お隣さんと恋バナと
「あれは俺が、確か5歳だか6歳だったか……」
「あやふやですね」
「なんせ小さい頃の話だからな。そのころ、近所の公園で遊んでた女の子がいたんだ」
「へー、綾崎先輩にしては、意外と普通というか……」
「まぁ、最後まで聞けって」
そう、あれはまだ、俺が小さかった頃。
家の近くにある公園で、俺はある1人の女の子と仲良くなった。
今となってはなんで仲良くなったのかなんて覚えてないし、正直名前もはっきりとは覚えていない。
最初に声をかけたのはどうしてだったか……記憶の中のその女の子が1人で遊んでたからとか、多分そんな理由だったと思うんだが……。
何はともあれ、俺とその女の子は、仲良くなったんだ。
「あ、綾崎先輩にしては本当にまともな恋バナになりそうでびっくりしてるんですけど」
「藤代……お前、俺のことなんだと思ってるんだ」
「私と同類?」
「お前なぁ……」
俺が藤代と同類だと? ないない。
「続けるぞ?」
「どうぞどうぞ!」
仲良くなってからというもの、俺はその女の子と2人で、毎日遊ぶようになったんだ。
特に約束をしていたわけでもないし、時と場合によっては会えない日があったかもしれないが、その女の子はいつも同じ時間、同じ公園にいたから、会えないなんてことはなかった。
だから毎日その子と遊んだし、何より俺は、その女の子と――――
「遊ぶうちに、その女の子のことが好きになっちゃったんですねわかります」
「そうなんだ……まぁその子の、お母さんが好きになった、なんだが……」
「はぁ?」
そう、幼いながら俺は、その女の子のお母さんが好きになってしまったのだ。
今となってはあの人の顔も思い出せないのだが、物凄く綺麗な人だった、という事だけは今でも鮮明に覚えている。
あの人に「いつもみーちゃんと遊んでくれてありがとう」と、優しく頭を撫でられると、どれだけ幸せを感じたか。
ただ、惜しむらくは。
「年の差がありすぎたのと、すでに人妻だった、というところだよなぁ……」
「へー……ふーん……綾崎先輩ってあれですか、年上好きですか」
「なんだそれ?」
ちらっと見上げると、いわゆるジト目をしながら、こちらを見ている藤代と目があった。
そのジト目は一体なんだと言いたいところだが、それよりも、早急に否定しなければいけないところがある。
俺が年上好きだ、という部分だ、これだけは勘違いしてもらっては困る。
「勘違いするなよ藤代、俺は綺麗な女性なら貴賎なくみんな好きだぞ」
「は、はっきり言いますね……そこはもうちょっと、言葉を濁すところでは?」
「かっこつけたって仕方ないだろ、本当の事なんだから」
「開き直った! この人、開き直りましたよ!?」
「今更藤代にどう思われても気にしないし……」
「あっ、でも綺麗な女の子が好き、ってことは、もしかして綾崎先輩、私のことも……!?」
「自意識過剰な女の子は好みじゃないです」
「もー! なんなんですかそれ!」
あ、出た「なんなんですか」。
さっきも大声で叫んでたけど、口癖かなんかだろうか?
「……まぁ、そんなわけで、俺はちゃんと人を好きになった事があるんだ」
「それ、私のお父さんが好きとあんまり変わらない気がするんですよねぇ」
「何をいう、俺の青春の思い出だぞ?」
「それが青春の記憶だとすると、今はなんなんですか……」
俺の事をじっと見たかと思うと、そのあとにはぁーっ、とため息をつかれた。
解せぬ。
「ちなみに、その仲良くなった女の子は、どうなったんですか?」
「それがなぁ……わからないんだ」
「えぇ?」
そう、わからないのだ。
あの親子についてわかっているのは、女の子が「みーちゃん」と呼ばれていた事だけで、どこの誰かを俺は知らなかったのだ。
……仲良くなって一週間ほどたったころだろうか。
自分が最後に覚えているのは、女の子……みーちゃんが泣きじゃくりながら、「明日からもうゆーくんに会えない」と言い、2人とさよならをした、ということだけ。
それ以降会うことはなかったので、もしかしたらお母さんの里帰りか何かで遊びに来ていただけだったのかもしれない。
「こうして、俺の淡い初恋は終わりを告げたのでした……哀しい……話だったね……」
「それが初恋かどうかはともかく、綾崎先輩とは思えないお話でした、ネットで読んだんですか?」
「違うわ! 俺の体験談だって言ってるでしょ!?」
失礼! ほんと失礼!!
せっかく話してやったのにこの反応!
は、話さなきゃよかった……!
「まぁでも、ありがとうございます、面白かったです」
「面白い話だったかなぁこれ……?」
「ええとっても、それにしても……くふふ、ゆーくんですって」
「…………」
「ゆーくんありがとうございました、さっきまでちょっとヤな気分だったんですけど、すっごい楽になりました」
「おー、そりゃよかった……あとゆーくん言うのやめろ」
それを聞き、くすりと小さく微笑んだ藤代からそっと目をそらした。
何となく、これ以上藤代を見ているのは危険な気がしたのだ。
なぜかは、よくわからないが……。
「さ、さて、そろそろ帰るか、日も落ちてきたしな……藤代、先に帰れよ」
「あれ、こんな時間なのに家まで送ってはもらえないんですか?」
「えぇ……ていうか、俺みたいな男と一緒に帰って、誰かに見られて噂になったら困るだろ、お前も」
「綾崎先輩となら、噂になっても構いませんよ?」
なんてことを言うやつだ。
じろりと睨んでやると、くすくすと笑われた。
やりにくい。
「ふふっ、それじゃあ私は、一足先に帰らせてもらいますね」
「おー、気を付けて帰れよ、あんまり暗い道通るなよ」
「綾崎先輩は私のお父さんですか……綾崎先輩も、気を付けて帰ってくださいね」
「おー」
「あ、あと……」
「?」
「また、こんな風にお話してもらっても、いいですか?」
「また機会があればな」
「わかりました、また機会があれば……それじゃあ、失礼します」
ぺこりと頭を下げ、藤代が帰っていくのを1人、屋上で見送った。
機会があれば、ね。
そうそう、こんな機会があるとは思えないけど。
そう思っていたのだが……翌日。
事態は急変する。
お待たせいたしました、ここからが本編です。