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人間嫌いの精霊王  作者: 卯月ほのか
序章
2/13

旅立ちの日

「待ってろ。今、ガレキをどけてやる」


金髪の男のひとは、そう言って、おれの上に積もったガレキをどけてくれた。押しつぶされていた身体がかるくなって、呼吸が楽になる。けど、身体があちこち痛くて、指いっぽんも動かせなかった。


「無理するな。手当てしてやるから、おとなしくしてろ」


何本かのビンと、小袋と、包帯。おれの目の前に、いろいろなものが並べられていく。


なにがあったのか、そのひとはおれに訊かなかった。ただもくもくと、おれの手当をしてくれる。

目の前でバラバラになっている死体も、ガレキに埋まったほかの仲間も、ほったらかしのままだ。その意味を、おれもわかっていた。


この孤児院で、生きているのはおれだけなんだ。


すこしまえまで、みんな元気だったのに。みんなで笑ってたのに。

みんなの顔が、おれの頭のなかに浮かぶ。最後に見た、ニナねえちゃんの顔も。おれが思い出したのは、いつもやさしかった、笑顔のニナねえちゃんじゃない。


涙と血で汚れて、うつろな目をした、首だけのニナ姉ちゃんだ。


「っ……ふぐ、ぅ……っ」


目のまえには、盗賊の死体。そのうしろには、ニナねえちゃんたちの死体。ガレキのしたには、仲間たちの死体がある。


叫びたかったけど、声が出なかった。息が詰まって、吐き出せない。口のなかは血の味がするし、鼻にも血が詰まってる。腹から吐き気がこみあげてきて、のどの奥からすっぱい臭いがした。


「落ち着け。なにも考えるな」


おだやかな声が、おれの耳に響く。


その声にはっとして目を上げれば、すぐ目の前には手ぬぐいがあった。

びっくりして目を閉じると、濡らした手ぬぐいで、おれの顔がぬぐわれた。血とか涙とか鼻水とかよだれとか、いろんなものがさっぱりする。

それから、そのひとはおれの口に小さいビンを近づけた。身体を抱き抱えて起こしてくれて、飲みやすいように支えてくれる。飲み終わると、身体の痛みがだいぶ楽になった。


「あ……ありがとう」


あんなに出しづらかった声が、ちゃんと出せた。口のなかの傷も治ってる。

飲ませてくれたのは、ポーションだったのかな。信じられない気持ちだったけど、それでもやっとお礼を言った。


男のひとは、にっこり笑ってうなずいてくれた。

その顔があんまりにもやさしくて、たのもしくて、こわばっていたおれの気持ちがゆるむ。


「俺はクリス。クリストファー・リード。おまえは?」

「あ……おれ、リオ、です」


おれには、ファミリーネームはない。

赤ん坊のころに捨てられて、ずっと孤児院で暮らしてきた。親の顔なんて知らないし、この名前だって、孤児院でつけてもらったものだ。

この孤児院のみんなが、おれの家族だった。この街のみんなが、おれたちを育ててくれた。


ふと、おれの頭のなかに、盗賊が言っていたことがよみがえって浮かんできた。

孤児院は全滅だ。だけど、街のみんなは?


(……孤児院に攻めてきたのは、盗賊の一部だって言ってた。それなら、残りは街を攻めてるはずだ!)


この街のひとたちは、争いごととは縁がない。

けど、街は孤児院よりもひとが多いし、建物だって多い。農具には、武器になりそうなものもある。盗賊たちに襲われたら、戦えなくても抵抗くらいはしているだろう。

まだ、間に合うかもしれない。


「クリス、さん! あ、あの、助けてくれて、本当にありがとうございます。それで、あの……、お願いします! 街を、街を助けてください……!」


孤児院を守る力もなかったおれに、盗賊と戦う力なんてない。だからおれは、迷わずクリスさんにお願いをした。

おれを殺そうとしてた盗賊を、簡単に倒してくれた。このひとなら、きっと街を助けてくれる。


「おねがいします! 街に盗賊が……街を、街を助けて!」

「落ち着け。焦らなくていいから」

「でも……でも、急がないと、街が……っ」


あせってばかりで、気持ちがコントロールできない。

こんなお願いの仕方をしたら、機嫌を損ねてしまうかもしれない。

でも、どうしたらいいかわからない。


慌てるばっかりのおれに、そのひとはぽんぽんと優しく背中をたたいて言ってくれた。


「街を襲っていた盗賊は、もう全員片付けてある。大丈夫だから、落ち着け」

「……っ、え」


目をぱちぱちさせるおれを、そのひとはまっすぐ見つめ返してきた。

透き通った青い瞳は、嘘をついているようには見えない。


それでも信じられなかった。

盗賊たちが何人いたのか知らないけど、ひとりで片付けることなんてできるんだろうか。


信じられないものを見る顔をしていたおれを、クリスさんは抱き上げてくれた。

ことばで説明するより、実際に見せたほうがいいと思われたんだろう

そのまま孤児院を出て、街のなかを歩いていく。


道を歩いていくと、何人かの死体があった。

盗賊のものだけじゃない。見覚えのある、街の人のものもある。


「見なくていい。ちゃんと皆のところに連れてってやるから、目を閉じてろ」


クリスさんはそう言ってくれたけど、おれは首を横に振った。

孤児院は壊滅だ。攻め込まれたときに壊されたうえに、よくわからない爆発が起きて、もう建物自体がぼろぼろだ。だから、孤児院の外がどうなっているのか、すこしでも知っておきたかった。


