神様との出会い
※この小説では、暴力・残酷描写が、あたりまえのように出てきます。苦手な方はご注意ください。
大切なものは、みんな奪われた。
仲間も、ともだちも、住む場所も。
絶望にうちひしがれた、そのときに。
手を差し伸べてくれたあのひとは、神様みたいに見えたんだ。
◇ ◆ ◇ ◆
ロジットの街。
大きな街道からはずれたところにある、ちいさな田舎街だ。
街のはずれにある孤児院には、周辺の村からひきとられたみなしごが集められている。年寄りばっかりのこの街では、孤児だって大事なはたらき手だ。おとなもこどもも、助け合いながら暮らしてきた。
これといった名産もない。王都のにぎやかさも、大都市でおこる事件も関係ない。
平和な街の、はずだった。
そのはずなのに。
今、おれの目の前には、死体がごろごろころがっている。
吹き飛んで木っ端になった、木作りの家具。崩れた石壁はガレキになって、床を覆いつくしていた。
積み重なったガレキのすき間からは、血まみれの手や足が生えている。ぴくりとも動かないその手足は、かつて、おれの家族だったひとたち。孤児院の仲間たちだったものだ。
おれの身体も、ガレキに埋まっている。這いつくばったまま、どうにかがんばってあたりを見回す。それでも、おれの視界には、動くものはなにも映らない。
孤児院は壊れた。仲間たちはみんな死んだ。
(……どうして。どうして、こんなことになったんだ……)
ほんの一時間まえまで、街は平和そのものだったはずだ。
いつものように、朝起きて、ごはんを食べて、洗濯や掃除なんかをして。昼からは、街で農作業を手伝ったりした。今年は天候が悪くて、作物の実りがあんまり良くない。年々乏しくなっていく収穫を見て、すこし不安になってきていた。
いつもと違うことがおきたのは、農作業のお礼に分けてもらった野菜を抱えて、孤児院に帰るときだった。
街に、十数人の男たちが入ってきた。
普段は見ない顔。ぼさぼさのヒゲと髪。汚れた鎧とブーツと、背中には矢筒。手には、弓と……抜き身の剣。
平和なこの街で、盗賊や山賊なんて、いままで見たこともなかった。
だから、こどもはもちろん、おとなたちも、なにもできなかった。
おれたちは、必死で孤児院まで逃げたけど、なんの意味もなかった。
木でできたドアはすぐに破られたし、窓も割られて、あっというまに侵入された。
おれたちも暴れたけど、すぐにつかまって、殴られて、叩きのめされた。
動けなくなったおれの目のまえで、男たちはやりたいほうだいだった。
つぼやかめが割れる音。イスやテーブルが叩き壊される音。奴らはなにもかも壊して、奪いとっていった。
ものだけじゃない。
やつらは、おれたちの中から、女の子だけを引っ張りだした。女の子たちの叫ぶ声が、響いた。
いつも元気に笑ってた、仲間たちの叫び声。こんな声は、聞きたくなかった。
やめさせたかった。抵抗したかった。けど、おれの身体は動かない。口の中が切れて、鼻血も出てて、声も満足に出なかった。
もがくだけのおれの目の前で、女の子たちが奴らに組み敷かれていく。だんだん叫ぶ声がちいさくなって、とぎれとぎれの悲鳴だけが聞こえてくる。
涙がにじむおれの目が、ひとりの女の子の目とあった気がした。
ニナねえちゃんだ。孤児院ではいちばん年上で、いつも笑顔でいたニナねえちゃん。みんなにやさしくて、よく世話を焼いてくれていた。わりと美人で、背中まで伸ばした茶色の髪はサラサラで、街の男のひとたちからも人気があった。
そんな、ニナねえちゃんが。
男に乗られて、足を開かされて。何度も、なんども身体を突き上げられて。そのたびに悲鳴をあげて。見たことのない怯えた顔で、涙でぐしゃぐしゃになったニナねえちゃんの目が、俺の目とかちあった。
そう思った瞬間。
おれの視界が、まっしろにはじけた。
(……なにが、あったんだ……)
視界がまっしろにはじけたあと、おれは気絶していたみたいだ。
気がついて、目をあけたら、この状態だった。
「だ……だれ、か」
目の前にごろごろころがっている死体は、盗賊たちと女の子たちだ。血まみれで、手も足も頭もばらばらだから、まちがいなく死んでる。
そのなかに、ニナねえちゃんの頭もあった。
うつろな目で、もうなにも見ていない、ニナねえちゃん。血と涙に汚れたその顔を見て、涙と嗚咽と吐き気がこみ上げてきた。
「……だれ…か、だれか……っ」
ガレキに埋もれている仲間たちは、身体の一部分しか見えない。もしかしたら、おれとおなじように生きてるかもしれない。
