(私の)お隣さんは鎖骨フェチ
その後も、ご機嫌な藤代と2人、街中をうろうろとしていた。
先ほど僅かに見せた、少し寂しそうな表情は一体なんだったんだろう?
そう思わせるほどの今のご機嫌ぶりを見ると、俺の見間違いだったんだろうか……。
「あ、綾崎先輩、ちょっと服、見に入ってもいいですか?」
「いいけど、俺のセンスとアドバイスには期待するなよ」
「わかりました、期待してます」
「おい」
本当に期待してもらっては困るんだけど!?
見ろよ俺の今日の服を、その辺のマネキンが着てるのを真似して適当に買った奴だぞ!
俺が普通に買うと、とんでもないのを選ぶぞ?
大阪のおばちゃんかって言いたくなるヒョウ柄の服とかいいよね、って言っちゃうぞ?
……と、そう言いたいのはやまやまだが、楽しそうに服を見ている今の藤代には、言えそうにもない。
そして今は、手に取った服を鏡の前で合わせながら、何やら悩んでいる様子だった。
まさか、この俺に! どっちが似合うかなんて聞いてこないだろうな?
「綾崎先輩、こっちとこっちだと、どっちが似合うと思いますか?」
来ちゃいました。
「……どっちも似合うと思う」
「うーん……なら、これとこっちだと、どっちのほうがいいと思いますか?」
「どっちも似合うと思う」
「もうっ! ちゃんと見てくれてますか、綾崎先輩!」
「み、見てるよ!」
見てるけど、藤代にはどっちも似合いそうだな、と思ったんだから仕方ないだろ!
そんなやり取りをする俺たちを見守るような、店員さんの優し気な笑顔が辛い。
普段ならすぐ飛んできて『どんな服お探しですかー?』って声かけてくるのに、どうして今日に限ってきてくれないんですか?
なんなら店員さんの『初々しいですねー』なんて会話まで聞こえてきて、本気で居た堪れない……。
「ほら、ちゃんと見てください! こっちとこっちだと、どっちが可愛いですか?」
「ど、どっちも可愛いと思います」
「むーっ……じゃあ、これとこれだとどっちを着てほしいですか?」
「ど、どっちもいいと思います」
「もうっ! せっかく彼女が彼氏好みの服を選ぼうーって頑張ってるんですから、協力してくださいよぉ」
ぷくっとほっぺたを膨らませ、ジトーっとした目で藤代がこちらを睨んでくる。
子供か。ていうか、誰が彼氏だ、そういうのは俺じゃなくてこれからできる本物の彼氏を相手にやれよ。
とはいえ、このままのらりくらりと逃げようとしても、藤代の機嫌が悪くなりそうで困る。
はぁー、っとため息をつき、覚悟を決めると、口を開いた。
「……ぶっちゃけた話をすると、お前は見た目ほんと可愛いし、何着ても似合うと思う」
「へ……」
「み、見た目はな! 中身はなんか変な奴だと思ってるけど!」
ああ、恥ずかしい!
何言わされてるんだよ、俺……じわじわと、顔に熱が集まっていくのを感じる。
しかも見ろよあの、鳩が豆鉄砲くらわされた、みたいな藤代の表情! ああ、穴掘って埋まりたい!
藤代の視線に耐えられずにふいっと顔をそらすと、少し離れたところにある、白地スピーカースリーブの、ボートネックになったシャツを着たマネキンが目に入った。
デコルテのラインが綺麗な女性……ふと、藤代ならああいう服が似合いそうだなと思い。
「……しいて言うなら、お前にはああいうのが似合うと思う」
そのマネキンを指さした。
どうだ、これで文句はないだろう、俺のおすすめは教えてやったぞ?
「ああいうの、ですか……ふむふむ、なるほど……こういうのか……」
そう言いつつ離れていく藤代に、ほっと息をつく。
今のうちに顔に集まった熱を逃がして、平常心に戻らなければ。
もう二度とこんな店に入らないぞ……!
「……くふふ、わかりました! 私、よーくわかっちゃいました!」
「何がだよ」
「綾崎先輩はー、『俺、そういうの興味ないから……』みたいな顔してますけど、実は鎖骨ラインフェチだってことが!」
「ちがっ……!」
ちが……わないかもしれないけど!
そういうつもりでその服がいいって思った……わけだけども!
いい事知っちゃった! とばかりに、にやにやとする藤代にどう言い募っても、まったく信用してくれない。
これではまるで、俺が藤代のデコルテラインを見たくておすすめした変態みたいじゃないか!
「くふふ! 次のデートの時には、こういう服着て来ますから楽しみにしててくださいねっ!」
「やめてください……」
両手で顔を覆い、その場に座り込みたくなるのを必死に堪える。
藤代の顔をまともに見ていられなかった俺は、藤代も顔を真っ赤に染めていたことを知らない……。
*
そんなことをしつつ、あちらこちらの店を冷かして、気が付けばあっという間に夕方になってしまった。
楽しい時間というのは、過ぎるのが早いものだ……。
楽しい、うん、楽しかった、と思う……藤代はどうだったかはわからないけど。
夕日に照らされた街中を、駅に向かって2人で歩く。
帰ってしまえばこの時間が終わってしまうのかと思うと、少しだけ名残惜しい。
「ああ、そういやな藤代、ここのどんつきにある神社、春は凄いんだぞ」
「春ってことは桜ですか?」
「そうそう、染井吉野に山桜、枝垂桜とより取り見取りだ」
「へぇ……」
「夜もライトアップされて綺麗だし、咲いてるなら見に行ってもいいんだけどなぁ」
「もう桜もとっくに散って、この時期ですからねー」
くすりと苦笑を漏らす藤代に、肩を竦めて返す。
ただ散歩するだけなら今の時期でも十分だとは思うが、やはり見に行くなら桜の季節がいい。
お弁当でも持って、ピクニック気分で花見としゃれ込みたいところだ。
「今年は私、引っ越しやらなんやらで時間なかったから、お花見してないんですよねー」
「こっち引っ越してきてそれは勿体ないな、来年は見に行くといい」
「……くふふっ! 綾崎先輩、来年は一緒にお花見、行ってくれるんですか?」
「ばーか、来年はちゃんと彼氏作ってそいつと行け、いつまでこんな関係続けるつもりだ」
「ぶー、ゆーくん、ノリわるーい」
「だからゆーくん言うなって」
こいつは本当に、事あるごとに俺をゆーくんと呼ぼうとするのはなんなんだ。
嫌がらせか、俺がゆーくんって呼ばれるの嫌がってるとわかっててしているのか!
くそっ、なんて嫌な女だ……!
「じゃあ、お互い来年も恋人ができなかったら、一緒に見に行きましょうね!」
「ああ、出来なかったらな……って、お前にできてないとか絶対ないわ」
「えー、意外と綾崎先輩の方に彼女ができてそうな気がするんですけどねー私はー」
「ははは、ないない、ありえねー」
「どうかなぁ……綾崎先輩、付き合ってみると意外と、優しい、しなぁ……」
「なんだ?」
「いーえ! なんでもありませーん!」
そう言いながら、ぎゅっ、とひときわ強くつままれた俺の右手。
そこから、藤代の体温が伝わってきた。





