お隣さんは普通の子
「なんで……ですって……?」
「ああ、なんでこんなことをしたのか、さっぱりわからん」
不幸の手紙までは、やるかどうかは別として理解はできる。
恐らくこの手紙でどうこうなるとは、本人も思っていないだろう。
本当になんとかしたいなら、もっと大々的に人数を集めて、俺個人を攻撃するべきなのだ。
しかし、彼女はそんな事もせずただただ淡々と不幸の手紙だけを送り続け、最後にはこの告白紛いの呼び出しだ。
そこに何の意味があるのか、なぜこんな事をしようと思ったのか、さっぱりわからないし理解もできない。
本当に俺が好きだ、とでも言うんだろうか?
……ないな。
「そんなの、決まってるじゃないですか……っ! 藤代さんを助けるためです!」
「はぁ……?」
助ける? 何から?
全く意味がわからない、藤代を助けようと思うのが、どうして俺に告白することに繋がるのか。
夕陽に照らされた目の前の女の子が、理解不能な生物すぎて困惑してしまう。
「わかってるんですから、あなたが藤代さんを脅してるんだ、って!」
「いや、それについてはこの前、藤代が否定してただろ」
「それを藤代さんに言わせたのはあなたでしょ!!」
あ、ダメだこの子、人の話聞かない子だ。
「……仮に、俺があいつを脅して否定させたとして……それがこの告白劇となんの関係があるんだ?」
「ですから、私が、藤代さんの代わりになります」
「は?」
「私が代わりになりますから! ですから、藤代さんから離れてください!!」
何言ってんだこいつ。
こう思った俺を、誰が責められるだろうか。
自分が代わりになる? 何をどう考えれば、そんな考えになるんだ?
そもそもこいつは、藤代と一体どんな関係があってこんな事を言っているんだ?
「藤代さんはあなたのようなパッとしない男子が関わっていい人じゃないんです」
「パッとしない……」
事実ですけども。
藤代に言われるより、よく知らない女の子に言われる方が心にぐっさり来る。
というか一日に何回パッとしない男、と言われなきゃならないのか。
「いいですか、藤代さんは現代に降り立った女神様なんです、それをなんですか弱味を握って脅すなんて、恥を知ってください!」
「え、これ何が始まったの?」
「いいですか、だいたいですね……!」
そして始まる、桜井さんによる藤代三葉を讃える会オンステージ。
要約すると、入学早々季節外れのインフルエンザに罹患し、登校できない間に出来上がったグループに入る事が出来ず、泣く泣くぼっちをしていたところ藤代に優しくされ。
藤代のとりなしで女子の仲良しグループに参加することができ、3年間ぼっち生活を回避することができた、と。
そこから、優しくしてくれた藤代を女神と崇めるようになった、ということらしい。
そしてそんな女神藤代に俺という悪い虫がつき、居ても立っても居られず、なんとか俺を藤代から引き離すため、今回の話へと至った、ということだ。
信者って怖い。
「いいですか綾崎先輩、藤代さんは特別な人なんです」
「特別」
「当然じゃないですか、成績優秀、容姿端麗、スポーツだってなんだって出来てあの優しさまで……天界から降りてこられた天使なのは間違いはありません」
「女神なのか天使なのかはっきりしねぇなぁ」
天使って女神より格下がってんじゃないの?
そこらへん、詳しくは俺にはわからないけど。
「そんな特別な人には特別な男性しか近づいてはいけないんです、だから藤代さんを解放してあげてください」
「……それで、俺じゃなければ誰ならいいんだ? 近藤か?」
「近藤? ああ、上級生の人ですよね、あの人もダメです、許せません」
「厳しいねぇ……」
なるほど、桜井さんの言いたい事はよくわかった。
なんやかんやと理由をつけてはいるが、結局俺が藤代に近づくのが気に入らない、ただそれだけなんだ。
それだけのために、自分を差し出そうという献身には思うところがないでもないが、やり方が間違っている。
そして、何よりも。
「さっきから特別、特別って言うけど、お前があいつの何を知ってんだよ」
「え……?」
さっきから特別、特別と藤代を神格視しようとするその言い方が、物凄くイライラした。
なぜここまでイライラするのかは自分でもわからない。
わからないけど……。
「あいつはただの、普通の女の子だよ」
「何を……言ってるんですか……?」
「ちょっとキツそうに見えるけどさ、あいつって結構世話焼きなんだ」
「知ってます……私だって助けてもらったんですから、私が一番知ってます……」
「だよな。それにあいつ、すぐ調子乗るし、人の嫌がる顔見てにやにやしたり、なんかあるとすぐに顔赤くして……」
そうだ、俺は知っている。
藤代三葉と言う少女は女神でも天使でも、ましてや特別でもない。
ちょっと変な口癖があって、イラっとするとそれを叫んでしまうような普通の……普通?
あれ、普通かな……なんかちょっと、自信がなくなってきた……普通の女の子って、「なんなんですかー!」って夜の街に向かって叫んだりする?
しないよなぁ……うん。
「悪い、普通ってのは訂正する。ちょっと変わってる女の子だよ、あいつは」
「なんで……そんな事が言えるんですか……綾崎先輩こそ、藤代さんの何を知ってるって言うんですか……!」
「少なくとも、桜井さんよりはあいつの事を知ってるよ」
「……っ」
「なんせ俺は、あいつの彼氏、だからな」
偽装、ってつくけど。
ただ、それはわざわざ言う気もないし、ここで彼女に対して言うつもりもない。
どうせそのうち解消される関係だ。
そう考えると、桜井さんがこんな事をする必要などなかった、ともいえる。
いわば、彼女は俺と藤代の偽装恋人契約の犠牲者、と言い換えることができる。
そう考えると、この子も可哀想な子なのかもしれない。
「な、なんですかそれ……なんですかそれ!」
「なんですかって、これがあいつの正当な評価だよ」
「そんなわけありません! 藤代さんはいつも完璧で、私たちなんかとは違って――」
「……なぁ、桜井さん」
「……藤代をさ、そうやって『自分たちとは違う』って目で見るの、やめてやってくれないかな?」
「あいつだって、怒りたい時もあれば、泣きたい時だってあるんだ、それはわかってやってほしい」
今はうまく発散出来ているのか、割と機嫌が良い方だとは思うけど、いつ爆発するかわからないし。
唐突にキレて教室で暴れ出す女神藤代……うん、考えるだけで恐ろしい。
「そんな事言われても……だって……」
「そのうえでもう一度、ちゃんと藤代を見てやってくれ……頼む」
「…………でも……だって……」
「それで藤代が今の状況が嫌だ、って言うなら、その時はもう一度俺に声をかけてくれ」
気が付くと、教室の中に差し込んでいた夕日は沈み、教室の中は暗く染まり始めていた。
そんな教室の中に、桜井さんの押し殺したような泣き声が響く。
居た堪れなくなった俺は桜井さんを残し、教室を出ようとしたところ……。
「……私だって……藤代さんの事が……なのに……どうして綾崎先輩ばっかり……」
そんな桜井さんの言葉に、俺は何も返事を返すことはできなかった。
そして、気が付かなかった。
扉の前からそっと離れていく人影があった事を……。





