お隣さん、襲来
『まさかこんな時間に本当に来るわけがない』
そう思いながらメッセアプリが光るのを待っていた俺、無情にも鳴る呼び鈴の電子音に撃沈。
こんな時間に来る奴なんて見なくても決まっているが、もしかしたら違うかもしれない。
一縷の望みを賭け、ドアを開くとそこには……。
「こんばんわ、綾崎先輩」
「ですよねー」
もこもこのルームウェアに身を包んだ藤代が立っていた。
すらりと伸びる足が素敵である、言わないけど。
「はぁ……まさか本当に来るとは……」
「だから行くって言ったじゃないですか。それより、ちょっと不用心すぎますよ?」
「……何が?」
「今、誰がきたのか確認しないで開けましたよね? もしこれで私じゃなくて投資信託の営業とか宗教の勧誘だったら、大変な事になってましたよ?」
「そんなもん、こんな時間に来るわけねー」
しかもこのマンション、鍵がないとエントランスから先に入れない仕様ですよ?
営業なんて入ってきませんよ!
「そういうのがいけない、あいつらは常に油断と隙を狙っている、とお父さんは引越し前、私に懇々と教えてくれました……」
「お前のお父さん、なんか変な営業に引っかかったことでもあんの?」
「そこまでは聞いてませんが、物凄い苦い顔はしてましたね」
「ま、まぁ、昔はそういうの多かったのかもしれないしな……」
少なくとも俺はここに越してきて1年、未だにそういうのに遭遇したことはないので、何も気にせず開けたわけだが。
「ま、それは置いといて……おじゃましまーす……ってうわっ、めっちゃ散らかってるんですけど!?」
「あっ、おいバカ! 入っていいなんて言ってないだろ!?」
「くふふー、よいではないかよいではないか、私と綾崎先輩の仲ではないかー♫」
「どんな仲だよ……」
少なくとも、こんな風にお互いの部屋を行き来するような仲ではないのは確かなはずだ。
どうもその辺の距離感が、藤代はおかしいというか……え、なんでそんなに気安い感じなの? と、思わずこちらが戸惑ってしまう。
そうこうしてるうちに、どんどん中へと進んで行く藤代を、後ろから追いかける俺。
もはやあいつを止める術は俺にはない。
願わくば、見られて困るものが部屋にない事を祈るのみだ。
パソコンを開くのだけは勘弁してもらいたい。
「へぇー、うちと同じ間取りのはずなのに、なんか全然違う感じが……っ!?」
と、思いきや。
唐突に足を止めたかと思うと、顔を赤く染めながら、急に顔を横に逸らした。
目線をウロウロさせ、落ち着かない様はこちらも不安になってしまう。
何か、よからぬものでもあっただろうか?
部屋を見回しても、特別おかしなものは見当たらないのだが……。
「? どうした、なんかあったか?」
「せっ、洗濯物! 洗濯物は畳んで片付けてくださいっ!!」
「なんでだよ、どうせすぐ着るんだから、別にこのままでもいいだろ?」
「私がよくないんですぅー!」
確かにリビングを抜けた部屋の中には、洗濯物が干してあるが、そんなに挙動不審になるようなものだろうか?
改めて干してあるものを見ても、特にヤバいものはかかっていない。
強いて言うなら……下着が干してあるくらいか?
まさか、これのせいで挙動不審なのだろうか。正直、この程度でとやかく言われても困る。
「ま、全くっ! 乙女になんて物を見せるんですか……っ!」
乙女って。
思ってても普通、そういう事自分で言うかね。
いやまぁ乙女って言っても問題ない年齢ではあるが。
「うーっ……こ、こんな部屋だと、いざ彼女が出来ても呼べませんからねっ!」
「出来る予定もないしいいよ別に」
「少なくとも、今後は私が来るって可能性を考慮してください!」
「と、威勢良く言っていますが、未だに顔を真っ赤にして明後日の方を向いている件について」
「もーっ!!」
ふるふると震えながらぎゅっと目を閉じる藤代はなかなかに可愛げがあるとは思うが、いつまでもこのままだと可哀想だろうか?
そう思いながら、洗濯物を回収していく。
下着類は……とりあえずクローゼットへと放り込み……。
「ちょっと待った」
「……なんだよ」
「そのシャツ、どうするつもりですか?」
「え、クローゼットに放り込むけど」
「アイロンは……」
「そんなもの、うちにはない」
「だ、だから綾崎先輩って、あんまりパリッとしてないんだ……!」
それを聞いた藤代が、頭を抱えてしまった。
俺、何かやらかしましたか……?
「わかりました、よーくわかりました……綾崎先輩が、ひっじょーに! だらしない人だってことが!」
「お、おお?」
「空き缶だって台所に置いたままだし……っ!」
「お、おい、藤代?」
先ほどとは違う意味で震えだした藤代に危機感を抱く。
これは絶対、ロクでもない事を考えている……!
「アイロン、部屋から取ってきます」
「……なんで?」
「決まってます! 綾崎先輩には明日、パリッと登校してもらいますからね!」
「お前、何しに来たの……?」
そう言うや否や部屋へと飛んで帰る藤代に、困惑する事しか出来なかった……。