そう思って目を凝らして見ると、街はもうぼろぼろだった。

畑は踏み荒らされて、牛も羊も何頭も死んでいた。たてこもって抵抗したんだろう、扉が壊された家がいくつもある。火をつけられたのか、煙があがっている家もあった。


「……ひどい」

「俺がこの街に通りかかったときには、もう襲われている最中だった。……俺が来るのが、もう少し早ければ良かったな」


クリスさんの話を聞きながら、おれは道にころがる死体や壊れた街並みをじっと見た。

数時間前までは、いつもの景色だった。平和で、おだやかな街だった。それが今は、見る影もない。


(……どうしてこんなことになったんだろう)


ほんの数時間で、なにもかもが変わってしまった。

いろんなものが失くなってしまった。

目を閉じることもできなくて、おれはただ、クリスさんの服をぎゅっと握っていた。


「……街のひとたちは、みんな死んじゃったんですか? 生き残ったひとは……」

「いるよ。高台に、大きな建物があるだろ。そこに集めて避難させてる」


クリスさんは、おれを片手で軽々と抱いて、反対側の手で指をさした。

高台にあるのは、集会所だ。


この街の住人はもともと、そんなに数が多くない。生き残っていた人ぜんぶが入っても、余裕があるくらいだ。

でも、家の戸を開けたら、みんながおれたちに集まってきて、さすがにぎゅうぎゅうになった。


「おお、リオ! 無事だったか!」

「リオ。おまえは助かったんだな。助けに行ってやれなくて、すまなかった」

「ケガをしてるじゃないの! 痛みは? 我慢しないで、ちゃんと言うのよ」


テックじいちゃん、ヒディックおじさん、ドリーおばさん。

顔なじみのひとたちが口々に言いながら、おれの手を握ってくれたり、頭を撫でてくれたりした。


無事なひとたちがいて、よかった。

おれの無事を喜んでくれるのと同じように、おれも嬉しかった。

けど、続けられた言葉に、おれの身体はすくんでしまった。


「ねえ。孤児院は、ほかのみんなはどうしたんだい? 助かったのは、あんただけなのかい?」

「大きな爆発があっただろう? あれはなんだ? 盗賊たちがやったのか?」

「ニナは? なあ、ニナはどうしたんだ」


答えることができなかった。

あの爆発がおこるまでは、孤児院のみんなは生きてはいた。ひどい目にはあっていたけど、それでも生きてはいたんだ。

爆発が起きて、みんな死んでしまった。けど、あの爆発がなんだったのか、おれにもわからない。


ニナねえちゃんのことを訊いてきたのは、ラグにいちゃんだ。この街では数少ない、若い男のひと。ニナねえちゃんと仲良しだった。


「なあ、リオ! ニナは……!?」


ラグにいちゃんが、おれの肩をつかむ。

ニナねえちゃんの姿が、おれの頭のなかによみがえる。盗賊たちに乱暴されてたニナねえちゃん。血まみれで、うつろな目をした、首だけのニナねえちゃん。

真剣な顔で訊いてくるラグにいちゃんに、おれはなにも言えなかった。


「リオ……っ!」

「………っッ」


泣きそうになった。ラグにいちゃんは、おれを責めているわけじゃない。それが分かっていても、ラグにいちゃんの手から逃げたかった。

おれがひとりだけ、生き残っている……その事実から、逃げたかった。


けど、逃げられない。孤児院でおこったことをきちんと説明しないといけない。


わかっていてもことばが出せなくて、目の前が涙でゆがんでいく。

息ができない。


「ひ……ぅ……っ」

「リオ! 泣いてる場合じゃ……」


おれの肩をつかむラグにいちゃんの手に、力がこもる。

いつもニナにいちゃんと並んでいて、笑っていた、やさしかった、ラグにいちゃん。今はじめて、ラグにいちゃんが、こわいと思った。


「おい。……少し待ってやれ」


声といっしょに、おれの肩をつかんでいた手の感触がなくなる。

ラグにいちゃんを止めてくれたのは、クリスさんだった。おれをかばうみたいにして、抱き込んでくれている。


「この子は、孤児院のたった一人の生き残りだ。そうやって追い詰めるな」

「っ……でも、孤児院でなにがあったのかは、リオしか知らないだろう!?」

「それは俺が説明できる。それでいいだろう?」


自分で話さなくていいことに、ほっとしていた。

でも、クリスさんが孤児院に来てくれたのは、爆発のあとだ。爆発のことや、盗賊たちが死んでいたことを、どういうふうに話すんだろう。

急に不安が押し寄せてきて、おれはクリスさんの青いマントをぎゅっと握った。


「俺は、街に攻め入っていた盗賊を始末したあと、孤児院に向かった。そこで、ちょうど爆発がおきたんだ。抵抗が激しくて、盗賊たちが焦れたんだろうな。残骸を見れば、盗賊たちが爆弾石を仕掛けて、孤児院を爆破したんだとわかる。孤児院の子達は、その爆発に巻き込まれたんだろう」


