お隣さんとその後の会話
「どうしましたゆーくん、なんだか疲れてますね?」
「……ああそうだな……今日はめっちゃ疲れたよ……なんでかなぁ……」
「ちゃんと晩御飯食べないからですよ、今日の晩御飯はどうするんですか?」
「うん、そうね、栄養が足りてないのかもね……」
あの昼休みを終えて教室に帰ってからが大変だった。
藤代の発言を聞いたクラスの男子連中に「どういうことだ」と詰め寄られ、その対応に追われていたからだ。
なんでお前が! なんて言われても知らん、としか言いようがないのが困る。
偶然って恐ろしい。
「……まぁ、本当はわかってるんですけど……私のせい、ですよね?」
「ん?」
「昼休みのあれのせいで……その、すいません……」
「馬鹿、お前は別に気にしなくていいんだよ」
どこかしょぼんとする藤代の頭に手を伸ばして、わしゃわしゃと頭を撫でてやった。
「ちょ、ちょっと、ゆーくん……!」
「ん、なんだ? あとゆーくんて言うな」
「べ、別に頭を撫でるのは……い、いいですけど、髪をぐしゃぐしゃにしないでください……」
「ああ、悪い」
その辺の子供ならともかく、女の子に対しては乱暴な手つきだったかもしれない、と、優しく梳かすような撫でる手付きに変えると、藤代は何も言わなくなった。
それを『許された』と判断したのは、俺の勝手な妄想だろうか?
それでも、藤代なら嫌なら嫌と言うだろうと、さらさらの髪を整えるように撫でた。
「むぅ……ゆーくん、なんか撫でる手つきが手馴れてる気がしますね……」
「そうか? 自分じゃよくわかんないんだけど」
近所をウロついてる猫を撫でる時を思い出して撫でてるだけなのだが。
「い、言っときますけど! 女の子の髪に、そんな簡単に触っちゃダメなんですからね!?」
「む、そりゃ悪かった……じゃあ今回はこの辺でやめて」
「でも! でもまぁ、私の髪に触るのは許そうではないか!」
「なんで上から目線?」
なんとなくイラっとしたので、最後にぺちんと頭をはたいて終わりにすると、ジトっとした目で見られた。
何か言いたいことがあるなら目で訴えないではっきり言えばいいのに。
「それで、あれからどうだ?」
「はい、教室に帰ったらあの子たちは謝ってくれましたよ、勘違いしてましたって」
「そっか」
「はい、これでもうあの子たちがあんなことをすることはないと思います」
「だといいけどなぁ……お前は今回の事、どう思った?」
そうして思い出すのは、やはり近藤の事だ。
「多分ですけど、あの金剛さん? が指示してるんじゃないかな、と思いました」
「やっぱお前もそう思うよなぁ」
まず間違いなく、あいつが女の子たちを動かし、俺とこいつを切り離しにかかったんだろう。
あとはじっくり距離を詰めていき、気が付いたら……ってのを狙ってた、って感じかな。
誤算だったのは、こいつが強硬手段に出たことだろう。
正直俺もあんなことするとは思わなかったし。
「あそこまで言いましたし、今後関わって来よう、なんて思わないと思いますけど、どうでしょう?」
「いやぁ、あいつは絶対しつこいぞ……また絶対なんかしてくるぞ……」
「やーめーてーくーだーさーいー」
あーあー、聞こえなーい、と耳を塞いでも無駄無駄。
どう見てもまだ諦めてなかっただろうが、そもそも俺とおまえが付き合ってるーなんてのも、あれ全然信用してなかっただろ。
「……まぁ今後の事は出たとこ勝負でいいとして」
「いいのかよ」
「いいんです、それより今晩の夕食、どうします?」
「いつもので」
「そんなんじゃダメだからどうするって聞いてるんですけど!?」
「いつものでいいんだよ、飯作るのとか面倒くさいし」
そもそも、うちに飯作るような準備、何もないしな。
買ったはいいけど一回も使ってない炊飯器くらいしか持っていないけど、米も持ってないし。
昼さえ食べておけば、なんとかなる!
「ゆーくんはそのお昼も、適当なのがダメなんですよ……」
「そうか? 結構普通に食べてるぞ、これでも」
「菓子パン2個とか食べてるって言いませんよ!? 年取ってから困るのはゆーくんなんですからね!?」
「お母さんは口うるさいなぁ……」
「もーっ! 誰がお母さんですかーっ!」
隣で怒る藤代を無視し、家への道を歩いていると。
(…………ん? あれは……)
目の端に、どこかで見た気のする女の子がよぎった。
確か、あれは藤代を囲んでいた女の子の一人……だった気がするが……?
この辺に住んでいるんだろうか、これまで見たことなかったけど……。
「どうしました、ゆーくん?」
「いや、なんでもない、多分気のせいだろ……ってゆーくん言うなって」
「あいたっ! もーっ! 撫でていいとは言いましたけど、叩いていいなんて言ってませんよ!?」
「絶対もう撫でねぇ」
その時にはもう、その女の子のことなど、完全に忘れてしまっていた。
*
「それじゃあゆーくん、また後で」
「え、後でって何?」
「え、だから後でゆーくんの部屋に行きますね、って言ってるんですけど?」
「ナンデ!?」
「だから晩御飯どうします、って聞いてたんですよ」
あれ、こいつ何言ってんの? はは、わっかんねぇや。
「お疲れー、また明日なー」
「もうっ! お鍋持っていくと思いますから、チャイム鳴らしたら開けてくださいねー!」
「へいへい」
あいつ、本気で言ってるんだろうか?
……本気で言ってそうだなぁ、藤代だし……。
あんまりあいつの料理に慣れたくないんだけどな、後が大変そうだし。
そう思いながら藤代の部屋を通り過ぎ、自分の部屋のドアの前に立った時だった。
くいっ、と制服の袖が引かれたのは。
こんなことをする奴は一人しかいない……間違いなく、藤代しかいない。
なんだ、と振り返ると……。
「……ゆーくん」
そこには少し顔を青くし、微かに震えている藤代が立っていた。
先ほどまで機嫌よく歩いていたとは思えない変わりように、こちらが困惑してしまう。
「……どうした、藤代?」
「あれ……」
そうして藤代が指をさしたそこには、扉に刺さる鍵と、鍵につけられたキーホルダーの猫が揺れていた。
あれが一体、どうしたんだろう? 自分で開けるために刺したんじゃないのか?
「あれ……前に私が落とした、って言ってた鍵、なんです……」





