お隣さんと太陽の少女
「それでは綾崎先輩、お昼にまた」
「おう」
「授業、サボっちゃだめですよ?」
「お前に言われたくねーわ」
そういいつつ、1年の藤代とはここで一旦お別れだ。
「あ、そうそう綾崎先輩」
「なんだ?」
「今日から告白断る時、綾崎先輩と付き合ってますからーって名前出しますね」
「なっ!?」
「それではそれでは、またあとでー」
最後にそう言い残すと、ひらひらと手を振り自分の下駄箱へと歩いていく。
わざわざこんな時にこんな所で言わなくてもいいだろ藤代……!
おかげさまで先程から好奇心を隠しきれていない周囲の目が、さらに俺に集まっている。
いたたまれない。
「や、わかってただろ綾崎悠人、こうなるって……!」
がつん、と下駄箱に頭をぶつけると、じんわりと痛みが広がり、逆に冷静になる。
どうせ短い間の付き合いだ、この件さえ片付けば、藤代も自分に見合った相手を見つけるはず。
そうなれば俺の事なんて、みんなすぐに忘れるはずだ。
そう心で唱えながら下駄箱を開けると、上履きの上に昨日は入っていなかった封筒が一つ、ぽつん、と置かれていた。
「ふむ」
中を見ることはせず、そのままカバンの中に入れる。
見なくてもどんなことが書かれているか、だいたいの予想はつく。
思っていたよりも早い展開に、思わずため息をつきそうになったところ、ぽん、と肩に手が置かれた。
「よーぉ、綾崎くぅん?」
「おはよう月島……なんだ『くん』付けって、気持ち悪い奴だな」
「いやー、お前にはほら、色々と聞かなきゃいけない事があるだろ? ……藤代三葉とのこととかさ!」
そういって、月島が顔をくっつけるように寄せてくる。
「おいやめろ馬鹿、俺はそっちの趣味はねぇ!」
「俺だってねぇよ! お前、いつの間に藤代さんと……ていうか、藤代さんは近藤に引っかかったんじゃなかったのかよ!」
意味わかんねぇー! と月島が頭を抱えるが、そうなるのは仕方ないだろう。
1年生のアイドルが2年のイケメンと付き合いだした、という噂が流れたと思ったら、急に俺のような凡人と付き合ってる旨の発言を本人がしたのだ。
聞いている方とすれば本当に、どうしてそうなった、と言いたくなるものだろう。
俺だって、当事者でなければどうしてそうなった、と首を傾げていたに違いない。
「まぁ、それはいいとして」
「よくないんだけど? 俺の心のヒロイン藤代さんと何があったんだよ」
「なんだ心のヒロインって? っと、そうじゃなくて……お前、今日の昼、暇か? 暇だよな」
「断定されんのは面白くねーんだけど!? まー暇なんだけどさ、なんでだ?」
「ちょっと頼みたいことがあってな……」
「金貸してくれって話ならやめてくれ、俺も今月カツカツなんだ」
「お前に金の無心なんてしないって、それより今日の昼、藤代とメシ食うんだけど……」
「行く」
こうして、月島の時間を抑えておく。
さて、月島はいいとして肝心のあいつだけど……まぁ、問題はないか。
*
そして、あれよあれよ、と昼休みの時間がやってきた。
時間が空くと藤代が近藤に絡まれる確率が高くなってしまうので、早々に月島を連れ、中庭へと移動する。
「な、なぁ、綾崎……」
「なんだよ」
「ほんとに藤代さんとお昼、一緒できるのか!?」
「できるっつってんだろ、俺を信じろ。それより、あっちのほうは大丈夫なのか?」
「連絡してある、すぐ来るってさ」
「了解」
俺としてはそっちが本命なので、来てもらわないと困る。
まぁ、月島が声をかけたなら、何を置いても絶対に来るだろう、という信頼感はあるのだが……。
後ろからあーだこうだとどれだけ藤代が素敵な女性かを語る月島を無視しながら中庭へと向かうと、ベンチに一人座る藤代が目に入った。
1年の教室のほうが中庭に近いとはいえ、まさかもう来ているとは思わなかった……先にこちらが待っているつもりだったのだが。
俺たちより少し離れたところに近藤の姿も見える、割とギリギリのタイミングだったらしい。
こちらに気付いた藤代がふにゃっと頬を緩ませた。
そして、「んん?」と言いたげに眉をきゅっと寄せたのがわかった。
うん、わかる、俺の後ろにいる奴のせいだよね?
