~宿屋にて~
仲の良さそうな二人の様子に私がモヤモヤした気持ちを抑えていると、そんな二人に女将さんが呆れたように声を掛けた。
「いくら幼馴染だからって、お互い仕事中に引っ付いてんじゃないよ!! 早くお客様を案内しな!!」
「酷いわ、母さん。折角久しぶりに会った若い二人を引き離そうだなんて!」
スズさんは頬を膨らませ、更にカズマ様にギュっと抱き付き女将さんに言い返した。
そんな二人を見て、居たたまれなくなった私は女将さんを見て言った。
「あ、あの私の事は、お気になさらないで下さいませ。部屋を教えて頂ければそれで…」
構いませんと言おうとした私の声に被せるように「鈴、離してくれ」というカズマ様の冷静な声が響いた。
「フォーサイス様、申し訳ありません」
「ちょっと、和馬。何で和馬が謝るのよ? それに、この子は誰?」
カズマ様に無理矢理引き離されたスズさんは納得いかない様子でカズマ様の腕を引く。
「この方は、ネイサン国のセレスティア・フォーサイス伯爵令嬢。俺の主であるグレース姫殿下のご友人だ」
「へぇ…お貴族様のお嬢様」
スズさんは目を瞬かせて私を見ると、気を取り直す様に小さく咳払いをして私に向き直った。
「ようこそ『浜の渚亭』へ!! お部屋にご案内しますね!!」
「あ、お願い致します」
「どうぞ、こちらへ」
スズさんは身を翻して階段に向かうと私の後に付いて来ているカズマ様を見て眉を顰めた。
「和馬?」
「フォーサイス様のお部屋の確認だ」
「ふうん?」
スズさんは私を一瞥して階段を軽やかに上っていった。
「フォーサイス様」
「はい?」
「申し訳ありません。鈴は幼い頃から私にべったりだったので、久しぶりに会えてはしゃいでしまったのだと思います」
スズさんの態度は、貴族に対しては無礼の域だったので、カズマ様はフォローしているのだとわかった。
私は気にしてないという様に首を横に振ると微笑んだ。
「仲良しの方と久しぶりに会ったのでしたら嬉しくて、はしゃいでしまうのは当たり前ですわ。私は気にしていません」
「…ありがとうございます」
幼馴染の美少女と再会…まるで少女マンガだなぁ。
となると、私は噛ませ犬、もしくは悪役っぽいポジションなんだけど…
そう考え、私は苦く笑った。
スズさんの後を追いかけ三階まで上がると広々とした部屋に通された。
「ここが、うちの宿の一番上等なお部屋。窓からは海も見えるよ。そっちのドアを開けた先が水回り。浴室とかはそっち。備え付けの物は自由に使ってくれて大丈夫。他に何かあれば、そっちの紐を引いてくれれば私か他の子が来るから気軽に呼んで。他に何か聞きたいこととかありますか?」
「…いえ、何かあったら聞きますので大丈夫ですわ」
「そうですか、ではごゆっくり」
スズさんはペコリと頭を下げると私の後ろで部屋を確認しているカズマさまをチラリと見て私に近づくと小声で言った。
「あの、お嬢様は和馬の恋人?」
「えっ!?」
「…違うみたいね、良かったぁ。じゃあ、私は仕事があるので」
私が驚いて聞き返すと、その様子を見てスズさんは納得したのかニコリと笑って頭を下げた。
「………」
えぇっと…今の、牽制…されたの、かな?
可愛い顔して抜け目の無い子だなぁ。
私は力を抜いてベッドに座るとカズマ様が首を傾げながら私の前に膝を付いた。
「フォーサイス様」
「はい?」
「鈴に何か言われましたか?」
「え、いえ…特には(牽制されただけで)」
「先程から、何やら落ち込んでいるように見受けられるのですが…」
心配そうに私を見るカズマ様の視線が優しい。
私は微笑んで「大丈夫ですわ」と言った。
「少し、疲れたのかもしれません(色んな事がありすぎて)」
「夕食はこちらに運びましょうか?」
「そう、ですね。そうして頂けると嬉しいですわ」
「では、そのように伝えておきますね」
「…カズマ様は、どちらに泊まりますの?」
「勿論、こちらに泊まります。護衛ですから」
カズマ様はそう言ってニコリと笑う。
笑うと少し幼く見えるカズマ様を見て「好きだな」という思いが沸いてきたが、口にはしない。
ただ、今はカズマ様が傍にいてくれることが嬉しい。
私は笑みを浮かべてお礼を言った。
「ありがとうございます。カズマ様」
「っ、い、いえ…」
カズマ様は頭を下げてそう言い、立ち上がり私を見下ろして笑った。
「女将さんに話をしてきます。こちらで休んでいてください」
「はい」
私が頷くとカズマ様は部屋を出て行った。
その背中を見送った私はそのままベッドに倒れ込み手で頬を押さえた。
「…笑顔、可愛すぎませんこと?」
脳内にニコリと笑ったカズマ様の顔が浮かび、私は丸くなり悶えた。
カズマは部屋を出て階段までやってくると胸に手を当てて深呼吸をした。
その顔は真っ赤になり、何とか平常心を保っている状況だった。
鈴のことを妹の様に思っているカズマの頭の中は、ネイサン国にいるときと変わらずセレスティアの事で一杯だった。