~出発の前に~
カズマ様と一緒に宿屋に戻ると主人従業員が安堵したように出迎えてくれた。
私は「休みたいから」と挨拶もそこそこに切り上げて泊まっていた部屋に戻った。
「あら?」
部屋に入ると昨日と違った所があった。
昨日は私の荷物が置いてあるだけだった部屋の角に荷物が増えている。
「フォーサイス様、申し訳ありません。許可を頂く前に荷物を移してしまったのですが、今日からお部屋を一緒に致してよろしいでしょうか?」
いやいやいや、よろしい訳ないじゃない!?
無いよねぇ!?
私は素っ頓狂な声を上げそうになったのを何とか堪えて聞き返した。
「…何故、と聞いてもよろしいかしら?」
「私は護衛でありながら、隣室での所業に気付くことが出来ませんでした。万全を期すために同室で過ごすことを、お許し下さい」
ザッとその場に膝を付きカズマ様は真っ直ぐに私を見上げた。
黒い瞳が揺れている。
彼も分かっているのだ。
貴族令嬢に対して、突拍子も無いことを言っていることに。
だがそれ以上に私の護衛を果たせなかった自分に対して憤っているのかもしれない。
「今回は、私の知る相手でしたので何事も無く済みました。ですが、同じことが起こらないとも限りません。ご不快かと思いますが何卒お許しをいただけませんか?」
真っ直ぐにこちらを見つめる黒い瞳に私は直視することが出来ずに視線を泳がせた。
先程自覚した自分の恋心との折り合いがまだついていないのだ。
「フォーサイス様?」
「…わ、かりました。ご不便をお掛けしますが宜しくお願い致しますわ」
「はいっ!!」
パッと輝くような笑みを浮かべたカズマ様が眩しい。
私は両手で顔を押さえると小さく「よろしくお願い致します…」と言う事しか出来なかった。
その後、宿の主人の計らいで街の名物料理をご馳走してくれることとなった。
『串かつ』に『お寿司』美味しかったぁ。
こちらでの呼び方はそれぞれ違うが、分かりにくいので『日本語』で呼ぼうと思う。
お腹も膨れ私とカズマ様は食後のお茶を楽しんでいた。
それが『緑茶』で、懐かしさで涙が出るかと思ったわ。
二人で他愛の無い話をしていると部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。
カズマ様が立ち上がると扉に向かい誰何する。
「大将、俺ぇ。疾風だよぉ」
間延びした声にカズマ様は苦笑して扉を開ける。
「疾風、俺を『大将』だなんて呼ぶな」
「えぇ~、大将は大将だよぉ?」
目を瞬かせるハヤテ様の姿に私は仲が良いと小さく笑う。
「お嬢さんも、こんちわ~」
「今朝はお世話になりました。本当に助かりましたわ」
私は立ち上がり一礼するとハヤテ様は大仰に手を振った。
「いいよいいよぉ、畏まらないでぇ。俺、貧民出身だからぁ」
「疾風」
「大将の好い人にぃ、嘘つけないじゃん~」
好い人…その響きにちょっと舞い上がりそうになった私とは裏腹にカズマ様が真面目な顔を崩さず首を振った。
「フォーサイス様は護衛対象だ。そんな関係では無い」
ですよね。知ってました。
私は寂しい様な何とも言えない感情が胸に広がり、小さく苦い笑みを浮かべた。
カズマ様はグレース様に言われて里帰りを兼ねての護衛任務を受けてくれただけ。
勘違いしては、カズマ様に迷惑が掛かる。
「そうですわ、ハヤテ様。カズマ様はグレース様に言われて私の護衛を引き受けてくれただけに過ぎません」
「え~…まあ、二人がそう言うならぁ、いいんだけどぉ」
ハヤテ様は納得いかない様な顔をしていたが気を取り直したのか私を見て言った。
「今朝のアイツなんだけどぉ、ネイサン国に身柄を引き渡したよぉ。辺境の神殿に預けられてぇ、一生外には出さない厳重管理下に置かれるって引き渡した担当者が言ってたぁ」
「そう、ですか」
「何かぁ、さっき言ってたグレース姫様?が、激怒してるらしくてぇ、辺境に送っても身の安全が保証できないとか何とか?らしいよぉ」
ハヤテ様はそう言って「権力ある女の人って怖いよねぇ」とか言っていた。
国境の街である此処と王宮とでは大分距離が離れているが、どうやって今朝の話がグレース様まで届いたのだろうか?
私の疑問に気が付いたのかカズマ様が教えてくれる。
「フォーサイス様、此処は国境に隣接してますので魔導師が常駐しております。通信の魔法で王宮に事の次第を伝えたのでしょう」
成程、魔導師ね!!
この世界には、魔導師と呼ばれる人が存在する。
千人に一人か二人しかいない貴重な存在だ。
国はその人たちを保護し、育て、国に尽くしてくれるよう尽力する。
無理やり従わせようとしても、本人の意思に反するものは暴走に繋がる。
なので、基本的に国は彼らを囲い込む。
衣食住の保証は勿論、金銭の援助。
研究成果などによって平民でも叙爵、陞爵も行われる。
平民出身の魔導師にとっては大出世である。
彼らは日夜、研究や鍛錬を欠かさない。
そして国境周辺などの情勢に左右されやすい所には魔導師が配備される。
いち早く国の中枢が、異変を察知できるようにだ。
今回も魔導師が常駐している国境の街だったので対応が迅速に行なわれたのだろう。
何より、ネイサン国の貴族である私をヤマト国の隠密衆が拉致したということが公になったら外交問題に発展する。
下手したら渡航の中止。拗れたら国同士でいがみ合う結果になっていたかもしれないと改めて気付かされ私は深く溜息を吐いた。