館の裏で待つ」


 そう言い残し、彼は千鳥のもとを離れていった。友人の槇原は近くにいないようだった。言い知れない不気味さを肌で感じながら、千鳥は自分の腕を抱いた。

 この腕が? 一方では見かけは人間のそれとかけ離れた紫色の腕が親友を窮地に陥れ、もう一方では、覚えのない驚異的な膂力が親友を救った。自分は一体、どちらの腕の持ち主なのだ?















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