「悪い藤代、待たせたな」
「綾崎先輩、こんにちわ……大丈夫です、さっき来たところですから……それで、えっと……」
ちらっ、と俺の後ろに目線をやる。
「ああ悪い、こいつは――」
「はっ、初めまして! 俺は綾崎の超親友の月島彼方です!」
「誰が親友だ、信じなくていいぞ藤代」
「あ、はい、どうも……藤代です」
ぺこりと頭を下げる藤代の表情は、怪訝さを隠しきれていない。
どうして俺がこいつを連れてきたのか、理解できないって顔だな。
ちょいちょい、と俺を呼ぶので、藤代の方へと歩いていくと、月島に見えないよう俺のネクタイをぐいっと引っ張った。
「ちょ、ちょっと、綾崎先輩なんですかこの人!」
「さっきも紹介したと思うが月島だ、親友などでは断じてない」
「綾崎先輩の交友関係はどうでもいいです、なんで男子の紹介なんて……ま、まさか、偽装恋人役をこの人に押し付けようって算段ですか!?」
何を心配してるのかと思いきや、そんなことか。
「ばーか、それは俺とお前との約束だろ? 他人にどうこうしないっての」
「そ、そうですか……じゃあなんなんですか? 私に友達をって言ってましたけど、月島さんをって事ですか?」
「それこそばーかだろ、こいつと友達になるメリットが藤代に欠片もないわ」
「え、じゃあなんで……」
「まぁ見てればわかるって、とりあえずネクタイ、離してくんない?」
「あ、すいません」
ようやく藤代から解放され、ふぅ、と一息をつく。
その間、月島は呆然と俺たちのやり取りを見ていた。
「綾崎……お前まさか、本当に藤代さんと付き合って……!?」
「あ、はい、綾崎先輩とお付き合いさせてもらってます」
「あー、まぁ、うん、そんな感じ?」
本当は付き合っているわけではないんだけどな、という一言はぐっと飲みこんだ。
周囲を騙すにはまず味方から、月島を騙せないようであれば、近藤も騙せないだろう。
「う……」
「う?」
「裏切り者……っ! お前はっ! お前はこっち側だと信じてたのに……っ!」
「おい待て、こっち側ってなんだよ」
「モテない男ってことだよ! しかも相手が藤代さんだと!? 呪ってやる! 末代まで呪ってやる!」
怖っ、こいつ怖いんだけど!
本気の涙を流す月島に、流石の藤代もドン引きしているのがわかる。
ちょっと、俺の背中に隠れるの、やめてくれませんか?
「藤代さんには特に興味ないって言ってたくせにこれだよ……!」
「え、興味なかったんですか綾崎先輩?」
「痛い、藤代さん、背中痛いんですけど、つねらないでもらえます?」
前方には泣き叫ぶ男、後方にはブリザードを吹かせる少女。
なんだこの修羅場。
「つーかモテないモテないっていうけどさぁ! お前には水城がいるだろ月島……っ!」
「はぁ? 陽花はそういうんじゃねーんだよ! 陽花はなんていうか妹――」
その時だった。
少し離れたところから、軽快な足音が聞こえてくる。
その音を耳にし、さっと青ざめる月島と、全てを理解した俺、その2人を見て何のことかわからず頭にハテナを飛ばす藤代。
そして、その音はぐんぐんと近づいてきて……。
「かーなーたくーーん!」
「ぐえっ!」
……月島にそのまま抱き着き、吹っ飛ばした。
今日もいつも通り、元気な奴だ。
ポニーテールが犬の尻尾のようにぶんぶんと揺れる。
「へへへー、彼方くんお待たせー!」
「まっ、待ってねぇ! っていうか俺の上から降りろ陽花!」
「もうちょっと! もーうちょっとだけ待って! 午前中で彼方くんエネルギー使い切ったから補充させて!!」
「やめろ、やめろってこのおバカ!」
ぺしぺしと頭を叩かれるも全く気にせず、頭をぐりぐりと胸元へと擦り付ける少女を前に、藤代がぽかん、としていた。
初めてこれを見ればそんな反応になるのもわかるが、そろそろ現実に戻ってほしい。
「水城、水城」
「あっ、綾崎先輩こんちゃーっス、相変わらず不健康そうな顔してるっスね、お肉食べてますかお肉!」
「ああ、食ってるよ」
「今度また彼方くんとボクと三人で焼き肉食べに行きましょーね!」
「そのうちな……でだ、藤代。俺が紹介したいって言ってたのは、こいつなんだ」
「は、はぁ」
そう、藤代に紹介したかったのはこいつだ。
藤代を月に例えるなら、まさに太陽。
押し倒した月島の上で笑顔を浮かべる、水城陽花という少女を……。