お隣さんと囲い込み
翌日の朝。
いつものように登校したのだが、どうにも様子がおかしい。
何か、周囲の空気が浮ついているというか……妙な空気を感じた。
「……なんだ……?」
自分に対するものではないので、特に気にする必要はないのかもしれない。
だが、なんとなく、嫌な予感というか、胸にざわついたものを感じた。
一体この空気はなんだろう?
そして、こういう時に頼りになるのが……。
「おいおいおい、聞いたかよ綾崎!」
「待ってたぞ月島」
「何がだ?」
そう、月島という男だ。
こいつは黙っていても向こうから情報を持ってきてくれる、頼れる奴なのだ。
「なんでもない……それで、何かあったのか?」
「そうだった、おいやべーぞ綾崎!」
「だから何がだよ」
「あの藤代三葉に、ついに彼氏が出来ちまったー!!」
「…………なんだって?」
藤代に彼氏? 昨日の今日でか?
知らない人と付き合うなんてごめんだとまで言っていたあの藤代が?
なんとなく昨日の藤代と今、月島の口から語られる情報に齟齬がある気がして、物凄く気持ちが悪い。
まさか、俺と一緒にいるところを誰かに見られて、それを勘違いされた?
……いや、これはないだろう。
あの時間の屋上には俺と藤代しかおらず、あとから誰も来なかったのは間違いない。
帰るときも別々だったし、俺も誰にも会わなかった。
俺が相手でという可能性は低い。
なら一体……?
「それにしても、まさか藤代さんが近藤に引っかかるとは……陽花だけじゃなく藤代さんにまでちょっかいかけてるとか、マジで許せん……!」
近藤……?
「おい月島、藤代の相手ってのは近藤で間違いないのか?」
「お、珍しく食いつくな綾崎……さすがに藤代さんクラスの美少女だと気になるか?」
「ツッコミはいいから、相手は本当に近藤なのか? A組のあの近藤?」
「間違いないぞ、昨日近藤が藤代を呼び出したってのは結構広まっててな、どうも告白したらしい」
そこまでは知っている。
なにせ昨日、俺はその現場を見ていたからだ。
ただ、あの時の近藤は取りつく島もなくあしらわれていたのに、それが何故、藤代と付き合っているに発展した?
俺と別れた後、近藤と何かあったのか……?
「で、本人はなんとも言わないんだけど、どうもおっけーだったっぽい、って朝から大騒ぎよ」
「なんだよぽいって、曖昧だな」
「近藤本人が想像に任せる、しか言わないんだよ。でも朝、藤代さんと一緒に登校してたから間違いないと思うぞ」
「……ふーん……?」
なるほどねぇ……。
藤代本人に聞いて見ないことにはハッキリとはわからないけど、なんとなく裏が見えた気がする。
*
藤代と近藤が付き合いだした、と噂が流れてから3日ほどたった。
その間、注意深く藤代を観察していたのだが、やはりというかなんというか、近藤と付き合い始めた、という割には距離感も遠く。
むしろ、なんとか近藤から離れよう、離れようとしているのが見て取れた。
しかしそこは近藤も必死なもので、昼休憩など時間があれば常に藤代と2人でいるところを周囲に見せようと、行動しているようなのだ。
つまりはこういうことだ。
(外堀から埋めて、なぁなぁで付き合いに持ち込もうってとこか?)
それに気がつくとなるほど、色々と見えてくるもので。
近藤の周囲の人間が、さりげなく近藤が藤代と2人になるようサポートに動いているのだ。
こればかりはいくら藤代が頑張ったところで、数の力には敵わないわけで……さらに率先して近藤の周囲が2人の仲を喧伝するので、その他の目も2人をカップル扱いしだしており、それが事実のようになるのに、そう時間はかからないのではないか?
そう、思わせる状況に追い込まれていた。
なんというか……手慣れている……?
(助けてやりたいところではあるが、あの連中に面識ないんだよなぁ、俺)
昼休憩中に中庭で近藤に絡まれている藤代には悪いがおいそれと手出しもできず、事情を知っている側からすればさてどうしたものか、と考えていると、藤代がこちらをじっと見ているのに気が付いた。
なんだろうとこちらも見つめ返すとぱくぱく、と口が動き……。
(こ、の、あ、と、お、く、じ、よ、う?)
このあと屋上? 屋上に来いということだろうか?
