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~ピンチ~


何故ここにワーグナー様…いえ、彼は放逐されたんでした。

ケント様がいらっしゃるのかわからず私は首を傾げながら言った。


「ごきげんようケント様。このように見苦しい格好で失礼しますわ」


手足を縛られたまま小さく頭を下げるとケント様はやけに熱っぽく私を見つめていた。


「今の性質とは何のことだ?」

「何でもありませんわ、お気になさらないで下さいませ」



前世の事なんて言えるわけがありませんし。



「ティア…」

わたくしと貴方との婚約は破棄されております。そのように親しい間柄でしか呼ばない名前で呼ばないで下さいませ」


家族や親しい友人しか呼ばない愛称で呼ばれ、私は顔を顰めた。

婚約者であった時は呼ばれても平気だったが、既に婚約者でもない相手に愛称で呼ばれるのは不快だった。


「俺とティアの間じゃないか…婚約者でなくなっても幼馴染だろう?」


確かにその通りなのだが、同じ幼馴染で彼の兄であるシリウス様はあの一件以降私のことを愛称で呼ばなくなった。

責任を感じているのだろう。それなのに、目の前の男は反省しているようには到底見えない。


「それより、これはどういうことですの? 貴方の差し金かしら?」


私は彼の言葉を頭から無視して縛られた手をわざわざ見せるように持ち上げて首を傾げた。

縄で擦れて赤くなっている手を見て、彼は私に近づくと私の手を取った。


「あぁ、赤くなって可哀想に…」

「人の話を聞いてます? これは貴方の差し金ですの?」


私が再度問えば彼は熱に浮かされたように私を見て頷いた。


「そうだよ、ティア。どうしても君を手に入れたくて」

「…何を、おっしゃってますの?」



手に入れる?

何を言っているのだろうか。



「君を手に入れたら僕は貴族に返り咲ける…伯爵家の人間になれる」


グッと肩を強く引かれ私の目を覗き込むように彼は言った。

その瞳に微かな狂気が見え、私は息を飲んだ。


「…既にわたくしとの婚約は破棄されてますわ」

「破棄されていても、一つだけ方法があるじゃないか…」


彼はうっとりと、そう言って私の頬を指の背で撫でた。

その感触が気持ち悪い。


「触らないで下さいませ、貴方のしていることは犯罪ですわよ」

「君だって本当は俺のこと愛しているんだろう?」

「は?」

「【ヤマト国】に『傷心旅行』に行くって聞いたんだ」



確かに周囲にはそう言った。

簡単な理由付けとして。



実際には『傷心』なんて一切していない。

婚約者として好きだったかと言われても正直幼馴染の延長上の好意しかなかった。

いわば兄妹みたいな存在だ。

家族としては好きだけれど男女間の好きとは違う。


それは彼も同じだと思っていた。



「ただの理由付けですわ。私は【ヤマト国】に行ってみたいだけ」

「…強がらなくて良いんだよ、ティア」

「強がっていませんし、この縄を外していただけません?」


彼の瞳の熱が高まっている気がして私は意識を逸らせようと縛られたままの手を目線で示して言った。

彼はチラッと縄で縛られた手を一瞥して首を横に振った。


「それは出来ない」

「あら、どうしてかしら。わたくしの様なひ弱な令嬢に何が出来るのかしら?」

「これからすることに、君は暴れると思うから」


そう言い、歪んだ笑みを浮かべた元婚約者の姿に私は寒気がした。



この男、私を無理やり手篭めにするつもりだ。

貴族の令嬢としてだけでなく、女としてそれは最悪の事態だ。



そう悟った私は掴まれている肩を、身体を捻って振りほどいた。


「触らないで」

「大丈夫、怖くないから…ね?」

「嫌です、貴方なんてお断りです。近づかないで!!」


縛られた身体で後ろに下がるが、あっという間に距離を詰められる。


「あの騎士は助けに来ないよ」


そう言われ私はキッと睨み付けた。

知らないくせに。


この旅の道中、彼は私の事をずっと守ってくれていた。

優しく見守ってくれていた。

そんな人が、助けに来ないわけがない。



「勝手なこと言わないで」

「ティア…もしかして、あの騎士が好きなの?」


男の言葉に私はピタリと固まった。


え、好き?

好きって、誰が?


え、私?

私が、彼を?


男の言葉が脳内に染み渡り、言われた意味を理解した私はカッと顔に血液が集まるのが分かった。



え、私…カズマ様の事が好きなの!?



頭の中に浮かぶのは、穏やかな笑みを浮かべる黒髪の騎士の姿で私は小さく震えた。


た、確かに優しいし、格好良いし、穏やかだし何よりグレース様の護衛騎士というステータスの持ち主だけれど。


顔の火照りは治まらず、私は視線をウロウロと彷徨わせる。

そんな私の様子を見てケント様は面白くなさそうに私を見下ろしていた。

その瞳には暗い色が浮かんでいて、思わず息を呑む。


「そっか、ティアは俺を裏切るんだね…」

「いえ、先に裏切ったのは貴方の方でしてよ」


何を人のせいにしようとしているのだろう、この男は。

私が冷静に言い返すとケント様は私の肩を掴んで地面に押し倒した。


「っ!?」


思わぬ行動に息を呑む。

ギチギチと肩を掴んだケント様の手に力が込められ爪が肩に食い込む。

痛みを堪えてケント様を睨み上げると、無理やり口付けされそうになり顔を背けて出来る限り暴れた。



縛られてさえいなければ、急所を蹴り上げてやったのに!!