「……え」


うそだ。

盗賊たちは、おれたちを殺していない。

孤児院はめちゃくちゃに壊されて、おれたちも叩きのめされたけど、そのときはまだ誰も死んでいなかったはずだ。爆発がおきて、たぶん……その爆発で、みんなが死んだんだと思う。

あれが盗賊たちの仕業のはずがない。だって、盗賊たちも爆発で死んでるんだから。


反射的にクリスさんを見上げたおれの口は、クリスさんにふさがれた。

おおきな手のひらでおれの口を覆ったクリスさんは、おれの目をじっと覗き込んでいる。


……たぶん、黙っていろということだろう。


「い……生き残ったのは、リオだけなのか?」

「この子もガレキに埋もれて、ひどいケガをしていたがな。運が良かったんだろう」


ラグにいちゃんが、信じられないものを見る目で、おれを見ている。

その視線から逃げたくて、おれはぎゅっと目をつむった。そんなおれを隠すようにして、クリスさんがマントで包んでくれている。


ラグにいちゃんが不審に思うのは、無理もない。

たったひとり生き残ったなんて、どうしたって怪しい。全滅のほうが、不思議がない。

けど、おれだって、どうして自分だけ生き残ったのかわかんないんだ。


「やめんか、ラグ。すまんな、リオ。そして、旅の方」


必死に詰め寄ってくるラグにいちゃんを止めてくれたのは、テックじいちゃんだった。

テックじいちゃんは、おれとラグにいちゃんの間に入って、俺のほっぺたを撫でてくれた。じいちゃんの手は、かさかさしていて、あったかかった。


「リオ。おまえもつらい思いをしたじゃろう、顔が真っ青だ。かわいそうに、思い出させるような真似をして、すまんかった」

「………っ」


テックじいちゃんのことばに、こらえていた涙がこぼれた。

ぐすぐすと鼻をならしはじめたおれの頭を撫でてから、テックじいちゃんはクリスさんに向き直る。


「改めて、お礼を申し上げる。本当に、あなた様が来てくださらなかったら、わしらは今頃どうなっていたか……」


そういって、テックじいちゃんが深々と頭を下げた。街のひとたちも、続けて頭を下げている。

おれもあわてて、クリスさんに抱かれたまま頭を下げた。

それからテックじいちゃんは、目を伏せて話を続ける。


「あなた様が剣を振るう様は、本当に凄かった。わしらも農具を構え抗戦したが、叶わんかった。数は盗賊どもより勝るといっても、年寄りばかりじゃからな。若者は少ないうえに、戦い慣れもしておらん。それを……あなた様は、たったひとりで、瞬く間もなく斬り伏せていったのじゃからな」


そう話すテックじいちゃんの目は、信じられないものを見るようにクリスさんに向けられていた。


テックじいちゃんの気持ちは、よくわかる。おれだって、クリスさんが来てくれたときは、神様が現れたと思ったもん。


「本当に、助かりました。……じゃがこの街は、もうおわりじゃ。もともとここは、年寄りばかりの街じゃ。孤児院のこどもたちがみな死んだとなれば、この街に生き残った若者は、このラグのみ。これでは、復興にかけられる力はない」

「……そんな」


街のひとたちを見回せば、みんな顔を伏せている。悔しそうな、悲しそうな顔をして、涙を流しているひともいる。

けど、テックじいちゃんのいうことに、反対するひとはいなかった。

家も畑もめちゃくちゃだし、家畜もほとんど殺されている。ここから復興するには、人手もお金も必要だ。そんな資源は、この街にはない。


「それなら、どうするつもりだ?」

「あなた様がリオを連れてくるまでに、みなで話しておりました。我々は、近隣の村へ移住を考えております。それぞれ、縁者を頼るつもりでおります」


この街の近くには、ちいさな村がいくつかある。それぞれの村から、すこしずつ人があつまってできたのがこの街だから、この街のひとはどこかの村に親戚がいる。


けど、孤児のおれに、縁のあるひとなんていない。


(……おれは、どうしたらいいんだろう)


「リオ。おまえはどうする?」


行く場所がない。青ざめた俺に、テックじいちゃんが声をかけてくれた。

けど、どうしたらいいのかなんて、わからない。


自分がなんの役にも立たないことくらい、自分でもよくわかってる。

畑を耕すにしたってクワの重さに負けるし、力もないから馬も牽けない。この街のひとは、ちょっとした手伝いしかできなくてもありがたがってくれてたけど、それはおれが育って大きくなれば役にたつからだ。

今のおれじゃ、ほかの村のどこに行ったって、厄介なのに決まってる。


おれがどうしたいかなんて、言える立場じゃない。


うつむいて黙り込んだおれを救ってくれたのは、今度もまた、神様からの一言だった。


「こいつの行き場所がないなら、俺が引き取らせてもらう」

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