お隣さんと屋上で
夕日に照らされた学校の屋上で、美少女と2人。
俺が月島なら、藤代と二人きりのこのシチューションに、涙を流して喜んだに違いない。
しかし、実際はそんな色っぽい話など一つもなく。
「なるほど、つまり綾崎先輩は、授業をサボって屋上で寝ていた、と」
「まぁ、有り体に言えば」
「綾崎先輩って……不良な方なんですか?」
「ふっ、俺みたいに真面目な生徒やってると、たまに悪いこともしてみたくなるんだよ」
「私は一度もそんなこと、思ったことないです」
「…………」
優等生・ザ・優等生の名を欲しいままにしている藤代にそう言われると、さすがにぐうの音も出ない。
まぁ、少しだけ、自分でも不真面目な生徒である事は自覚しているし……。
「はぁ……まぁ、聞かれて困るような話ではないですし、いいですけどね」
「悪いな藤代」
「今後はもっと、わかりやすいところでゆっくりした方がいいですよ?」
「……そうするよ」
それに苦笑で返しながら、わかりやすいところで寝ていたら、すぐにバレるだろう、と悪態を吐く事を忘れない。
主に心の中で、だが。
「それにしても、よかったのか藤代」
「? 何がですか?」
「や、さっきお前に告白してたの、2年の近藤だろ?」
「はぁ、近藤さんとおっしゃるんですか」
「え、なにその反応」
さっきまで、その近藤本人から告白されてたんですよね……?
「2年の近藤っていえば、1年でもかっこいいって騒がれてるって聞いたんだけど……」
「そういえば、クラスの女の子たちがそんな話をしていたような……?」
「あれがその当の本人だとは気付かなかったのか……」
「そういわれましても……だって同じ学年の男子でもほとんど知らないのに、まして上級生なんてわかるわけないじゃないですか」
ぷぅっと頬を膨らませ、軽くあひる口になりながら文句を言ってくる。
そういわれるとそんな気もしてくるが……そんなもんなのだろうか?
「でもまぁ、その……金剛さん? とはそうそう関わることもないでしょうし」
「近藤な、近藤」
覚えてやれよ、名前。
なんか、近藤が可哀想になってきたんだけど……。
あいつリベンジする気満々で帰ったけど、まさか自分の名前も覚えられてないとは思わないだろうな。
「それに、私はよく知らない人とお付き合いする気はありませんから」
「さよか」
「さよです」
そう、呟いた藤代が、夕日を見上げたのに釣られて俺も顔を上げる。
近藤に対してここまで興味がないなら、「あいつには悪い噂があるぞ」と、わざわざ忠告してやる必要はないだろうか。
その噂自体も、本当に正しいのかどうなのか、自分には判別のつかないものだし……なんとなく、人の悪口を言うようで気まずいしな。
「綾崎先輩、聞いてもいいですか?」
「うん?」
「綾崎先輩は今、好きな人って、いますか?」
「なんだ急にその質問……って! お、お前もしかして……!」
俺の事を!?
「あ、期待させてすいません、私が綾崎先輩を好きとかそういうのじゃないので、安心してください」
「知ってた」
当然だ。
むしろここで実は……なんて言われる方が逆に怪しい。
なんせ藤代に好かれるような覚えが、こちらには全くないからだ。
それにおそらく、俺は藤代が好きになるようなタイプじゃないだろうと、なんとなく思っていた。
「で、なんの意図があるんだその質問?」
「いえ、人を好きになる、ってどんな感じなんだろう、って……思いまして……」
「そう言う質問をするってことは、お前は人を好きになった事、ないのか?」
「もちろんありますよ、小さい頃はお父さんと結婚する、と言ってた事もありましたし」
よくあるやつだな。
小さな藤代が父親に結婚してほしい、と言っている姿を想像するだけで愛らしい。
思わず口許に弧を描いてしまいそうになるのを必死に抑える。
「まぁ、お父さんにそう言うとお母さんが涙目になるのですぐに言わなくなりましたが」
「大人気ないな藤代のお母さん!?」
「うちは……その、お母さんが、お父さんのことをほんとに好きすぎるので……」
「仲睦まじくていいじゃないか」
「仲睦まじいってもんじゃないですよ、高校生の娘がいるのに未だに気分は新婚か! って感じなんですよ!?」
「お、おう」
「お父さんはお父さんでお母さんの事すっごい大事にしてるんでもうあれですよ、見てて胸焼けしますよ」
「おう……」
形のいい眉をきゅっと寄せて、藤代が強く抗議してくる。
仲が悪いよりいいほうがいいに決まっているが、自分の親に当てはめてみると……うん。
確かに、ちょっときついものがある、かもしれない。
「まぁそれはいいとして。話を戻しますけど、お父さんが好き、って結局それって家族愛じゃないですか」
「そりゃまぁ、男女間の好きとは別だわな」
「恋愛的な意味で好きだったら危ない娘ですよ、アブノーマルですよ」
「確かに」
「なので、お父さん以外となると経験がなくて、どうも他人が好き、っていうのがよくわからなくて……綾崎先輩はわかりますか?」
「そうだなぁ……」
正直、自分にもよくわからない感情なんだよな、それって。
漫画やドラマなんかでよく見るけど、共感出来たことは一度もない。
好き……人を好きに……あ。
「あるわ、人を好きになったこと」
「えっ」
「なんだよ、そのえっ、って」
「いえ、綾崎先輩は絶対こっち側の人だと思ってたので」
「じゃあなんで聞いたの!?」
「なんとなく?」
「なんとなくかよ」
「なんとなくです、それで? 聞かせて下さいよ綾崎先輩の恋バナを!」
さぁさぁ、と目を輝かせて詰め寄ってくる姿は、まるで普通の女の子のようで、噂に聞く清楚な優等生といったイメージとかけ離れている。
……いや、むしろこれが本来の藤代三葉という少女の姿なのだろう。
勢いがありすぎて、若干引く。引いた。
「なんですか、何か言いたげな顔をしていますね」
「いや、なんでもない。それより、恋バナってほどではないんだけどさ」
そうして俺は語りだした。
まだ幼い……確か5歳だか6歳だかの、あの頃の思い出を……。