私は覆いかぶさってきたケント様から逃れようとジタバタともがいていると、パラッと天井から土埃が落ちてきた。

反射的にそちらを見上げると、昨日ぶりに見る黒い瞳と視線が合った。


目の合った一瞬で、安堵が胸いっぱいに広がった

瞳が潤み彼を見つめると、何かを堪えるように唇を引き結んだカズマ様が天井から身を躍らせて私に覆いかぶさっていたケント様の側頭部を蹴り飛ばした。


グルンと白目を向いて壁に向かって吹っ飛んで行った姿を呆然と見送る。


「…さない」

「カズマ様?」


何やら低い声でカズマ様が言う。

その背中から隠しきれない憤怒のオーラが吹き上がる。

思わず声をかけたが、聞こえていないのか壁にぶつかって伸びているケント様にツカツカと歩み寄って行った。


「大丈夫ぅ、お嬢さん?」

「へ?」


背後から声を掛けられると同時に背中で縛られていた縄がプツンと切られて地面に落ちた。


「か弱い女の子を縛るなんてぇ、最低だねぇ」

「あ、あの…? 誰ですか?」


縄を切り落としてくれた黒装束の人物が手早く足の縄も切り落としてくれる。

そして改めてこちらを見てへにゃりと笑う。


「俺は、疾風はやて。はじめましてぇ、お嬢さん」


そう言って緩く笑う男の姿を私は再度見直す。


動きやすいように細身に作られた黒い服。

手に持つ特徴のある刃物。


そう、その姿は忍者と呼ばれる者の格好に酷似していた。



「は、はじめまして。セレスティア・フォーサイスと申します。助けていただいてありがとうございます」

「いいよ、いいよぉ。俺は大将に付いて来ただけだからぁ」

「大将…ですか?」

「そぉそぉ…大将、その辺で止めときなってぇ。お嬢さんの手当てが先ぃ」


『手当て』というワードに反応したのか、カズマ様は胸倉を掴み上げていたケント様をその場に放り出し私の傍に寄ってきた。


「フォーサイス様!! お怪我を!?」

「いえ、怪我というほどでは…」

「擦過傷程度で良かったねぇ」

「疾風!! 紛らわしい言い方をするな!!」


カズマ様がそう怒鳴るとハヤテさんはヘラリと笑う。


「だってぇ、あのまま大将放っておいたらさぁ。あの伸びてる奴死んじゃうかもって思ったからぁ」

「………」


ハヤテさんの言葉にカズマ様は黙り込んだ。

…否定しないんだ。


「フォーサイス様、他に痛い所とかはございませんか?」

「大丈夫です。何もされてませんですし」

「おぉ、ギリギリアウトかと思ってたけどぉ。良かったねぇ、大将」

「…申し訳ありません。私が傍にいながら、このような事になり」


カズマ様は悔やむように言い、深く頭を下げた。


「そんな、カズマ様は悪くありません」

「いえ、護衛として情けない次第です」

「いやぁ、それを言ったら俺も悪かったよねぇ」


そう言ってハヤテさんも頭を下げた。


「…どういうことです?」


何故、ハヤテさんが謝るのかが分からない。

私が首を傾げるとハヤテさんがあっけらかんと答えた。


「俺達はぁ、隠密衆って呼ばれてて【拉致】【監禁】【拷問】【暗殺】とかぁ、人に言えない仕事を生業なりわいにしてるんだけどぉ」


ハヤテさんはそう言って困ったように頭を掻いた。


「一部の奴らが勝手に依頼を受けてぇ。お嬢さんの誘拐に手を出したんだぁ」

「本来であれば、隠密衆は統領から指令された依頼しか受けない」

「いるんだよねぇ、自分の腕前に自信があるからか知らないけどさぁ。勝手に暴走するやつぅ」

「その暴走した一部が、あの男の依頼を受けてフォーサイス様を攫ったのです」

「あ、その暴走した奴ら、捕まえたから安心してねぇ」


そう言って、ハヤテさんはニコニコ笑う。

そんな彼の背後にも冷たい気配が漂っており、なんと言うか…被害者だけど暴走した人たちに同情してしまう。


「そう、ですか。わかりました。お二人とも、助けていただいてありがとうございます」


私が微笑んでお礼を言うとカズマ様は小さく頭を下げ、ハヤテさんはにこぉと笑った。


「疾風、あの男はお前に任せる」

「はいよぉ、任されたぁ」


カズマ様はそう言って立ち上がると私をソッと立たせてくれた。


「宿屋に戻りましょう。お疲れでしょうし、出発は明日に致しましょうか」

「そうですね…何だか疲れました。出発は明日にしましょう」


私はカズマ様に手を引かれて倉庫を後にした。

その際、壁際で伸びているケント様を一瞥したが、何の感情も浮かばなかった。


彼と私は、もう会うことも無いだろう。


「…さようなら」


私が小さく呟くと手を引くカズマ様の手にキュッと力が込められた。

それに気付かない振りをして私はカズマ様を見上げて言った。



「カズマ様、お腹が空きましたわ。この街の名物料理とかありませんの?」

「…それでしたら、海産物を油で茹でた物や、イーネの上に魚の切り身を乗せた物などがありますよ」

「まあ、美味しそうですわ、是非食べたいです」



私が明るくそう言えばカズマ様も微笑み頷いてくれた。


旅にトラブルは付きものですものね。


気を取り直して参りましょう!!





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