~港町にて~
船から降り立った私は揺れない地面に息を吐いて思い切り伸びをした。
「ふふ、ようやく来ましたわ!!【ヤマト国】に!!」
「お疲れ様です。フォーサイス様」
「カズマ様には本当にお世話になりっぱなしでしたわね」
揺れない地面にテンションが上がった私はいつもより大きな声を出してしまい恥ずかしくなり少し声の音量を下げた。
そんな私をカズマ様が微笑みながら見ていて何だか気恥ずかしい。
「それじゃあ、俺は先に統領の所に行ってるねぇ」
「ハヤテ様も、ありがとうございました。お世話になりました」
「いいよぉ、お嬢さん可愛いしぃ。俺も楽しかったからぁ」
間延びした声で、にこぉと笑うハヤテ様はこう言っては何だが可愛い気がする。
本当に隠密衆の人なんだろうか。
今は特徴的な黒一色の服装ではない為、余計にそう思ってしまう。
ふわふわとした黒髪が風に揺れ、右目の下に傷跡があるのが特徴の彼の纏う雰囲気は全体的に柔らかい。
船に乗る時に合流した彼はゆったり目の白い木綿のシャツに動きやすそうなこげ茶のズボンを履いていて、私は一瞬誰だか分からなかったぐらいだ。
「じゃあ、またねぇ」
「あぁ、後で顔を出すと伝えてくれ」
「はぁい」
カズマ様の言葉に頷いてハヤテ様は人ごみの中へ消えていった。
「さて、では我々も行きましょう」
「はい、お願い致します」
カズマ様オススメの宿が港の近くにあるらしく私はそこに滞在することになった。
「……すごい活気がありますのね(どこを見ても黒髪の方ばかり。落ち着くわ)」
「祭りの時などは、これ以上の人出になりますよ」
「まあ、お祭りですか?(屋台とか出るのかしら?)」
「ええ、屋台が通りを埋め尽くします」
「まあっ、そうなんですの!?」
思わずカズマ様の事を振り仰ぐと、何故かソッと視線を外された。
何でかしら?
「えー…っと、フォーサイス様。あちらが俺のオススメの宿で『浜の渚亭』です」
そう言って指差した方を見れば、可愛らしい印象の建物が見えた。
窓や扉の角が丸く削られていて、全体的に丸っこい。
「まあ、可愛らしいですわね」
「あー…建物はですね、宿屋の奥さんの趣味というか…女性陣の趣味といいますか…」
歯切れの悪い物言いに私はクスリと笑った。
確かに、この丸っこい感じは女性が好きそうだと思う。
「宿屋の主人は、この丸い感じとは真逆な感じの方なんですが、料理の腕は最高ですので」
「楽しみですわ」
料理の腕が確かなら、私はとても嬉しい。
【ヤマト国】の料理って事は『和食』みたいなものなのだから!!
「では、参りましょうか」
カズマ様にエスコートされて宿屋に向かう私達の姿が【ヤマト国】では奇妙に映るだなんて知らなかったのだ。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃいませ!!って、和馬ちゃんじゃないか!!」
「御無沙汰してます、お客様をお連れしたんですが泊まれますでしょうか?」
…和馬ちゃん!?
私は思わず吹き出しそうになり、唇を噛み締め、必死にお腹に力を入れて耐えた。
表情筋も総力を上げて全力で笑いを堪える。
「…フォーサイス様?」
「な、何でしょう…?」
プルプル震えて笑いを堪えている私を見下ろしてカズマ様がニコリと温度を感じさせない笑みを浮かべる。
「いつぞやは、笑ってしまって申し訳ありませんでした。ですので、笑っていただいて構いませんよ?」
「っ、ふふ…その言い方はズルイですわ…」
思わず吹き出してしまい、私はクスクス笑った。
婚約破棄をされた時の事を言っているのだと気付き、私はほんの少し前の出来事なのに何だか懐かしく感じてしまった。
婚約破棄されたおかげで【ヤマト国】に来れたのだから、心の中で少しだけ感謝しても良いかな。
「あらあら、随分可愛らしいお連れさんじゃないか!!和馬ちゃんの好い人かい?」
「こちらは、ネイサン国のセレスティア・フォーサイス伯爵令嬢です。ヤマト国に観光にいらしたので、その護衛ですよ」
「セレスティア・フォーサイスと申します。どうぞお見知りおき下さいませ」
「あらっ、まあっ、ご丁寧にありがとうございます。ネイサン国のお貴族様が、うちに泊まるので本当に良いんですかね?」
私の身分に驚いたのか、女将さんはオロオロと私とカズマ様を見比べる。
私は柔らかい笑みを浮かべて「私、ヤマト国のお料理が大好きで…こちらのご主人のお料理がとても美味しいとカズマ様に伺って、是非にとお願いしましたの」と言った。
私のその言葉を聞くと女将さんは嬉しそうに、パアッと顔を綻ばせた。
「ええ!!私が言うのも何ですが、うちの旦那の料理は本当に美味しいんですよ!!沢山食べてくださいね!!」
「楽しみにしていますわ」
「それじゃあ、一等上質な部屋に案内しますね。鈴!!いるんだろ、お客様を案内しておくれ!!」
女将さんはおきな声を張り上げて宿の中に声を掛けると宿の奥から若い女性の声で「はーい、今行くからちょっと待って!!」という声が聞こえた。
宿の奥が食堂を兼ねているようで、先程からお客さんの出入りが多い。
「鈴…帰ってるのか」
「カズマ様?」
親しげに呼ぶ名前に私が首を傾げると店の奥から軽やかな足音と共に若い女性が出てきた。
長い黒髪を後ろで一つに結び、白い肌に薔薇色の頬、桜色の唇は艶めいている。
一言で言えば、絶世の美少女である。ヒロインちゃんも裸足で逃げ出しそうだと思って美少女を見つめていると、その子は私を見た後カズマ様を見て、それは嬉しそうに破願した。
「和馬!!」
その子はカズマ様に駆け寄ると、そのままの勢いで思い切り抱きついた。
カズマ様は少し身体をよろめかせたが、その子を抱きとめて優しく笑った。
「久しぶり、鈴。元気そうだな」
「もー、和馬が来たならそう言ってよね、母さん!」
その子は、はしゃいだ声で女将さんを振り返り、甘えるようにカズマ様に寄り添った。
ど、どんな関係なんでしょうか。
何だか、胸の辺りがモヤモヤします。