お隣さんとベランダごしに
「さて、どうするか……」
自宅のベランダの柵に体を預け、『飲むだけで元気が出る』と言われる栄養ドリンクを口にしながら、そう呟いた。
考えるのは今日の学校での出来事だ。
先週末、藤代と出かけたことがある程度噂になっていれば……と思っていたし、これで近藤たちも諦めればいいと思っていた。
だが……正直、近藤たちを少し舐めていたところがあるかもしれない。
まさか、ああいう手段に出るとは思いもしなかった。
「本当に面倒くさい……さっさと諦めてくれればいいのに」
今後どうするかについては、藤代と話し合う必要がある。
とはいえ時間はすでに夜の21時、この話をするのは明日の登校時だな。
「ふう……体に染みる……」
「何、かっこつけてるんですか綾崎先輩?」
そんなことを考えていると、隣のベランダからひょいっとお隣さんが顔を出した。
「よお、藤代後輩」
「そんなとこで何やってるんですか、全然似合ってませんよ?」
「うるせー、メシ中だよメシ中、お前は何やってんだ?」
「私は今から洗濯物を干そうと……あっ! 下着は家の中で干してますからね!?」
「お前、俺のことなんだと思ってんの?」
お隣さんの洗濯物を見て興奮する変態だと思われているのだとすれば、心外だ。
こいつは一体、俺のことをなんだと思っているんだ全く。
「鎖骨フェチ先輩と思ってますが、何か?」
「すいませんでした!!」
一時の気の迷いが後々まで尾を引くの……悪い、やっぱつれぇわ……。
「それで、何飲んでるんですか?」
「知らないのか? 飲むと翼が生えると言われる栄養ドリンクを……これを飲めば元気100倍になるんだ」
「ふーん……ところで知ってますか綾崎先輩、今飲んでるそれ、ただの清涼飲料水だってことを」
「なん……だと……」
「国内だと合成タウリンを入れると医薬品になって、販路が狭まりますからね」
「なんか清涼飲料水って言われると、一気に効果が薄まる気がするな」
「一応、カフェインとかは入ってるみたいですけど珈琲の方が多く入ってますからね」
なんということだ。
これを飲むだけでなんとなくエネルギーがチャージされて頑張れるような気がしていたのに、全て気のせいだった、という事だろうか?
これは明日からの食生活も考えなくてはいけないかもしれない。
「ていうかなんでそんなの飲んでるんですか、元気ないんですか?」
「まぁ、晩飯だし?」
「いやいやいや、それはおかしいですよ、夕食までのつなぎとかですよね?」
「いや、晩飯だけど?」
そう言うと、防火用の薄い壁の向こうから、深いため息が聞こえてきた。
「そんなんだから、綾崎先輩はひょろひょろなんですよ……」
「失礼な、俺はこれでも脱いだら凄いんだぞ? 見るか?」
「み、見ませんよ!? 何言ってるんですかっ、もーっ!」
まぁ俺も見せるつもりなんてないけど。
「俺としては、お前がちゃんと食べてるかの方が気になるんだが」
「え、食べてるに決まってるじゃないですか、何言ってんですか」
「え……食べてるの? ほんとに? その身長で?」
「よし、そのケンカ買いましたよ綾崎先輩」
防火壁ごしに、藤代の唸り声が聞こえてくる。
どうやら身長については禁句だったようだ……藤代三葉に弱点発見である。
「はぁ、やめましょう綾崎先輩、近所迷惑です」
「だな……つーか何やってんだろうな、俺たち」
「ほんとですよ、他にもっと話さないといけない事、色々あるのに……」
「ほんとそれな」
藤代が、そっとため息をついたのが見えた。
これまでの会話、ご近所さんに丸聞こえで……やだ、恥ずかしい!
明日からマンションの住人の噂になっちゃう……主にあいつらうるさい、的な意味で。
「ここから先の話は、電話かメッセアプリでやろうぜ」
「了解です……でもアプリとかちょっと面倒くさいですね、お隣さんなのに」
「そう言うな、こんな時間にお互いの部屋、行くわけにはいかないだろ」
「うーん……」
少なくとも、俺はこんな時間に藤代の部屋に行きたくはない。
かといって女の子を自宅に招く、なんて事も俺には無理だ。
飲み終わった栄養ドリンクの缶を持って部屋の中へと入ろうとしたところ、それまで何かを考えていた藤代が、つい、と顔を上げた。
嫌な予感がする。
「そのことなんですけど綾崎先輩、私がそっちの部屋、これから行ってもいいですか?」
「断る」
なぜだろうね?
こいつに対する嫌な予感、これまで的中率100%な件について。
考え方が単純なのか、はたまた読みやすいのか……見た目クール系なくせに。
「な、なんでですかっ!」
「はぁ……お前ね、自分が女の子だって自覚、ある?」
「そりゃもちろんありますよ、私が男に見えますか?」
「見えない。自覚があるなら、こんな時間に男の部屋に行こう、ってのはどういうことか、わかるよな?」
しかもその上、危機意識が低い。
お父さん、この子の将来が心配になります……。
「……んん? つまり、綾崎先輩は女の子な私に何かするつもりなんですか?」
「いや、別に何もしないけど?」
するわけがない。
「なるほど、別にそういうことを心配する必要、ないってことなんじゃないですか?」
「いやその理屈はおかしい」
「くふふ! だーいじょうぶですよ、こういうこと言うのは綾崎先輩に対してだけですから!」
「それは全然大丈夫じゃないからな!?」
「それに私、綾崎先輩の事、信用してますから♪」
「信用してもらえてるのは嬉しいけどさぁ……」
くしゃり、と前髪を握りつぶしながら、思わずため息をつく。
藤代と付き合うようになってから、ため息の数が増えた気がするのは、気のせいだろうか?
なんというか……き、気が休まらない……!
「まぁまぁ! それじゃーこれから綾崎先輩の部屋、行きますからねー」
そういって部屋へと入っていく藤代に対して、もう一度、大きくため息をついた。