だれでもいい。なにがおきたのか、説明してほしい。
近くにあるガレキに手を伸ばそうとするけど、身体が重くてうまく動かない。息もくるしくて、頭がぼんやりする。動かなきゃいけないと思うけど、おれの指は床をひっかくだけだった。
「……だれ、か……たすけて……」
「なんだ、こりゃあ!?」
おれの声にかぶさるようにして、男の声が響いた。
街の人が、来てくれたのか。孤児院以外にも盗賊は行ったはずだけど、きっと退治できたんだ。よかった。もう大丈夫だ。
そう思ったおれは、顔を上げて声の主を見る。
「なんだ。生きてやがるのか、このガキ」
「……ひっ」
声の主は、街の人じゃなかった。
孤児院をおそったやつと、おなじような格好をしている。着ている鎧も、手に持った剣も、まだあたらしい血で汚れていた。盗賊の一味だ。
「でっけえ爆発があったから、何かと思えば……。こっちに来てた仲間は全滅だな。生きてるのは、てめえひとりか」
「う、ぐっ」
男はおれの髪の毛をつかんで、力任せに上を向かせる。身体のほとんどがガレキに埋まってるから、首だけがねじあげられて、折れそうだった。
「おい、ガキ。状況を話せ。さっきの爆発はなんだ」
「しら、な……っ」
「知らないわけがねえだろう。爆弾石でも使って自爆したか?」
爆弾石は、岩石系の魔物からとれる石だ。火をつけると爆発するから、鉱山の採掘で使ったり、自衛のために持ってる街もある。でも、おれたちはそんなもの持ってない。
そもそも、なにが起こったかなんて、おれにもわからない。
「ちっ! このクソガキ、だんまりしやがって。いいか、教えといてやる。この街はもう、俺たち盗賊団のモンだ。俺たちは、今後、この街を拠点にして活動する。街の奴らは、俺たちの奴隷だ。もちろん、お前もな」
「………っ」
「この孤児院に回した人手は、ほんの一部だ。手分けしたやつらは全滅だろうが、街にはまだ俺らの仲間が十人以上いる。何を隠し持ってるか知らねえが、てめえひとりで歯向かおうなんざ、思うんじゃねえぞ」
「……う、うぅっ」
そのことばに、おれは心の底から絶望した。
もともと、この街に戦力なんてない。街のひとたちが盗賊を退治するなんて、冷静に考えればできるはずがない。
けれど、もしかしたらと思っていた。鋤やクワで戦って、盗賊をやっつけて、孤児院にたすけに来てくれるかもしれないと、ちょっとだけ思っていた。
そんなこと、できるはずがないのに。
もしも、さっきの爆発がおれがやったものなら、今もう一回やってやる。この盗賊ひとりだけでも、巻き添えにして自爆してやる。
でも、できない。さっきの爆発がなんだったのか、おれにもわからないんだから。
仲間も、ともだちも、住む場所も、ぜんぶ奪われて。
それでもおれは、なにもできない。
「無力な自分を、せいぜい嘆きな。この街は、俺たちがうまく使ってやるからよ」
屈辱だった。絶望しかなかった。涙で視界がひどくゆがんだ。
でも、おとなしく従うなんてまっぴらだった。おれは戦えない。武器も持ってないし、身体も動かない。
だから、精一杯の力を目に込めて、おれは盗賊をにらみつけた。
「……クソガキ。てめえの立場を、わかってねえな。てめえひとりいなくなっても、困るこたぁねえんだよ」
盗賊が、俺の髪の毛をつかむ手に、力を込める。のけぞったおれの首めがけて、盗賊が剣を振りかぶった。
おれの身体は、ガレキの下敷きになったままだ。逃げられない。殺されることを覚悟した。
つぎの瞬間。
覚悟していた剣は、振り下ろされることはなかった。
かわりに、睨みつけていた盗賊の顔が、なくなっていた。一瞬あとに、どんっと音がする。盗賊の首が切り落とされて、床に落ちた音だ。首の切り口から、噴水みたいに血が噴き出している。
「………?」
なにが起きたのか、わからなかった。
頭を失った盗賊の身体が、ぐらりと傾いて床に倒れる。
おれの髪の毛をつかんでいた力がなくなったから、俺も身体を起こしていられなくなった。床にほっぺたをくっつけて、それでも首をひねって、前を見る。
そこに立っていたのは、ひとりの男のひとだった。
ひとつに束ねた、長い金髪。模様が入った銀色の鎧と、深い青色のマント。
剣を振り抜いた姿勢のまま、青い瞳が俺を見下ろしている。
男のひとは、盗賊の死体を蹴り倒して、おれの前に膝をついた。
手袋をはずし、そっと手を差し伸べてくれる。
その姿は、まるで神様みたいだった。