お隣さんと(どう見ても)恋人関係な2人
「というわけで藤代、こいつは――――」
「どもー、水城陽花、高校1年生でっす! クラスはB組でっす! 彼方くんの彼女やってます!」
「彼女じゃねー!」
「はいはい、黙ってろ月島」
「あ、どうも、藤代三葉です……私はD組で、一応綾崎先輩の彼女、みたいなのをやってます?」
「うう……」
「泣くな月島、キモい」
ビシッ! と効果音が鳴りそうなピースを決める水城に対し、戸惑いながらも藤代が返す。そして泣く月島。
……うん、引き合わせてよくわかった。
誰が言ったか月と太陽、こいつらは全く正反対の人種だ。
水城陽花。
月島彼方の幼馴染で、陸上部新人にして、はやくもインハイ出場確実と今から言われる、天才。
茶色がかった髪をポニーテールにし、溌剌とした雰囲気や明るい笑顔は、まさしく太陽。
人当たりよく活発で明るく、くるくると変わる表情に癒される男子続出。
水城は現在、藤代と学園の男子人気を二分するほどの少女なのだ。
ただ……。
「あーんして! 彼方くんあーん!」
「しねーから」
「じゃあボクがしてあげる! 彼方くんあーん!」
「い、いらねーから!」
これさえなければ……。
そう、この水城陽花という少女は、少々……いや、かなり。
いやいや……いっそ病的なほどに、月島彼方の事が好きすぎるのだ。
これが幼馴染効果の恐ろしいところなのかなんなのか、俺には幼馴染がいないのでわからないが、とにかくこんな調子なので人気の割に、と言ったところか。
近藤もよくこんなヤツにちょっかいかけようと思ったな、と素直に感心してしまう。
「藤代、衝撃的なのはわかるけど帰って来い、呆然としてるぞ」
「えっ? あっはい、あ、すいません、ちょっと驚いてしまいました」
「まーこいつら初めてみたらビックリするよなぁ、わかるわかる、こいつらこれで付き合ってないっていうんだぞ、信じられるか?」
「えぇ……?」
自分も初めてこの2人のやり取りを見たときは唖然としたものだ。
先ほどの月島ではないが、こいつは自分と同じ側――モテない側だと思っていたのに、それを覆すかのように物凄い勢いで月島へと抱き着いてくる水城を見て、裏切られた! と思ったのは致し方ない事だと思う。
あと、単純に人前でイチャつきすぎ。もげろ。
「あ、あれで付き合ってないとすれば、真の恋人同士とは一体どんなことを……!」
「藤代? おーい、どした?」
「すいません綾崎先輩、私は彼女として失格でした……これからは頑張ります!」
偽装だけどな。
「こいつらは絶対に参考にしてはいけないカップルだ、いいね?」
「えっ……そうなんですか? うちの両親は常々こんな感じなんで、もしかしてこれが当たり前なのかと……」
「マジかよ」
藤代のお父さんお母さん、パないな。
「昔からうちの両親、ちょっと距離感おかしいなぁ、変だなぁとは思ってたんですけど、この2人を見ているとあれが当たり前だったのか! むしろこれが入り口でしかないの!? と衝撃を受けまして」
「よし、お前の両親もこいつらもおかしい、いいな?」
「あ、綾崎先輩……あーん?」
「いやしなくていいから」
顔を少しだけ赤く染めながらこちらに卵焼きを差し出してくる藤代に、はぁ、とため息で返した。
「え、食べないの?」なんて不思議そうな表情をしても、食べません。
逆に食べられたら困るだろ、それお前の箸なんだし。
「にひひ、初々しいカップルですなぁ……ボクらの昔を見てるみたいだねっ、彼方くん!」
「俺とお前の間にあんな時期は一瞬たりともなかった」
「ぶーぶー、彼方くん付き合い悪いぜー?」
それにしても、本当に仲のいい奴らだ。
早くくっつけばいいのに。
「……おい月島、そろそろイチャつくのはやめてくんない? いい加減胸焼けするんだけど?」
