お隣さんと登校しよう
部屋の中に、目覚ましのアラームが鳴り響いた。
携帯を見ると時間は朝の7時、まだあと30分は寝ていられる時間だ。
もう一度布団にくるまり、二度寝を楽しもう……そう思った所に。
今度は携帯端末が着信を知らせるメロディを奏でだす。
布団から手を出し、表示を見ると……表示名は、藤代。
「……もしもし?」
『あ、やっと出た! おはようございます綾崎先輩、起きてますか?』
「……お前、なんで俺の番号、知ってんだっけ……」
『もうっ、寝ぼけてますね? 昨日の帰り際、連絡先交換しましたよね!?』
「そうだっけ……」
そうだったかな……そうだった気がしてきた。
そうだ……昨日の帰り際、今後不便だろう、ってことで交換したんだった。
そして、今日から。
『今日から一緒に登校するんですから、早く用意してくださいね?』
「……っふぁ、りょーかいりょーかい」
そう返事をすると、あくびを一つ嚙み殺しながら、通話を終了させる。
冷蔵庫から野菜ジュースを取り出して飲みつつ、これからしばらくは、毎日この時間の起床か……と思うと、少し体が重くなるのを感じた。
(早くカタをつけないと、大変な事になるぞ……)
俺の睡眠時間が……。
*
「それで、昨日言ってたことだけど、どうだ?」
「新しく友達作れーってやつですか?」
「そうだ」
「うーん……私、これでも結構友達、多いほうだと思うんですけど?」
「あー、別にお前に友達いないから作れ、って言ってる意味じゃないんだ」
これは、ちょっと誤解させてしまっただろうか。
藤代と2人で歩きながら、自分の言葉の少なさを反省する。
決してこいつに友達が少ないから作れ、と言ったわけではなく、真意はもちろん、別に存在した。
「それに、友達っていうなら綾崎先輩はもう友達みたいなものですよね?」
「まぁそうなんだけど、正直俺1人では厳しいというか」
「?」
「昨日の校門前でも思ったけど、お前の周り、相互で守り合うっていうか、そういうのないだろ?」
これは数日前から、ずっと気になっていたことだった。
普段の藤代の周囲には常は誰かしらがいるにも関わらず、『なぜか』近藤グループが現れると、波が引いたように人がいなくなるのだ。
近藤と藤代のカップルに気を利かせている……といった雰囲気でもないので、なんらかの意思が介在しているのではないか、と睨んでいる。
なので俺としては、できるだけ近藤たちが近づけない状況作りをしたい、というわけだ。
「俺だって、常にお前にべったり貼りついてられるわけじゃないだろ?」
「彼氏なんですから、べったり貼りついて周りを威嚇くらいするもんなんじゃ……」
「偽装な偽装。さすがにそこまでやると、将来のお前の彼氏さんに悪いからやめとくよ」
「ふーん……」
どこか面白くなさそうな表情をした藤代に苦笑で返すと、ぷいっと顔を背けられた。
これ以上笑うと本格的に拗ねてしまいそうなので、笑いを引っ込める。
「で、そんな状態の藤代に、一人紹介したい奴がいるんだが」
「えっ……綾崎先輩って、私以外に女の子の知り合い、いたんですか……!?」
「いるよ!?」
「い、イマジナリーフレンドってやつじゃなくてですか!?」
「お前、俺の事をなんだと思ってんの……」
「そんな……」と小さく呟きながら、驚愕の目を向けてくる。
もしかしてこいつは、俺がぼっちだとでも思っていたのだろうか?
全くもって失礼な話だ。
「……はぁ、まぁいいや、お前がいいなら、紹介したいんだけどどうだ?」
「どんな人か、にもよりますが……綾崎先輩が紹介したいっていうなら、変な人ではないんですよね?」
「うん、まぁ、変な奴では……いや、ちょっと、やっぱりかなり変かも」
「えぇ……」
「まぁでも、間違いなく悪い奴ではないよ、うん」
「わかりました、それじゃあ紹介してもらってもいいでしょうか?」
「りょーかい、今日の昼にでも連れて行くわ……あ、昼は中庭行けばいいのか?」
「はい、チャイムが鳴ったら、できるだけ早く来てくださいね」
「はいはい」
4時間目が終わったら、走らせてもらいますよーっと。
そう返すと、隣で藤代がくすくす、と笑い出した。
今の会話のどこに、そんなに面白そうな部分があったんだろう?
「なんだ?」
「いえ、なんていうか……今の会話、彼氏彼女っぽいなって」
「そうかぁ? 昼飯食おうぜーってだけの会話だろ?」
「くふふっ、それだけなんですけど、なんかそれっぽくないですか?」
「恋愛経験値0の俺にはよくわからん」
「はーっ、おっかしい。 まさか綾崎先輩とこんな会話、するようになるとはなぁ」
「そりゃこっちが言いたいよ、ついこの前までお前と話したこともなかったのに」
「ね」
ほんと、人生って不思議ね。
「……今も、周りの人から見たらそういう風に見えるんですかね、私たち」
「うーん、微妙……ただ一緒に歩いてるだけじゃね?」
「そっかー……それだと、金剛さんも勘違いしてくれませんかね?」
「近藤な、近藤……なら、その……あれだ」
「なんですか? 綾崎先輩にしては歯切れ悪いですね」
「うっせ……その、手でも、繋いでみる、とか?」
そういうと、藤代がぱちりと瞳を瞬かせた。
俺の言い出したことでそんなに驚いたのか、少し呆けたような、どこか幼さを感じさせる……まさに「きょとん」という擬音が似合う、そんな表情を見せた。
「な、なんだよ」
「まさか綾崎先輩からそんな提案が出るとは思わず、驚いていました」
「そりゃどーも……それで、どうするんだ?」
「すいません、クラスのみんなに噂されたら恥ずかしいのでお断りします」
「お前、さては演技するつもりないね?」
ノータイム! ノータイムでお断りされたよ……!
俺だって結構覚悟して提案したのにこの仕打ち、心に深い傷が残るわ……いや、だからってじゃあ繋ごうって言われても困るんだけど。
この関係が終わるころには、俺に消えないトラウマが残りそう……っ!
すると、隣からくすくす、と笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ、でもまぁ、これくらいならいいですかね?」
「あ、おいっ」
そういうと、上着の袖をちょこん、とつままれた。
なるほど確かに、この程度の接触なら可もなく不可もなく、それなりの関係に見えるか。
どこかちょっと初々しい学生カップル、と言われればそうかもねとなるかもしれない。
「ふんっ、綾崎先輩が私と手をつなごうなんて、100万光年早いんですからねっ!」
「そうだな、光年は時間じゃなくて距離だな」
そうして藤代に袖をつままれたまま、俺たちは学校へと向かうのだった。
途中、こちらを睨みつける視線を背中に感じながら……。