お隣さんと契約更新
「――――ぶはっ」
ダメだ、我慢できずに笑ってしまった。
すると当然のように、ここに俺がいるのもバレるわけで……。
「あっ!? ゆ、ゆーくん……!」
「誰がゆーくんだ、この馬鹿……ていうか、誰が野菜ジュースマニアだ、そんなに飲んでねーわ」
「え、じゃあ、ゆーくんの鎖骨フェチー!」
「このおばかっ、そんなこと叫ぶな!」
何なのこの子!
ていうか、なんでナチュラルに悪口言われてるの、俺!
なんか悪口を言われるようなこと、しましたっけ!?
そんな俺の心中も知らず、なぜかニコニコと笑っている藤代を見て、ぺしっと額を叩いてやると、またニヤニヤとしだした。
うん、気持ち悪い。
「ていうか! ゆーくんこんなとこで何してるんですか」
「それはこっちのセリフだっての、何夕日に向かって叫んでんの? 青春してるの?」
「え、私はただ胸の中のイライラを夕日に向かって放出をですね」
「太陽さんもそんなもんぶつけられてさぞ迷惑してるだろうな……」
「それで、ゆーくんは何してるんですかって……どうせ授業サボって寝てたんですねわかります」
「よくわかったな、さすが偽装元彼女」
「か、勘違いしないでよね! ゆーくんならそうだろうなって思っただけなんだからっ!!」
「何そのツンデレムーブ」
ほんと今どき、それ流行らないから。
下手したら不幸の始まりだからな、それ?
「まぁ、実際寝てたわけだが」
「はぁ……ダメですよちゃんと授業でないと。あ、ごはん、ちゃんと食べてますか?」
「昼メシはちゃんと食べてるぞ」
「そんな適当な生活じゃ大きくなれませんよ?」
「ちゃんとした生活してるのにちっちゃいお前に言われたくないなぁ……」
「もうっ!」
ぷくっとほっぺたを膨らませた藤代に苦笑を返す。
あー、なんか久しぶりだな、こういうの。
藤代が馬鹿な事言って、それにツッコミ入れてのこのやりとり。
この会話のテンポが、なんていうか……安心? いや違うな、なんていうんだろう。
まぁ、落ち着く、うん、そんな感じなんだよなぁ。
「……なんですか、人の顔見てニヤニヤしちゃって」
「お前だってさっきニヤニヤしてただろ、気持ち悪い感じで」
「き、気持ち悪い……」
嘘。
美少女はそういう顔も似合うもんだなぁ……と思っていました。
「で、なんかストレスでも溜まってんの、お前?」
「ストレス……そうですね、ストレス、溜まってますね……誰かさんのせいで!」
「藤代がストレスを感じるなんて……一体誰の仕業なんだ……もしかしてまた近藤か?」
「…………」
え、なんで俺をジトっとした目で見るんですか?
「ゆーくんのせいです」
「え、俺?」
「そうです!! あれもこれも……全部全部全部! ゆーくんのせいなんです! ゆーくんの鎖骨フェチ!!」
「だからなんで俺をすぐ鎖骨フェチってことにしたがるの!?」
「あ、鎖骨見ますか?」
「見ないよ!」
なんなんだ、一体何を言いたいんだこいつは……!