「これがイチャついてるように見えるなら綾崎の目は相当悪いな」
「どう見てもイチャついてるだろうが……まぁいいや、水城はこいつのこと、知ってるか?」
「え? あ、はい、もちろん知ってるっスよー、クラスは違いますけど、藤代さん超有名人っスからね!」
「そうなのか?」
「そらそうっスよ! めちゃ可愛い子がいるって、うちのクラスでも初日から話題になってたっス!」
「へぇ」
そう言いながら水城がこちらへと近づいてきたかと思うと、じぃ…っと熱心に藤代を見つめだした。
かと思うと、「ほへー」やら「うわぁ……」などと呟きながら、あちらこちらの角度からしげしげと眺める。
そんな水城の奇妙な行動に居心地が悪いのか、見られている本人はどうしていいのかわからないようだった。
「あ、あの……水城さん?」
「……はぁー! 彼方くんヤバイ! 藤代さん、めっちゃ可愛いんだけど!」
「今更何ってんだ陽花、前から藤代さんは可愛いって言ってただろ」
「いやー聞いてたし遠目から見てても可愛いなぁと思ってたけど、近くから見るとヤバイ! これはヤバイ!」
「え、ええっと……?」
「肌白い! 髪さらっさら! 睫毛超長い! それに……」
「きゃっ!」
「腰、細っ! え、何これ、藤代さんってスポーツとか何かしてるの!?」
「や、特になにもしてませんけど……」
「それでこれは反則だよぉ~! しかもちっこい可愛いとか何それ最強チートもらって転生でもしてきたっスか!?」
「そうか何言ってんだお前?」
藤代にぎゅうっと抱き着き、きゃーきゃーと大騒ぎする水城に対し、どうすればいいのかわからず硬直している様子が流石に可哀想になってきたので引きはがしてやると、ほっとした表情をした。
「まーなんだ……藤代、こいつは見ての通り、ちょっと、いやかなり変な奴ではあるんだが」
「綾崎先輩に変な奴とか言われたくないっス!」
「はいはい。でもまぁ、悪い奴ではない……と思う、多分」
ちょっと距離感がおかしいだけで。
「あと、こいつも実は近藤被害者友の会なんだわ」
「あ、そうなんですか。でも納得できます、可愛いですもんね水城さん」
「にひひ、藤代さんに可愛いとか褒められると照れるゼ☆」
「褒めてねぇよ」
ぱしり、と軽く頭をはたくと、でへへ~と笑みを見せた。
「改めまして水城陽花です! 藤代さん、まずはお友達になってください!」
「あ、はい、藤代三葉です、こちらこそ……よろしくお願いします?」
「にひひっ! これで私たち、ズッ友だね!」
「きゃっ……み、水城さん!?」
「陽花でいいよぉー! ボクも三葉ちゃんって呼んでもいい!?」
「えぇ……!?」
「水城、悪いんだけどこいつも今近藤に迷惑かけられてんだわ、ちょっと気にしてやってくれないか?」
「りょーかいっス! ……にひひ、彼氏さんとしては気になるんスよねーわかります、わかりますよー!」
「うっせ……あと泣くな、月島ウザい」
「うっうっうっ……」
またもや水城に抱き着かれて目を回す藤代を見ていると、『あれ、もしかしてこいつらを引き合わせたのは失敗だったんじゃないだろうか?』なんて考えが頭の片隅を過るが、少し人見知りのきらいのある藤代は、こいつくらいぐいぐいくるキャラでないと早々に仲良くなることはできないだろう。
嫌そうな雰囲気は出ていないので、そのうち打ち解けてくれるに違いない。
「てか、三葉ちゃんは散々男子連中フッて来たって聞いてたのになんでここで綾崎先輩なんスか!?」
「え? えーっと……な、なんででしょう?」
「まさか、脅されてるとか……!?」
「……あはは」
そしてそこは強く否定しろよ藤代。
水城の勢いに押されて困惑しつつも、小さな笑みを浮かべる藤代に少しだけ安堵しつつ、2人を眺めながら食べている途中だったサンドイッチをパクり、と口へと放り込んだ。