お隣さんと『偽装』恋人契約
嫌な予感、的中である。
出来れば的中してほしくなかったが……。
そして、それはそうとだ。
「なぁ、藤代」
「なんですか、それよりどうなんですか、まだ答えを聞いていませんよ? はいかイエスで答えてください」
「どっちも同じじゃねーか! ってそうじゃなくて、言いたい事があるんだけど!?」
「なんですかお金ですか残念ながら私にお金ならありませんこれでも毎月のお小遣いを切り詰めるのに結構苦心してるんです諦めてください」
「そうか……お前も苦労してるんだな……って違うわ! ……そうじゃなくてさ」
「はぁ……じゃあ何が言いたいんですか?」
俺を半ば呆れるような表情で見上げるように見つめる青い瞳に、思わずぐっと言葉を飲み込みそうになるが、ここで我慢せず、言わなければいけない事がある。
「告白って、人の胸ぐら掴んで締め上げながらするもんじゃないよな?」
「あっ、すいません、つい」
「ついって何!?」
つい、で人の胸ぐら掴みあげるんですか……!
「それだけ、私も必死ってことで一つ」
「まぁ必死になるのもわかるけどさ、このままだとヤバいってのも理解できるし」
「綾崎先輩が言い出したことですからね……で、どうなんですか?」
「どうって言われても」
はっきり言おう。
藤代と付き合う……それは俺のような男子にとって、デメリットでしかない。
片やクラスカーストトップの大人気美少女、片かたややよくてカースト中堅の一般人。
間違いなく、周囲のやっかみが物凄い事になるだろう。
特に今、藤代にご執心の近藤グループに目を付けられるのは面倒なんてものじゃない。
出来れば断りたい……というのが本心だ。
でも。
――――不安に揺れる藤代の目を見ると、「助けてやりたい」と思うのもまた、紛れもない俺の本心だった。
さて、どうするか。
「ていうか、お前は俺でいいのか? 俺と付き合ってる、ってことになるんだぞ?」
「構いません、近藤とかいう人より、綾崎先輩のほうが多少マシですし」
「多少かよ」
あ、今ちょっと「助けてやりたいゲージ」が減ったかも。
ゲージバーのマックスが100だとしたら、多分今20くらいに下がったね。
断ってもいいかな?
「それに私、これでも綾崎先輩の事、結構信用してるんですよ」
「……信用されるようなこと、なんかやったか俺?」
思い返してみるが、藤代に信用されるような何かをやった覚えがない。
そもそも、こいつとこうやって話すようになったのは最近の話だし、なんならあの夜まで話したことすらなかったまである。
それで信用している、と言われても、というのが正直なところだ。
そうやって首を傾げていると、藤代が猫のような目を丸くして、それからくすくす、と小さく笑った。
「そういうところですよ、綾崎先輩」
「そういうところってどういうところだよ」
「ほんっと、わかってないなぁ……それで、どうですか、綾崎先輩?」
どうするか、か。
そんなものは決まっている、そうだろ? 綾崎悠人。
「条件が一つだけある」
「条件ですか? いいですよ、綾崎先輩には鍵の件でもお礼しようと思っていたのでなんでも言ってください」
「え、今なんでもって言った?」
「はい、私にできることなら……あ、えっちな事以外でお願いします」
「言わないよ!?」
「ふふっ、わかってますって」
まぁ、言えるもんなら言ってもいいですよ?
とでも言わんばかりに挑戦的に目を光らせる藤代が小憎らしい。
「あっ! あと、高額な絵のローン契約とか、飲める洗剤がさぁ、とかもダメですからね!?」
「俺をなんだと思ってるわけ!?」
それを疑うとか、どういう教育を受けてきたんだよ!
まったく……親の顔を見てみたいもんだ。
はぁ、と小さくため息をつくと、「条件」について、藤代に伝えた。
「え、そんなことでいいんですか?」
「ああ頼む、次の土日……は忙しいなら、藤代の暇な時でいいから」
「や、次の土曜日は特に何もないのでいいんですけど……ほんとにそんなことでいいんですか?」
「おう」
「わかりました」
そういうと、藤代がすっと俺から離れた。
すぐ近くにあった温もりが離れていくのは、少々寂しいものがある。
「んー……。綾崎先輩とお付き合いするってことは、名前の呼び方も変えたほうがいいんでしょうか?」
「偽装の付き合い、だけどな。……どうだろう、今のままでも初々しさはあるような気はするけど」
「でも、苗字呼びだと、ちょっと距離感を感じませんか?」
うーん、と口許に指をあて、ああでもない、こうでもないと考えだす。
正直呼び方なんて、なんでもいいと思うんだが。
今の藤代、綾崎先輩でいいんじゃないのか?
「いきなりゆーくん、はちょっと馴れ馴れしすぎますよね?」
「馴れ馴れしい以前の問題でゆーくんはやめろ、おい、ニヤニヤすんな、わざとだなそれ!?」
「くふふっ、ゆーくんの反応は初々しくて可愛いですねぇ♪ ってあいたっ! なんでデコピン!?」
「うるさい」
そういいつつ、また口の中で小さく「ゆーくん」と呟き、小さく緩んだ笑みが藤代に浮かんだ。
その表情を直視できず、思わず藤代と逆の方を向き、顔が見えないようにする。
「まぁ、綾崎先輩は綾崎先輩でいいですかね?」
「だな、藤代も俺もお互い、無理に呼び方を変える必要はないだろ」
「あ、ダメですよ綾崎先輩、そっちは私の事、三葉って呼んでください」
「やだ」
迷うことなく即答した。
「もー! なんでですかっ!」
「なんでですかも何もないよ!? それはマジで難易度高いからな!?」
「まぁまぁ、名前で呼ぶくらいなんでもないことですから、さんはいっ!」
「……藤代」
「もうっ!」
絶対名前でなんて呼んだりしないんだからねっ!
さて、それはそうと。
「ところで、偽装とはいえ俺たちは付き合うことになるわけだが」
「はい、そうですね」
「付き合うって、何をすればいいんだ……?」
「え、知りませんよそんなこと、綾崎先輩は知らないんですか?」
「彼女いない歴=年齢の俺をなめるなよ……藤代……っ!」
「そんなの、私もなんですけど?」
「「……………」」
恋愛経験値0の綾崎&藤代タッグ、早くも偽装作戦、破綻の予感……!