お隣さんと放課後の約束
その日の朝は、いつもとは少し違った。
天気が悪いわけでも、遅刻しそうなわけでもない。
いつものように朝食代わりの野菜ジュースを飲み、いつものように家を出て、藤代と合流し、学校へ向かう。
今朝の藤代の機嫌もいつも通り特に変わりはなく。
それでもやっぱり、いつもとは少しだけ、違った。
……では、一体何が違うのか?
それは俺の、下駄箱の中だ。
いや、下駄箱の中の上履きがボロボロになっているとか、画鋲が入っている、なんてことではない。
ある意味では、それ以上にヤバいものかもしれないが……。
(これは、どう判断すればいいんだ……?)
そこにはいつものように、俺宛の手紙が入っていた。
しかし今日手に取った封筒は、いつもの簡素なものではなく。
ダイヤ貼の形をした綺麗な封筒に、ベロにはハート形のシール付き。
なんというか……まさにテンプレ! と言いたくなるような代物だったからだ。
これには、流石の俺も困惑した。
そりゃあするだろう、これはもしや、いわゆるラブレターという類の物ではないだろうか!
これは月島に見つかるわけにはいかない、大急ぎでカバンへと入れると、一番近くのトイレへと駆けこんだ。
朝からここに籠る、というのは避けたい事態だが、仕方ない。
生まれて初めてのラブレターというものに、否が応にも胸が高鳴る。
震える手で丁寧にシールを剥がし、俺宛の文章をしたためた便箋を開き、中身に目を通し……。
「ふむ」
その手紙をまた綺麗に畳みなおし、カバンの中へとしまった。
『今日の放課後、授業が終わってから1-Bの教室で待っています』
そう書かれた手紙を……。
*
放課後に外せない用事が入った。
となると当然、いつも一緒に帰っている藤代にも伝えておかなければいけないわけで。
昼休み、中庭で昼食を食べている時にそれとなく放課後の事を伝えると。
「藤代、今日の帰り、俺の事待たなくていいから、先に帰っていいぞ」
「……珍しいですね、ゆーくんが私に先に帰れ、って言うなんて」
当然、こんな反応が返ってくるわけだ。
そりゃそうだろう、そもそも藤代と一緒に帰る理由の9割方は、近藤に絡まれないようにするためなのだから。
なのに、1人で帰れ、なんて言われればこう反応するのは当然である。
とはいえ、今日は本当に帰ってもらわないと、困るのだが。
「ああ、ちょっと放課後、どうしても外せない用事があってな、時間が遅くなるかもしれん」
「別に、図書館とかで待っててもいいんですよ? 遅いって言っても6時とか7時にはなりませんよね?」
「いや、暗くなる前に帰った方がいいから、マジで待たなくていいぞ」
「……ふーん……?」
おいおい、そんなにじっと見るなよ……照れるだろ?
なんて冗談を言う余裕はないので、購買で買ってきたパンをかじって表情をごまかした。
「用事とかいって、実は女の子に呼び出された、とかだったり」
鋭い……!
「はははないない、ていうか、俺が女の子にモテるように見えるのか?」
「うーん……見えませんね! ゆーくんはあんまりモテないと思います!」
「あのー、俺から言い出したことではあるんだけど、もうちょっと気を使ってくれない?」
いくら何でも歯に衣着せぬどころの騒ぎではない……泣いてしまいそうだ。
女の子にモテないとか言われると、マジで辛いよねっていう。
「くふふー、ゆーくんはぱっと見やる気ないし、だらしないし、適当だし、ごはんちゃんと食べないし……」
「待って、待って藤代さんそれ以上やめてください死んでしまいます」
突然始まった俺へのダメ出しで心が折れそう……というかポキポキと鳴ってる気がする。
え、俺ってそんなにダメなやつですか? 結構普通の男子高校生やれてない?
藤代さん、ちょっと男子への理想高すぎません!?
「まーぶっちゃけ、数えたらキリがないくらいダメなところだらけです!」
「……ソウデスカ……」
「でも、まぁ、その、なんだ……うん」
「?」
「ゆーくんはですね、うん、付き合ってみるとその、結構優しいですし、誠実ですし? いいところ、あると思いますよ?」
「……さようですか」
「さようなのです」
なんだろう、その褒め方。
『綾崎君っていい人なんだけどなー』みたいなもんだろうか? 無理矢理なんとか褒めようと絞り出した感が見えてて切ない……。
「なので大丈夫ですよ、きっとゆーくんをわかってくれる女の子が出てきます!」
「そうだといいんだけどねぇ……ああ、あとな」
「はい?」
これだけは、言っておかなければならない……!
「ゆーくんって言うな」
「もーっ! なんでですかーいいじゃないですかー!」
「よくないの! 最近、水城までゆーくん先輩とか言い出したんだからな!?」
「むっ、それは聞き逃せませんね! あとで陽花ちゃんには言い含めておかないと」
「何を……?」
握りこぶしを作りやる気漲る藤代に対し、いつも通りの嫌な予感しかしない。
俺のこいつに対する嫌な予感は当たる……!
まぁ、それはともかくとして。
「話戻すけど、今日は先に帰ってもいいからな? 最近は近藤もあんまり絡んでこないし」
「あー、まぁ、そうですねぇ……最近おとなしいですよね、金剛さん」
「近藤な。……この分だと、俺とお前のこの関係が終わるのも、そう遠くないかもしれないな」
「……………………そう、ですね」
「っと……そろそろ昼も終わりだな……とりあえず、今日は先帰っといてくれよ」
「わかりました、夜、またそっちの部屋に伺いますね」
「はいはい、来るなって言っても来るんだろ、お前は」
「ゆーくんがどうしても来るな、って言うなら、行きませんけど……」
そう言いながら藤代が少し沈んだ表情を見せた。
まったく、こいつは……。
「……はぁ、そんな顔して何言ってんだお前は」
「あっ! ちょ、ちょっとゆーくん髪! 髪がぐしゃぐしゃになるんでやめてください!」
ぐしゃぐしゃ、と髪をかき回してやると、物凄い嫌そうな顔をされた。
うん、沈んだ顔をしてるよりは、こっちの方がまだマシだな。
「じゃあな藤代、午後の授業、寝るなよ」
「ゆーくんには言われたくありません! じゃあ、また後で」
「はいよー」
……さて、これで藤代の方は問題ないはずだ。
あとは放課後、か……。





