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お隣さんと野菜ジュース


その日、どうしても夜に出かける必要があったわけではなかった。


毎朝飲んでいる野菜ジュースにもう予備がない事に気が付いた、ただそれだけの理由だ。

それくらいなら、朝の通学時にコンビニで買って飲みながら歩けばいい。

もちろんそう思ったし、いつもの自分なら、そうしていたはずだ。

だけど……その日はなんとなく、すぐに買いに出なければいけない、そう思ったのだ。


時計を見るとすでに夜の9時。

よい子であれば布団の中で夢を見ている時間帯だ。



……だからこそ。

外に出てすぐ、目に入った彼女が余計に気になった。



「……何やってんの、お前」


なのでこれは、ほんの気まぐれだ。

特にやましい気持ちや、下心があったわけではない。

もちろん、彼女からの返事を期待したわけでもない。

部屋の前でしゃがみこむお隣さん……藤代三葉を見て、なんとなく声をかけてしまった、それだけのことだった。



「……お前、っていうのやめてもらえますか? 不愉快です」


眉をほんのり顰めてこちらを見上げる藤代に、肩を竦めて答えた。


「ああ、はいはい……で、藤代さんは何やってんのそんなとこで、部屋入れよ」

「私の名前、どうして知ってるんですか?」


その瞬間、藤代の青い瞳に、警戒心が浮かんだのがわかった。

お前って言うと怒ったから普通に苗字で呼んだらこれである。


「いやいや、お前引っ越してきてすぐ挨拶来ただろうが」

「そうでしたか……それで、何か用ですか綾崎悠人(あやさきゆうと)先輩」

「俺の名前は知ってんのな」

「……初日に挨拶しましたし、隣に住んでる人ですから」


正直、自分の名前を覚えていることに驚きを感じた。これでも一応、隣人として認識されていたらしい。

なら、こちらが相手の名前を覚えていることに疑問を持たないで欲しかった。

……ただ、これまでにあまり関わりも会話もなかった相手だ、突然話しかけられれば、警戒するのも当然かと思い直す。


「それで、藤代はこんなところで何してるんだ?」

「……綾崎先輩には関係ありません」


ぷいっと顔をそらしながら、きっぱりとそう言い切られた。

取り付く島もないとは、まさにこのことだ。


ここで、それもそうだな、と放り出すことは簡単だ。

藤代としても、なんでこいつ話しかけてくるんだろう、鬱陶しいと思っている可能性は高い。

幸い、藤代に対して特別、何か好意を抱いているわけでもないので、彼女からの好感度を気にすることもない。

頑張れよ、と一言声をかけて、このままコンビニへ行ってもいいわけだ。


ただまあ、ここで女の子が寒空の下一人、というのも居心地が悪い。

何より、コンビニから帰った時にまだここにいられるというのは、非常に気まずい。

一体どんな顔をして部屋に入ればいい、と言うのだろうか?



「そうだな、確かに関係ない……けど、お隣さんが部屋にも入らないでドアの前で座り込んでたら、普通、声かけるだろ?」

「……そうですか……それじゃあ、星を見てたってことにしてください、星、見るの好きなんで」

「部屋にも入らず、制服のままでか? 自分の部屋から見ろよ」

「それは……」


もう5月とは言え、夜は冷え込む事もある。

上着もなく制服でこんなところにいたら、さすがに風邪をひいてしまう。

じっ、と藤代の答えを待っていると、観念したのか、青い瞳を伏せ、ぽつぽつ、と話し出した。



「……鍵を」

「ん?」

「鍵を……部屋の鍵を、どこかに落としました」


なるほど……だからこんな時間に、部屋にも入らず外にいたのか。


「管理会社には連絡したのか?」

「しました……ただ時間が悪くて、もう今日の営業は終了していましたが」

「なるほどね……親は?」

「両親は遠方に住んでいますので……」

「まぁ、そうだよなぁ」


このマンションは、基本的に単身者用の間取りだ。

1DKというよりLDKよりで、少し広めにデザインされているとはいえ、流石に複数人と暮らそう、というのは無理がある間取りだ。


まぁ、ここに入居している時点で、ある程度分かっていたことだが。


「なんですか?」

「いや、なんでもない……それで? 鍵はどこで落としたのか、わからないのか?」

「思いつくところはいくつかありますが、流石にこの時間ですので」

「今から探したところで見つかるわけもない、か」


今の時代、どこも街灯が設置され、煌々と照らされてはいるものの、そんな中を鍵を探すのは難しいだろう。

ましてや相手は藤代だ、こんな時間にうろうろとするのはあまりにも危険すぎる。


「友達の家に厄介になるとか、ファミレスに入るとかあっただろ?」

「さすがに時間も時間ですし、このあたりに住んでいる友人もいないもので」

「ファミレスは……」

「こんな時間に駅前まで行って、補導でもされると困りますので、それならばここで夜を明かすほうがマシです」


マシなわけがない。

こうしている今もどんどん気温は下がっているし、少し震えているじゃないか。

このままだと明日はよくて風邪で数日は寝込むことになるか、悪くすれば肺炎にでもなってしまうかもしれない。



「はぁー……仕方ない……なぁ、藤代」

「綾崎さんの部屋に入れ、ということなら申し訳ありませんが遠慮しておきます」

「誰もそんなこと言ってないだろ……」


じろり、と青い瞳でこちらを睨む藤代に、思わずため息をついてしまう。

そりゃあよく知りもしない男の部屋に入れ、と招き入れようとされれば警戒するのもわかる。

ただ、招き入れる前に先んじて思いっきり警戒されると、さすがに凹む。


溜息をつきながら前髪をくしゃり、と握りつぶした俺を見た藤代が、眉をほんのりと寄せていた。


「そうじゃなくて……なぁ藤代、お前の部屋、窓はどうなってる?」

「え、窓、ですか?」


どうしてそんなことを聞くのだろう、と一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。


「窓、開けてきたか? 網戸にしてるとか」

「それは……確か、少しだけ窓を開けていた、ような……」

「そうか、それなら大丈夫だな……ちょっと待ってろ」

「え? えっ?」

「あ、お前の部屋、入らせてもらうけど怒るなよ」

「私の部屋に? え、どうやって入るつもりですか綾崎先輩?」

「まぁ見てろ」



それだけ言い残すと、藤代を廊下に残し、俺は自分の部屋へと入っていった。


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