お隣さんの握力は凄い
静まり返る中庭に、動こうとする者は誰もいなかった。
当然だ、藤代のせいでこの場にいる全員が混乱の坩堝に叩き落とされたからだ。
今この場で混乱していないのは、恐らく藤代・水城のバカしろコンビだけだろう。
「ふ、藤代さん……そんな、嘘つかなくていいんだよ?」
だからこそ。
その中で動けたこの女の子を、俺は賞賛したい。
俺なら絶対動けなかったと思う。
「うそ、ですか?」
「だってその人、に、言われてるんでしょ? そう言うようにって」
「いえ、そんなことありませんけど?」
こてり、と首を傾げて一見不思議そうな顔をしているが、俺にはわかる。
こいつ、頭の中で絶対「何言ってんだこいつ」って言ってる……だって目が全然笑ってないもん。
「で、でも、流石にこの人と恋人、ってのは嘘だよね!?」
「いえ、ゆーくんとはもうしばらく前から、仲良くお付き合いしてますけど?」
そう、きっぱりと言い切った藤代の表情は崩れない。
確かにお付き合いはしている……隣人として。
嘘ではないが真実でもないことを、さも本当のように語る藤代の胆力がヤバい。
「そもそも、どうして嘘と思ったのかが不思議なんですが……私は嘘をつくような人間だ、と思われているのでしょうか?」
「そ、そんなことないよっ!?」
「では、なぜ嘘だ、と確信を持った言い方を?」
「それは……」
藤代に問い詰められ、おどおどと視線を彷徨わせる様は見ていて可哀想になってくる。
隣にいるこちらまで圧力を感じる程なのだから、目の前に立つこの少女はどれほどのものか。
……目つき、割とキツいからなぁこいつ……。
と言うか、さっきから左腕に指が食い込んでいて痛い。
気分を害しているのはわかるけど、そろそろ手を離してくれないものか。
「それは?」
「こ、こんど――――」
「三葉さん!」
藤代の視線に耐えかね、いよいよ何かを話そうとした声を遮るように、中庭に近藤の声が響いた。
ほっとした表情の……なんだ、なんとかさんには悪いが、さらに藤代の機嫌が急降下しているのに気付いて欲しい。
帰りたい。
「……私のことを名前で呼ばないで下さいと、何度も言っていると思うのですが?」
「まぁまぁ、それよりもごめんね? 彼女たちが勘違いしちゃったみたいで」
「勘違い、ですか」
「うん、悪気があったわけじゃないんだよ? ただみんな、三葉さんの事を思ってやってた、ってのはわかってあげてほしいな?」
「ですから……っ!」
「藤代」
さらに激昂しそうな藤代を納めるため、ぽんぽん、と俺の腕を掴む手を叩いた。
左腕をつかむ手の握力がふっと緩んだ事にほっとする。
「今回はそれくらいにしとけ、これ以上やっても意味ないから」
「ですけど……っ!」
これ以上言ったところで暖簾に腕押し、こちらが得することなんて何もない。
むしろ下手をすると、藤代の評判が下がるまであるかもしれない。
ここらが引き時だ。
「えーっと……金剛?」
「……近藤だよ、そっちは綾辻くん……だっけ?」
「綾崎ですが何か?」
「ああ、そうだっけ? ごめんね」
こいつ、わざと間違えやがったな?
まぁこっちもわざと間違えたんだけど。
「こいつも結構ストレス溜めてたみたいでな、悪いんだけど許してやってくれ」
「もちろん、彼女たちも勘違いとは言え、迷惑をかけたようだからね」
「……そうな、今後は今日みたいなこと、やめてやってくれ」
「よくよく言っておくよ……ところで、君たちは本当に付き合ってるのかな?」
近藤の探るような目が、品定めをするかのように俺たちを見てくる。
これは疑っているというより、もう嘘だと確信している目だ。
まぁ、そりゃー嘘だと思うか、明らかに釣り合ってないしな、俺と藤代。
付き合ってるーと言い切るのはあまりにも嘘っぽいから、匂わせる程度であまり大っぴらに言いたくなかったんだが……。
「まぁ、一応」
「一応じゃありません! ゆーくんと私は相思相愛、お付き合いしてますから!」
「ははは! 2人でずいぶん、温度差があるようだね?」
「みんながみんな恋愛やらなんやらに必死なわけじゃないからな、これでも藤代と付き合ってるってので舞い上がってるんだぞ、俺」
「……ふぅん……まぁ、今日はそういう事にしておこうか」
おう、そういうことにしてくれ、そして早くそいつら連れて帰ってくれ。
また藤代の指が食い込みだしたから! 痛いんだよ、ほんとこいつ、意外と握力凄いんだよ!!
「それじゃあ三葉さん、またね?」とか言わなくていいから、ツメ、刺さったんじゃないか今?
普通、女の子が腕に抱き着いてきたら、「あっ、胸が当たってる……」っていう嬉し恥ずかしいドキドキイベントになるんじゃないの? なんで骨折の危機に怯えないといけないの? おかしくない??
藤代の周囲を囲んでいた女の子を引き連れて近藤が立ち去るのに合わせ、静まり返っていた中庭に、喧騒が戻ってきた。
はぁ……今の、どれだけ話題になるかな……俺の平穏な学園生活がまた一歩、遠のいてしまわれた。
カムバック平穏な学園生活。
いやまぁ、こいつに関わる時点である程度諦めてたけど!
「……っもー! ゆーくん、なんで帰しちゃうんですか! ここで息の根止めようと思ったのに!」
「息の根って……こわ……あとゆーくん言うな」
「なんでですか!」
「なんでもだよ」
はぁ、と今日一番の盛大なため息をつく。
「だいたいお前、何考えてあんなこと言ったんだよ」
「あんなこと……って、どれの事ですか?」
「俺とお前が……その……相思相愛だ、とか、そういう……あれだよ!」
くそ、今更ながら思い出したら、なんか恥ずかしくなってきたぞ……!
「くふふ、なんですかゆーくん照れてるんですか? もー! 顔真っ赤にしちゃってー!」
「うるせー……! それで、なんであんなこと言ったんだよ!」
「あれあれー、もしかして誤魔化そうとしてます? 誤魔化そうとしてます??」
「……じゃあもういい、聞かねぇ」
そう言って顔を逸らしたが、隣からくすくすと笑う藤代の声が聞こえてきて居た堪れない。
からかわれているだけだというのはわかっているんだが……!
それにしても本当に性格の悪い奴だ、こんなヤツのどこがいいんだろうね、近藤は?
「まぁ、こういうのはハッキリ言っちゃったほうがいいんじゃないかなーと思ったんです」
「だからってお前、こんなとこであんな大声で言わなくてもいいだろ……」
「だから最初に謝ったじゃないですか、ごめんなさいって」
でもこれできっと諦めてくれますよね!
そう笑顔で呟く藤代に対し、そううまくいけばいいけどな……と、もう一度深いため息をつきながらぐしゃり、と掌で髪を掻いた。





