お隣さんと待ち合わせ
「というわけでゆーくん、今後の相談ですが」
「だからゆーくんはやめろっつーのに」
「失礼しました綾崎先輩、今後の相談ですが」
「……おお」
あの後、俺たちは一旦教室へ帰り、6時間目を受けた上で合流。
今はマンションの近くにあるファミレスで、共に夕飯を食べながら、今後の事を話し合っているところだ。
お互いお隣なんだからどちらかの部屋で話せば、と藤代は主張したのだが、それは丁重にお断りさせていただいた。
「それにしても……くふふっ、さっきの金剛さん? の顔、見ましたか綾崎先輩!」
「近藤な、近藤……見たよ、凄かったな……」
俺を睨みつける目がね!
そう、俺と藤代は早速、「偽装恋人作戦(仮)」をこの放課後から始めたのだ。
とりあえず今日は、藤代の『恋人というものは一緒に登校して一緒に下校するものらしい』という意見に従っただけだが。
そして俺もなるほど確かに、とその考えに同意し、それを実行したわけだが。
「これであっさりと諦めてくれるといいんですけど」
「どうだかなぁ」
むしろ逆に、しばらく面倒なことになりそうだけど……あいつら、なんか諦め悪そうだし。
やってきたハンバーグに手を付けながら、あの時の近藤の視線を思い出していた。
*
『それじゃあ綾崎先輩、授業が終わったら校門のところで待ってますね』
『お、おう……わかった』
『できるだけ早く来てくださいね、でも早く来すぎちゃダメですからね、タイミングですよ、タイミング』
『細かい! 注文が細かい!!』
「……はぁ……」
先ほど、別れ際にした藤代との約束を思い出し、思わずため息をついてしまった。
自分から言い出したことだし、助けてやりたいと思ったのも事実なので仕方のない事なんだが、これから起こることを考えると、割と気が重い。
さようなら、俺の平穏無事な学園生活!
「お前、5時間目サボったと思ったらなんでそんなに急に萎えてるわけ? なんかあったのか?」
「なんかあったというか、これからあるというか……」
「なんだそりゃ」
若干口を濁した俺に、どうせサボりがバレたんだろう、とさも愉快そうに月島に笑われた。
こちらの気も知らずにいい身分だな、チクショウ。
「そろそろか……じゃあ俺、今日は帰るわ」
「おー、また明日な、ちゃんとメシ食えよ!」
毎日毎日、妙に人の健康を気にする奴だ……そんな月島に「お前は俺のおかんか」と返して、教室を出るのだった。
そして向かうのは藤代との約束通り校門前、なのだが。
(ま、そうなってるよな)
予想通りというか、校門前には近藤にちょっかいをかけられている藤代が、つまらなさそうな顔で佇んでいた。
そしてこれもやはりというか、周囲は近藤の取り巻きががっちり固めているので、なんとなく声をかけづらい状況だ。
それにしてもあんな目立つ場所で、こんな時間に近藤と2人でいたら、さらに妙な噂が立つだけではないだろうか?
……あんな顔をした藤代を見て近藤と付き合っている、と噂を流すほうも流すほうだが、信じるほうも正直どうかと思うのだが……。
そう考えなおし、藤代の方へと歩いていくと、こちらに気が付いた藤代がつまらなそうな顔から一転、ぱっと花が咲きそうな笑顔を浮かべた。
「あっ! 綾崎先輩!」
「お、おう……待たせたか?」
実際これが漫画なら、きっと背景に花が大量に描かれただろう、そう思わせる笑顔を浮かべて駆け寄ってくる藤代に手を上げ、こちらも笑顔で返す。
俺……今、笑えていますか……俺の笑顔、不自然じゃないですか……?
なんとなくひきつった笑顔になっている気がして仕方がない。大丈夫か、俺?
それにしても、笑顔の藤代の隣で目を丸くする近藤とその仲間たちとの対比が凄い。
「いえ、私もさっき来たところで全然待ってません! それじゃあ帰りましょう♪」
「あっ! お、おい、藤し――――」
「もーっ、三葉って呼んでください、って言ってるじゃないですか、綾崎先輩!」
「おっ!? お、おお、そうだったな、み……三葉っ」
「はーい、それでは、帰りましょう!」
そう言うや否や、俺の隣にすっと並んだ藤代が歩き出したので、俺も合わせて歩き出した。
この藤代の一連の動きに驚いたのか、近藤たちが全く動けないでいる。
その気持ち、わかるぞ……俺だってクオリティの高すぎる藤代の演技に驚いている……これが全て演技だとわかっている俺だってこれなんだから、傍から見ている近藤たちでは見抜けないだろう。
女の子って怖い。
そう思い隣に並ぶ藤代に目線を向けると、ぱちり、と青い瞳を瞬かせたと思うと、可憐な笑顔を返してくれた。
やっぱり女の子って、怖い。
こんな関係を長く続けていたら、いつか女性不信になってしまう気がする……!
「どうしました、綾崎先輩? 笑顔がひきつってますよ?」
「や、女の子って怖いなーって……演技でその笑顔が出せるなら、俺はもう女の子を信用できないかもしれん」
「くふふっ、さーて、どこからどこまでが演技なんでしょうねー?」
「なんだよそれ」
人の顔を見ながら意地の悪い笑顔を浮かべる藤代に、小さくため息をついた。
そしてそのまま2人で帰ろうとしたところ。
「……って! ま、待ってくれ、三葉!」
……近藤に呼び止められた。
ちっ、あのまま固まっていればいいものを……。
「……なんでしょうか? あと、名前で呼ばないでもらえますか? 非常に不愉快です」
「……………っ!」
(うわ……)
そう言いながら振り返った藤代の表情は先ほどとは一転、ゾッとするほど冷えた瞳をしていた。
これはダメだ、この瞳を向けられていない俺ですら一瞬、寒気がした。
周囲の空気が少し下がった気がするのは気のせいだろうか?
「それで、なんの御用ですか? 私たちはもう帰ろうとしているところなのですが?」
「あ、いや……」
「用がないようであれば、これで失礼します」
ぺこり、と頭を下げると、「さ、行きましょ?」と言いながら、再度歩き出した。
その時にはすでに先ほどの吹雪でも吹いているのではないか? と思わせるほどの冷えた空気は霧散していた。
藤代は怒らせると怖い、それがよくわかった一件だったな……俺も気を付けよう。
「な、なんですか?」
そんな藤代をじっと見ていたことにどうやら気が付いたようで、やや視線を泳がせた後に、こちらを見た。
「いや、やっぱ藤代は屋上の時みたいに、普通に笑ってる顔が一番可愛いなって思って」
「!? な、なんですか急に!?」
「さっきの背景に花でも背負ってそうな藤代は凄かったけど、いつもの藤代の笑顔が俺は一番好きだぞ」
「そ、それは……どうも……」
「? 声が小さくて聞こえないんだけど?」
「~~~~っ! も、もうっ! 早く行きますよ、綾崎先輩! あと三葉ですっ!」
「いてっ!? お、おいっ、脇腹! 脇腹をつつくな!」
「ばーかばーか! 綾崎先輩のばーか!」
「小学生かお前は!」
少し早歩きになった藤代に合わせてこちらもペースを上げようとした時に、少し気になりちらりと後ろを振り返ると。
呆然とこちらを見る取り巻きの中に一人。
猛烈な怒りを湛え、今にも噛みついてきそうな目をした近藤が、俺を睨みつけていた……。