お隣さん、キレる。
「藤代さん、俺と付き合ってくれない?」
……嫌な場面に遭遇してしまった。
昼間のポカポカとした空気に充てられ、ついついウトウトとしてしまったのが悪かったのか。
そもそも、授業をすっぽかしてしまったのが悪かったのか。
気が付くととっくに授業は終わり、時刻は放課後になっていた。
そして、件の告白シーンに遭遇してしまったわけで。
屋上で告白なんて、ちょっとベタすぎるでしょうよ。
人の色恋沙汰を覗き見するような趣味があるわけでもないのだが。できれば早く立ち去りたいのだが、屋上の扉に向かうと、どうしてもあの二人の目の前に出ることになる。
流石に、あの甘色空間に飛び込んでいくような空気の読めない事ができるわけもなく。
仕方なく身を潜め、当事者たちが早々に屋上を去ってくれるのを期待するしかないのだが……。
(それにしても、まさかここで藤代とはなぁ)
最近、妙に藤代の名前をよく聞く気がする。
あの夜からこっち、自分が必要以上に彼女を気にしているから、そう思うのだろうか?
悠人自身、自分が今、どういう状態なのかがよくわからないので、思わず首をひねってしまう。
さて、それはそうと……。
「ごめんなさい、お気持ちは嬉しいのですが、お付き合いはできません」
(まさか、悩む素振りも見せずノータイムでお断りとはなぁ)
先ほど、ちらりと覗いた時に見えた男子は、確かA組の近藤だったはずだ。
同じクラスになったことはないのでよくは知らないが、男子の俺から見ても見目が整っており、人好きのしそうな爽やかな笑顔がいい、と女子からの人気が高かったのを覚えている。
あとは、すでに1年女子からも結構人気があってヤバいよー、という噂を、クラスの女子連中が嬉しそうに話しているのを聞いた覚えもあった。何がヤバイんだ?
まぁとにもかくにも、近藤という男は、女子から相当にモテるのだ。
……ただ女子とは違い、男子のごくごく一部からは正直なところあまりいい噂を聞かない奴でもあり、月島が「陽花にちょっかいかけてくる奴がいる」と、少し前に憤慨していた事もあった。
その他にも他校の女子にも手を出している等々……要は、近藤という男は女性関係にだらしない奴だ、という噂も存在するのだ。
とはいえ、近藤本人と関わりがない自分には、真偽の判断ができないわけだが……。
(それにしても、頑張るなぁ)
藤代がごめんなさいしたあとも、近藤はしつこく食い下がっていた。
一緒にいれば俺の良さがわかってもらえるはず、や、俺の事を知らないならこれから知ってもらえればいい、等々。
全てよくある常套句なのかもしれないが、告白というのはそれまでの積み重ね等々を踏まえた上でするものではないのだろうか?
その努力もせずこれから俺を知ってくれ、と一足飛びしようというのはなんとも虫のいい話だ。
そういう意味でも、今回の告白は失敗して当然だと思うし、俺だって断る。
それにこれ以上食い下がったところで、相手からの心象は悪くなるだけではないのか?
と、そこまで考えるも、そもそも自分は誰かに恋い焦がれた経験というものがいまだにないので、あそこまで必死になる、自分にはわからない何かが恋愛にはあるのかもしれない。
果たして、俺にも恋愛というものがわかる時が来るんだろうか……?
「じゃあさ、とりあえずお互いを知るためにまずは週末、デートでもしない?」
「ですから、そんな風に言われましても……っ!」
(それにしても、強引な奴だなぁ)
嫌がる藤代と、食い下がる近藤。
流れる雲を見上げながら、いつまで経っても終わらない告白劇にそろそろ飽きが来てしまい、いっそここから出て行って気まずい空気にしてやろうか?
なんて思い出した頃……。
「……わかった、今回は諦めるよ」
そう言い残し、近藤が屋上を去っていく。
ようやく終わってくれたか。
(それにしても……今回は、ね)
なんとなく、これで本当に終わるような気がしないのは、俺だけだろうか?
まぁこれは藤代がなんとかするべき事なので、友達でもない自分が心配するのはお門違いなのだが。
そう思い、そろそろ帰ろうと腰を浮かべようとしたが、未だに屋上にたたずむ人影を目にとらえ、もう一度、腰を下ろした。
(何やってんだよ藤代、もう終わったんだから帰れよ!)
その人影とは当然、藤代である。
近藤と一緒に屋上から立ち去る、というのは確かに思うところがあるのはわかる。
わかるが、なぜ未だに屋上に残っているのか、これがわからない。
もしかして、俺がここにいることに気付いて、出てくるのを待っている?
いや、それはない、もし気付いているなら、声をかければいいだけなのだから。
なら、どうしてまだ屋上に……?
そう思ってもう一度、ちらりと視線を向けると……俺のすぐそば、角の向こう、位置にして30センチもないところに、藤代が立っていた。
ついに見つかったのか!? と思ったが、どうやらこちらには気づいていないようで。
ぶつぶつと、何やら呟いている声がこちらに聞こえてきた。
(……なんだ、なんか言ってるけど……よく聞き取れないな……)
「……ですか……」
(うん? ですか? 何がですか?)
「なんで! 私が! 謝らないと! いけないんですか!!」
うわっ!?
「なんで毎回毎回、私が頭を下げないといけないんですか! おかしいですおかしいですよね!? 私、何も悪い事してないですよね? むしろ向こうが『藤代さん、時間使わせてごめんなさい』って謝るべきなんじゃないんですか!?」
…………うん。
モテるってのも大変なんだなぁ……。
「まずは一回デート、ってなんですか! 私がそんな軽く見えますか見えるんですか!? というかそれで私がホイホイついていくと思われるのが本当に本当に本当に! 心外なんですけど!!」
そして何より、あの藤代がこんな風に怒る、というのが……なんだろう。
面白くて、仕方がない。
月島が清楚な美少女、なんて言っていたが、これのどこに清楚要素が?
俺の中で形作られていた「藤代三葉」というイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
そして。
「しかも最後の『今回は』! 次回なんてありませんよ! ほんとにもー! なん! なん! です! かぁー!!」
「――――ぶはっ」
……最後の絞り出すような叫びに耐えられず、吹き出してしまった。
この距離だ、当然藤代にも俺が噴出したときの声が聞こえてしまい……。
「っ!? だ、誰かいるんですか!?」