そもそも、なぜ俺がストレス原因などと言われねばならないのか、それがわからない。
「で、なんで俺のせいなわけ?」
「……わかりません」
「はぁ……?」
「自分でも、自分のことがよくわからないんですっ!」
藤代が、どこか真剣な表情で、俺を見てきた。
一体、どうしたというのだろうか? そう思いこちらからも見ると、藤代の頬が急速に赤く染まっていく。
口はもごもごと動き、視線はあちこちをさまよい、悩むように前髪をいじり。
それから彼女は、ようやく、といった様子で口を開いた。
「……私、ゆーくんと一緒にいるの、結構楽しかったんです」
「結構色々迷惑かけてたし、あんまいいもんじゃなかったと思うけど」
「それも楽しかったんです、毎日馬鹿なこといって、笑って……でも、それがなくなったら、なんか張り合いがないっていうか」
「そっか……でも、それもそのうち慣れるだろうし、今だけだろ」
藤代は俺の言葉に、唇をぎゅっと噛んだ。
そして、その顔がきゅっと引き締まっていく。
「いやです」
「何が」
「そんなのに慣れるなんて、私は嫌です」
「って言われてもなぁ……今のお前はあれだよ、この一か月、いつもと違う体験をしたことで心が勘違いしてるんだよ、すぐに落ち着くって」
「勘違いなんかじゃないです……!」
そう言ってうつむいてしまった彼女の顔は、身長差もあって俺からは見えない。
「ゆーくんはほんとにだらしないし、朝起きてくれないし、授業サボるし、髪ボサボサだし、野菜ジュースばっかり飲んでるし……」
「おい」
「私がいなくなった途端にシャツはよれよれだし……何考えてるのか全然わからないし……」
「待って待って待って、なんで俺、いきなり悪口言われてるの? 心がヘシ折れそうなんだけど」
「どっちかっていうと、出来の悪い弟を見てるみたいな……あ、私妹しかいないんで弟ってわからないんですけど」
「そんな事聞いてないんですけど!?」
なんか最近、女の子からすっごい悪口言われることが増えた気がする……。
哀しい……この世は哀しい……ちょ、ちょっと生活態度、見直そうかなぁ……出来るところから。
ま、まずはアイロンがけから? 俺アイロン持ってないけど。
そんな場違いな事を考えている間も、藤代のダメ出しは続く。
そろそろ勘弁してほしい。
泣くぞ。
「でも、ゆーくんと一緒にいた時間は、本当に楽しかったんです、これは絶対に、嘘でも勘違いでもないです」
「そっか」
「ゆーくんは……私といて、楽しくなかったですか? やっぱり、迷惑、でしたか?」
そう言いながら俺を見上げる藤代の青い瞳に、薄く膜が貼っているのが見えた。
今にも零れ落ちてしまいそうだな、なんてことを何となく思いながら、藤代との1か月弱の生活を思い出す。
悪くはない。
悪くはなかったどころか、むしろ――――。
「楽しかったよ、迷惑だーって思ってたなら、最後まで付き合ってなかったっての」
「そう、ですか……よかった、私だけが楽しかったわけじゃなくて」
「まぁその、なんだ、色々と迷惑かけてたと思うけど」
「あんなの迷惑のうちに入りませんよ、むしろこっちが色々……すいませんでした」
へにゃり、と目を細めて笑う藤代に思わず目が惹きつけられる。
なんだか気恥ずかしくなった俺は、強引に藤代から視線を切った。
これ以上、こいつを見ているのはまずいと、本能的に思ってしまったからだ。
おかげで、藤代の動きに対応ができなかった。
「なので、私はこう提案します」
「?」
そういうや否や、ぐいっと胸倉をつかまれ、壁に押し付けられ……ってあれぇ?
このシチュエーション、前にもあったような……あったようなじゃねぇわ、あの時もこんな感じだったわ!
時刻は放課後、場所は屋上。
告白には絶好のシチュエーションに――――
「ゆーくん、もう一度、私と契約しませんか?」
「はぁ……?」
「今なら夕飯にアイロンがけもついてきて、お得だと思うんです」
そう言ってにっこりと笑う藤代の表情を見た俺は。
「……偽装の恋人契約、な」
「そのまま本契約になるかどうかはまぁ、契約更新の時に要相談って感じですかね?」
「ならないと思うよ」
「もーっ! なんでですかっ!」
そう言いながらも笑う藤代の頭を、ぐしゃぐしゃとかき回してやる。
いつもなら嫌がって叩いてくる藤代がされるがままになっているのを見て、何とも言えない気分になるのだった。
もしかして、この感覚は……。
「あ、明日から男子の告白をお断りするとき、またゆーくんの名前出しますからね?」
「まぁ、契約だからしゃーないなぁ……その代わり夕飯、期待してるからな」
「くふふ! 今晩は腕によりをかけますからね、契約ですからね!」
先ほどまでのよくわからないものを心の奥底に沈め、藤代と2人、久しぶりに帰宅の途に就いたのだった。