指を上に向けると、こくこく、と藤代が頷いた。
どうやら呼び出しを受けたらしい……もうすぐ5時間目の始業のチャイムが鳴るところなんだが……仕方がない。
「月島さん、ちょっとお花を摘みに行ってきますわ」
「そういってお前、また午後の授業サボるつもりだろ」
「オホホ、嫌ですわ月島さん、私がサボったことなどありまして?」
「この前そういってサボってたやつの言うセリフじゃねぇ……」
「ちゃんと帰ってくるって」
おまえはおかんか。
そう言い残し、中庭を後にした……5時間目は多分、出られないだろうなぁと思いながら……。
*
「もーっ! 一体なんなんですかあの近藤って人!!」
これが、屋上に着いた際、藤代三葉が発した最初の一言である。
「この前からずーっと! ずーっと回りうろうろしてるんですよあの人!」
「さよか」
「朝だって待ってるんですよ、途中で! 待たなくていいから先行ってくださいよっていうかなんで一緒に登校しようとするんですか!」
「さよか」
「周りの人たちもなんか『お似合いだよねー』とかあちこちで言ってるし! ほんとにもー!!」
「さよか」
「綾崎先輩! 私の話聞いてますか!?」
「聞いてる聞いてる」
藤代はどうやらこの数日で相当ストレスを貯めていたようで、可憐な唇から紡がれる、愚痴の数々。
授業中なので、できれば「なん! なん! です! かぁーー!!」はもうちょっと小さめに叫んでほしい、学校側にバレると面倒くさいから……。
それにしても、これのどこが「清楚で可憐な美少女」だ。
ちょっと気が強い、普通の女の子だよな、藤代って。
まぁ、それはそうと……。
「藤代、多分あれはな、名実一体になるのを狙ってるんだ」
「……? どういうことですか?」
「今、お前と近藤が付き合い始めた、って噂が流れてるのは知ってるか?」
「それは知ってます、学校に着くなり質問責めにされましたから……でも、そんな事実はない、とちゃんと否定しましたよ?」
「でも周りの反応はどうだ?」
「お察しの通りですね……」
「だろ? こうやって周囲を囲って、気が付けばってやつだな」
「ええ……」
それにしても、近藤達の周囲の巻き込み方が相当手馴れているように感じる。
流れるようにスムーズな手腕、恐らくこの手の囲い込みは、今回が初めてではないのだろう。
「私、ほんとそういうの無理なんですけど……どうすればいいと思いますか?」
「そうだなぁ……」
この状況をひっくり返すのは、相当難しい。
というか藤代が単独でなんとかしようとしても、どうにもならないだろう。
それこそ、外部に協力者を作って……せめて1人は味方が欲しいところだ。
「一番簡単なのはまぁ、ほんとに彼氏でも作ることだ」
「私、今のところ彼氏にしたい、って思うような人いないんですけど」
「わかってるよ、だからそこは偽装のってのが付くわけだ」
「偽装……でも、嘘なのにほんとに好きになられたら困りますよね?」
「困るなぁ、だからやるなら人選にも結構気を使わないといけないから、これは難しいと思う」
「……んー……」
「事情もちゃんと理解してるやつじゃないと、意味もわからないだろうし」
藤代に対して絶対に恋愛感情を抱かず、偽装恋人として付き合い、無償で守ってくれる男子。
こう書くと、そんな奴どこにいるんだ? という感想しか出ないから困る。聖人か?
少なくとも、この学校の中にはそんな都合のいい男はいないだろう。
偽装とはいえ藤代と付き合う、となれば後々面倒なことになるのは確実だ。
なので、この案は使えない。
「他には、なんかあるかなぁ……うん?」
ふと視線を感じ、下げていた目線を上げると、ぱちり、と瞬きを繰り返す藤代と目があった。
「私を絶対に好きにならなくて……ある程度事情も知ってる人……ならいいんですよね?」
「おお、そうだな……でもそんな都合のいい奴、いるわけ」
ここまで言った時だった。
少し離れたところに立っていた藤代が速足で近づいてきたかと思うと、壁へもたれ掛かる俺に、半ば抱きつくような距離に立った。
態勢的には、いわゆる壁ドンというやつである……されてるのは俺だけど。
哀しいかな身長が足りてないので、藤代が見上げる形になってるけど。
あと、なんで俺の胸元、掴んでるんです?
「な、なんだよ藤代……」
「私、いい事思いついたんです」
嫌な予感しかしない。
「綾崎先輩、私たち、お付き合いしませんか?」
ここから本編です。