SIDE:藤代三葉は……
ゆーくん……綾崎悠人という人は、よくわからない人だ。
ただのお隣さん……ではない。
かと言って、学校の先輩、友達、と次々と関係性を変えてみても、やっぱりしっくりと来ない。
共犯者? うーん、これも違う気がする。
私にとって綾崎悠人という人は、「よくわからない」としか言いようがないのだ。
でも、あの人と一緒にいるのは……楽しかった。
これだけは確かだ。
何をするのも適当だし、だらしないし、人の髪をぐちゃぐちゃにするし、なんか栄養ドリンクとかそんな変なものばっかり食べてるし。
名前で呼べーって言っても、全然名前で呼ばないし……。
こっちからわざとゆーくん、って親しみやすく呼んでるんですから、合わせろって話ですよね、全く。
ほんっと、乙女心がわかってないっ!
……でも、なんだろうなぁ……。
あの人といると安心する、っていうか……。
他の男の子とは違うな、って思うんですよね。
これがなんなのかは、正直なところ自分でもよくわからない。
よくわからないけど、これからもずっとこんな風に綾崎先輩と、楽しく過ごせたらいいな……なんて。
漠然と思っていた。
だから。
「俺たちの契約も、これで終わりにするか」
こう言われた時に、一体何を言われているのか、すぐにはわからなかった。
契約……そうだ。
私たちの関係は、ゆーくん……綾崎先輩の善意から始まったものだ。
そしてそれが解決すれば、私たちの関係も簡単に終わってしまう、という事を私は忘れていた。
最初に綾崎先輩が出した条件は……2つ。
1つは、綾崎先輩の妹さんのプレゼントを見繕う事。
……そして、もう1つ。
『この契約関係が終わったら、お互いにそれまでの事は忘れよう』
当初、どうして綾崎先輩がこんな条件をつけたのかわからなかった。
わからないけど……まぁいいか、と安易にその条件を飲んでしまった。
むしろ、私に得しかないじゃない、と思ったほどだ。
とにかく、なんでもいいから助けて欲しい。
そう思っていたのだ。
……今思うと、後先考えないで安易に約束した自分は、本当に馬鹿だと思う。
でも、予想もしなかったのだ。
まさか綾崎先輩との時間が、こんなに楽しいものになるなんて……。
あの日、あの後どうやって帰ったのか、覚えていない。
ただ、気がつけば私は自分の部屋にいて。
この日、私は綾崎先輩と一緒にいる日常を、なくしてしまった。
*
いつもの朝、いつもの時間。
毎朝、この時間にゆーくんにおはようのメッセージを送るのが、私の朝の日課だった。
まだ寝ぼけているのか、変に打ち間違えたメッセが飛んできて笑った事が何度あったかわからない。
でも、これからはそれをしなくてもいい。
そう思うと、ぎゅっと胸が痛んだ。
メッセ……してみようかな?
そう思い途中まで文章を打ち、送信……するところで手が止まってしまった。
もし既読だけついて、そのまま返ってこなかったら?
それどころか、既読すらつかなかったらどうする?
そう考えたら怖くなって……文章を消してしまった。
私、どうしちゃったんだろう?
今まで一度もこんな事、なかったのに……。
わからない、自分の事が、わからない。
私は、どうなっちゃったんだろう?
綾崎先輩はあの約束通り、あれから私に話しかけてくることはなかった。
目が合うと会釈をする程度の、鍵を落とした後の、あの時の綾崎先輩だ。
「最近どしたの三葉ちゃん、ゆーくん先輩と喧嘩でもした?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……ちょっと色々あって、ね」
「ふーん……まぁ、いつでも相談してよ! ボクでよかったらなんでも聞くからねー!」
「あはは、ありがと、陽花ちゃん」
ほんと、いい子だなぁ陽花ちゃん……月島先輩も、早く陽花ちゃんと付き合えばいいのに。
こんなにいい子なのに、何が気に入らないんだろう?
……そういえば、陽花ちゃんも、綾崎先輩が紹介してくれたんだよね。
もしかして、こうなった時の事を考えて、紹介してくれたんだろうか?
ほんと、心配性なんだから。
そう思うと、思わず笑みを浮かべてしまった。
ああ、ゆーくんとお話ししたいなぁ……。
*
いつのまにか、私がゆーくんと別れた、という噂が流れ始めた。
誰が言い出したのかわからないけど、どうも女子を中心に広がっているらしい、とかすみちゃんが教えてくれた。
そんな事ないよ、と否定はするものの……そういう噂はあっという間に広がるわけで。
また、よく知りもしない男子の告白を断る日々が帰ってきてしまった。
それもこれも、全部ゆーくんのせいだ。
やるなら最後まできっちり責任持ってよ! と、今なら言える。なんならゆーくんの目の前で叫んでやるのに!
あ、そう言えばお母さんが挨拶したい、って言ってたのどうしよう……今更、実は、なんて言い出しにくい。
はぁ……ほんともう、全部全部全部!
このもやもやも、イライラも、全部ゆーくんのせいだ!!
そう思った私の足は、屋上へと向かっていた。
あの日、ゆーくんに私の叫び声を聞かれ、全部が始まった屋上へ。
あの日と同じ夕焼けの中、誰もいない事を確認した私は、フェンスに向かい……。
「ゆーくんのーーー! あほーーー!!」
思いっきり、叫んだ。
「ほんとに! ほんとにもー!! なん! なん! です! かーーーーーっ!!」
私の中のモヤモヤとイライラを乗せて、このまま追い出すように。
「ゆーくんの! 野菜ジュースマニアーーーーっ!」
「――――ぶはっ」
そう、叫んだ時。
私の後ろから、あの笑い声が聞こえてきた。





