お隣さんは顔が赤い
「さ、て……そろそろ次に移動するか、藤代?」
「あ、はい、ソウデスネ?」
「そうですねって……ん?」
「ど、どうしました、綾崎先輩?」
……今まで気がつかなかったが、よくよく見ると藤代の顔が相当赤い。
最近、巷ではインフルエンザだのなんだのと怪しげな病気も流行っていると聞くが、もしかしてこれまで、ずっと体調が悪かったのだろうか?
もし体調が悪いのだとしたら、無理して出かける必要なんてなかったのに……。
「大丈夫か、藤代? 顔真っ赤だけど、体調悪いのか?」
「へっ、そ、そうですか? 体調は全然、超絶好調ですよ?」
「いやいや、熱あるんじゃないかお前……ちょっと失礼、っと」
「ひえっ!?」
そういうと、藤代のおでこにそっと手を添えた。
んー、熱はないようだけど……さらに藤代の顔が赤く染まっていく。
どうなんだこれ?
「熱はないみたいだな」
「で、ですからっ、大丈夫だって言ったじゃないですかーっ!」
「っと、そんだけ元気なら大丈夫か? どうする? 今日はもう帰るか?」
「だ、大丈夫デス! さぁ、次にイキマショー!」
そう言うや、俺を置いてさっさと藤代が歩き出す。
藤代の体調の事は藤代にしかわからないので、俺は彼女の言う事を信用するしかない。
もしもの時は、タクシーでも呼んで、無理矢理連れて帰ればいいか。
……まぁそれはそれとして、このまま1人で先に歩いて行かれると困る。
「藤代、ちょっと待った」
「? な、なんですか、綾崎先輩?」
「ほら、手ぇ、忘れてるぞ?」
そう言いつつ、藤代に手を差し出すと、なぜかその手をとらず、じぃ……っと見つめられたかと思うと、ぷいっと顔をそらされた。
「綾崎先輩って……なんか、凄いですね」
「何が?」
「いえ、なんかこう、ナチュラルに手を出してきて……私だけが意識してるみたいで馬鹿みたいじゃないですか……」
「なんのこっちゃ」
さっきは自分から人の手を取ったくせに。
いつまで待っても重ねられない、小さな掌に俺から手を伸ばすと、藤代がこちらを見上げてくる。
もしかして嫌だったのだろうか? 『言おうか迷ってたんですけど、綾崎先輩の手、ちょっと汗かいてて気持ち悪いんですよね』とか言われるんだろうか。
実のところ、先ほどもめちゃくちゃ緊張して手汗をかいていた気がするので、気が気ではない。
仕方ないので手を離そうか……そう思い手を引っ込めようとすると、今度は藤代から慌てて掌を重ねてきた。
そしてまたじぃ……っと見上げてくるのだが、なんとなく非難されている気になってくる。
というか、今藤代から視線を外すと負けな気がする! と、こちらからもじぃ、っと見つめ返してやる。
――――そうしてにらみ合う事、数秒。
体感的には数分はあったかもしれない。
「ぷっ……くふふっ、な、なんですか綾崎先輩!」
「そっちこそなんだ、じーっと人の顔見て」
「いえ、綾崎先輩って、よくよく見ると……」
「よくよく見るとイケメンだったかー、そっかー」
「いえ! どっちかっていうと普通だなって!」
「よーし、そのケンカ買ったぞ、藤代」
……ていうか、こんな街中で何やってんだろうな、俺……藤代と見つめ合うみたいなことして。
我に返ると、なんだか急に恥ずかしくなってくるから困る。
「あっ! ていうか、いつになったら私のこと『三葉』って名前で呼ぶんですか!」
「いやー、流石にそれは俺には難易度高いっス」
「女の子と街中で手をつないで歩く以上に恥ずかしいことなんて、今更ないと思いますけどね」
「それを言うな藤代さんや……冷静になるとこれ、マジで恥ずかしいから」
ただでさえ女の子と手をつなぐなんて経験、これまでの俺の人生で一度もないのだ。
それが今やどうだ、藤代のような美少女と手をつなぐなんて、恋愛経験値0の俺にとって一足飛びなんてものじゃない。
これでもかなり無理をしているという事をわかってほしい。
「あれあれー? 綾崎先輩、ちょっと顔が赤くなってますよー?」
「うっせ、そういうお前だって顔、赤いぞ、実は体調悪いんじゃないか?」
「私はちょっと暑いだけですので」
「じゃあ、俺も暑いだけだな」
そういうと2人で目を合わせ、また笑い出す。
なんだろうな、この空気?
「ふふっ……あー、おっかしい、おなか痛い!」
「俺はお前といると疲れるわ」
「くふふっ、私は楽しいですよ、綾崎先輩といるの」
「そりゃどーも」
嘘、ではないのだろう。
ちらりと藤代をみると、楽しそうな、純粋な笑顔を浮かべているのがわかるからだ。
学校で控えめに微笑む藤代も悪くはないが、今のようにわかりやすく感情を表に出して、喜びに満ちた笑顔を浮かべている藤代のほうが、俺にとっては魅力的に映る。
「私の両親も……」
「うん?」
「いえ、私のお父さんとお母さんも、こんな風にこの街を歩いてたのかなーって」
「そっか、うちの卒業生なんだもんな、藤代の両親」
「ですね、うちのお母さんも、ここで何回もデート、したんだろうなって」
「そうだろうなぁ、県内だとここらへんくらいしか遊ぶとこってないし」
とはいえ藤代の両親が卒業したのはもう20年以上前の話だろうし、当時と比べて相当街の様子も変わっているんじゃないだろうか?
そう言おうと隣を見ると、そこにいたのは、先ほどまであんなに楽しそうにしていた藤代ではなく。
……ほんの少しだけ。
先ほどまでの笑顔を見ていなければ気付けないほどに少しだけ、笑顔に寂しさを混ぜた藤代が、そこにいた。
その表情を見たとき、胸がざわついた。
何かを言わなければいけない、藤代にはこんな表情は似合わない……そう思うものの、今の彼女に何を言えばいいのか、見当もつかない。
声が喉を通っていかない。
藤代がぽそり、と小さな声で何かを呟いた。
何を呟いたのかは聞こえなかったが、聞き返さなければいけない。
「藤代……」
「……くふふっ、今日の記念に写真、撮っておこーっと!」
「――――っ待て! 俺を! 俺を枠内に入れようとするな!」
「えー、いいじゃないですか一枚くらい、一緒に撮りましょうよ!」
「しかし断る!」
「もーっ! なんでですかっ!!」
ぷーっとむくれながらも、また楽しそうな笑顔を浮かべる藤代に、さっき、何を呟いたんだ?
そう聞き返す事は、出来なかった。