お隣さん、先に帰る?
そうして、放課後。
思えばこの時間、こうして一人で過ごすのはずいぶん久しぶりに感じる。
この1ヶ月程、毎日のように藤代が隣にいたからな……。
あいつも今頃は無事、家に帰りついただろうか?
最近は近藤も何もしてこないし大丈夫だとは思うんだが、心配なものは心配だ。
……まぁ、心配だと言いつつそんな藤代を置いて、こんな呼び出しに応じる自分も、どうかとは思うんだけど。
そんなことを考えながら、人のいない廊下を歩いていく。
目的地は、手紙で指定されていた1-Bの教室だ。
自分が通う教室と別の教室に入る時って、なんでこんなに緊張するんだろう?
などと関係ない事を考えながら扉を開けると、夕日に照らされた教室の中にいたのは……。
「……綾崎先輩、来てくださったんですね」
「やっぱりね」
「? 何か、おっしゃいましたか?」
「いや、なんでもないよ」
苦笑を浮かべながら、教室の中で待つ、彼女の顔を正面から見た。
……やっぱりそうだ。
そこにいたのは先日、昇降口のところでこちらを見ていた、あの女の子だった。
確信があったわけではないがなんとなく、この子に呼び出されたんじゃないかという気はしていた。
藤代に対する嫌な予感以外でも、割と当たるものだ。
帰ったら自慢してやろう。
「それで? こんな時間に俺を呼び出して、何か用?」
「申し訳ありません、少しだけ待ってもらえますか?」
そう言いつつ、チラチラと時計を見る彼女を、訝し気に見つめる。
その表情からは、『何を』待っているのか、まったくわからなかった。
なんだ? 一体、何を待っているんだ……?
「うん……よし、すいませんお待たせいたしました」
「いや、いいよ……それで? この手紙、俺の下駄箱に入れたのは君、ってことでいいの?」
「はい、私が綾崎先輩の下駄箱に、入れさせてもらいました……今日は来てくださって、ありがとうございます」
そう言いながらぺこりと頭を下げ、はにかむように笑う彼女は、先日とこちらを睨みつけていた時とは、全くイメージが違った。
あの時の表情は一体何だったんだろう、そう思ってしまうくらいだ。
月島水城のバカ2人を見て眉をひそめていた、と言われればそこまでだけど。
「いいけど……それで、俺になんか用?」
「はい……あの……」
「うん」
辛抱強く、彼女の発言を待つ。
そして。
「……っ、綾崎先輩、好きです! 私と、付き合ってください!」
そう、告白された。
……ふむ。
「君、名前なんだっけ?」
「あ、すいません、私は桜井、桜井 かすみ、と言います」
「そっか。ねぇ桜井さん」
「はい、なんでしょうか?」
顔を上げた桜井さんの表情は……感情が抜け落ちたように、無表情。
今まさに好きだ、と告白したわりにはその高揚感や恥じらいなど、全く感じない。
ただただ、無。
だがこれも、ある程度予想していたことだ。
「桜井さんは、俺のどこが好きになったの?」
「そうですね……なんとなく、でしょうか?」
「なんとなく?」
「はい、人を好きになるのって、そんな大した理由って必要ないと思いませんか?」
「なるほど……」
確かに、人が人を好きになるのに、必ずしもこれ! という理由や、大きなイベントは必要ないと俺も思う。
なんとなく過ごす日々の中で、その人と触れあっている間に気になるようになり、好きになる、そんな事が多いんじゃないだろうか?
あとは一目ぼれをする、ということもあるだろう。
藤代に告白する連中の大半は恐らく一目ぼれだと思うし。
だが、俺を相手になんとなく、というのはあり得ない。
そして何よりも。
「俺が藤代と付き合ってる、って噂があるのは知ってる?」
「はい、この前の中庭の事、私も見てましたから知ってます」
「それでも俺に告白するんだ」
「はい……藤代さんには申し訳ないとは思います……でも、藤代さんと別れてくださるなら、私はなんでもします、だから」
そう言いながら、一歩ずつ、桜井さんが俺に近づいてくる。
相変わらず、桜井さんの瞳には熱に浮かれたようなものや、興奮はない。
こちらを見つめる瞳は、硬質な光をたたえたままだ。
だから。
「なぁ、桜井さん」
「はい、なんでしょうか?」
「この手紙……見覚えあるよな?」
そう言ってカバンから取り出したのは、今朝俺の下駄箱に入っていた手紙ではなく。
さんざんな誹謗中傷が書かれた、もう一つの手紙だった。
それもごっそり、これまで送られてきた束だ。
「なんですか、それ?」
「これはあれだ、俺に対して送られてきた……不幸の手紙、的な?」
「不幸の手紙」
そう呟きながらぱちり、と目を瞬かせた桜井さんに、動揺は見られない。
「うん、俺が藤代と付き合ってる、って噂が流れ始めたころから、毎朝俺の下駄箱に入ってるんだ」
「中には、どんなことが書かれているのか聞いてもいいですか?」
「だいたいが俺に対する苦情ってやつかな、まとめると『お前は藤代三葉にふさわしくないから別れろ』って感じ?」
正直持ってるだけでなんか呪われそうで怖いんだよね、これ。
まぁ今後何かに使えるかも、と思って処分せず、全部綺麗に保管してたんだけど。
「なるほど……それで、どうして私がその手紙に見覚えがある、と思われたんですか?」
「うん、この手紙、俺の下駄箱に入れてたの、桜井さんだよね?」
「まさか……私がどうして、そんなことをすると思われるんですか? 酷いです、綾崎先輩!」
まだ、桜井さんの表情は変わらない。
「根拠ならあるんだ……この手紙の字だけどさ、この不幸の手紙と、今朝の手紙だと一見筆跡が違うように見えるんだ、頑張って書いたんだろうね」
「…………それは、別人が書いたなら筆跡も別になりますよね? 私ではない、という証明では?」
「うん、でも字っていうのは、その人の癖がどうしても出て来ちゃうんだよなぁ……例えば、ここ」
そう言って俺が指をさした部分は、ひらがなの『す』。
それを見て、桜井さんの表情が初めて変わった……自分でも、気が付いたかな?
「全部の手紙がそうじゃないんだ、特に最初の方はね。でも、最近入っていた手紙は、ちょっと気が抜けちゃったのか……」
「…………っ」
「この『す』の書き方、縦に線を引いて、そこから大きく丸を書いて、ペンの先をいったん離して、最後に丸の下にちょん、って線を引く……可愛い書き方だね」
「そう……ですか?」
「うん、あとは払いのクセとかね、この人は左払いより右払いの方が長いところも一緒なんだ……そうみるとほら、同一人物の筆跡だな、ってね」
正直これは、俺もじっくり見なければ気が付かなかったと思う。
それもこれも、毎日毎日ご丁寧にお手紙を投函してくれたおかげだ。
これだけの比較資料があれば、いくら俺でもこれはおかしいなって気づくことができる。
月島だったら絶対気が付かなかったと思うけどね。
「綾崎先輩って、意外と細かい人なんですね、そんなところ見てるなんて思いませんでした」
「最近色々あったからね、ちょっと注意して見るようにしてたんだ」
「はぁ……本当、面倒くさい人……もっと簡単に騙されてくれればよかったのに……」
そういった桜井さんは先ほどの無表情から一転、心底面倒臭そうな表情で、俺を見てきた。
そこに親愛の情など一切なく、ただただ俺が憎らしい、そんな感情が見える。
だが、これでようやく、この先の話ができる。
「それで、何が目的でこんなことをしたのかな、桜井さん?」





