お隣さんと甘ったるい味
「さて、どうしましょうかゆーくん」
「ゆーくん言うな、帰るぞ……どうしようって言われてもな」
2人して特にアテがあるわけでもなく、ぶらぶらと歩く。
流石に土曜日、街中は人でいっぱいだ。
「藤代は普段、この辺来たときはどういうとこ行ってるんだ?」
「普段、っていうほどこの辺り来た事ないんですけど……まぁ、服を見に行ったり、本を見に行ったりですね、綾崎先輩はどうですか?」
「俺も似たようなもんだな、あとはそのコースにゲーセンが入ったり、PCのパーツ屋行ったり……あと、映画か」
「映画かー」
そっか、映画って選択肢もあるなぁ、と今日の上映スケジュールを確認しだす藤代。
ふと周りを見回すと、校内で見たような顔がちらりと見えた気がした。
うんうん、俺たち2人の事を見たなら、あいつら一緒に遊んでたよ!と話を広めてくれたまえ。
広がってくれると、来週は家で寝ていられるから。
そんな邪なことを考えていたからだろうか、藤代が足を止めたのは。
「どうした、藤代?」
「いえー……」
と、言う割に藤代の視線は、ショーウインドの女性ものの洋服を着たマネキンに注がれていた。
「この店、入りたいのか?」
「いえ……その、今の私たちって、周りからはどう見えてるのかなーとふと思いまして」
「んー、一応、彼氏彼女、には見えてるんじゃないか?」
「……そ、そう見えるんですかね、やっぱり……」
「そらそう見えてもらわないと困るわ、何のために出てきてると思ってるんだ」
偽装とはいえ周りに付き合ってる、って認識されないとダメなんだぞ?
そういう意味を込めて自分の意見を述べると、むぅ、とむくれた顔をした。
「まぁ、そうですよねー」
「あ、おいっ」
そう一言言い残し、速足で歩きだす。
手をつないでいるので置いて行かれるようなことはないが、意外と早いペースに面食らってしまう。
「どうしたんだ藤代……もしかして拗ねた?」
「拗ねてませんよーだ」
「拗ねてるじゃん」
わかりやすい奴。
そんな藤代に対して苦笑を持って見つめると、「なんですか」と一言呟き、そっぽを向かれた。
なんていうか、猫を相手にしている気分だ。
思わず頭に手を伸ばしそうになってしまう。
「おっ、移動販売のクレープとか久しぶりに見たな。藤代、あれでも食べるか」
「食べますっ」
……ほんとわかりやすい奴。
クレープ、と聞いた時点で目をきらきらと輝かせ、先ほどの不機嫌などなかったような表情になった。
以前の情報交換の時、『甘いものが好き』というのを聞き逃さないでいてよかった。
「ほら、藤代」
「ありがとうございます! ……へへ、美味しそう」
クレープを手渡してやると、幸せそうに目を細めながら、ひと口、ふた口と食べていく。
そんな藤代をじっと見ていると、俺のそんな視線に気が付いたのか、藤代がこちらを見上げ、ぱちり、と目を瞬かせた。
「どうしたんですか、ゆーくん?」
「だからゆーくん言うなと……いや、美味しそうに食べるなぁ、と」
「はい、美味しいですよ?」
にこりと微笑んだその表情に、つい視線をさまよわせてしまう。
そんな俺をじっと見ていた藤代は、何を思ったのかこちらにクレープを差し出してきた。
「はい、綾崎先輩もひと口どうぞ?」
「え、いや、別にそういう意味で見てたわけじゃないんですけど?」
「? 食べたくて見てたんじゃないんですか?」
「いや、そういう意味じゃなくて……!」
流石に周りに人がこんなにいる状況で、藤代のような美少女にてずから食べさせてもらう、なんていうのは恥ずかしすぎる。
月島なら喜んでかぶりついたかもしれないが、俺はそのあたりの羞恥心はしっかり持ち合わせているのだ。
しかも今差し出されているクレープは、藤代が口を付けていたもので――――。
「綾崎先輩が購入したんですから、遠慮する必要なんてないんですよ?」
そういった藤代は特に何も思っていないのか、いつも通りの表情だ。
すると、なんだか自分だけが意識しているのが馬鹿みたいな気分になってくる。
そうなるとなんだか悔しくなってくるもので、ならばとクレープにぱくついた。
口の中にイチゴの甘酸っぱさと、クリームの甘さが広がっていく。
「どうですか綾崎先輩、美味しいですか?」
「美味しいけど……ひと口で十分な甘さだな」
「くふふっ、綾崎先輩は甘いのがダメな人なんですね、覚えました」
……甘いものがダメ、って意味でのひと口で十分ではないのだが。
恐らく藤代は、今俺がどんな気持ちなのか、想像もつかないんだろうなぁ。
口の中と心の中に広がる甘ったるさに胸やけを覚えつつ、珈琲の入った自販機がないかとあたりを見回すと、クレープを眺めて固まっている藤代に気が付いた。
「藤代?」
「ひゃいっ!?」
「お、おお……どうした? 固まってたけど、なんかあったか?」
「な、ななななんでもないですぞ!」
「ですぞって」
「あ、あははー! それにしても今日、ちょっと暑いですね! もうすぐ夏だなー!」
「まだこれから6月で先に梅雨が始まるんだけどな」
ぱたぱたと手で顔を仰ぐ藤代を見て空を見上げると、雲の隙間から太陽が顔を覗かせた。
今日はここから、気温が上がってきそうだ。
そのせいで、俺は気が付かなかった。
顔を仰ぎながら、耳まで赤く染めている藤代の顔に……。





