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人間嫌いの精霊王  作者: 卯月ほのか
序章
1/13

神様との出会い

※この小説では、暴力・残酷描写が、あたりまえのように出てきます。苦手な方はご注意ください。

大切なものは、みんな奪われた。

仲間も、ともだちも、住む場所も。

絶望にうちひしがれた、そのときに。


手を差し伸べてくれたあのひとは、神様みたいに見えたんだ。


◇ ◆ ◇ ◆


ロジットの街。

大きな街道からはずれたところにある、ちいさな田舎街だ。


街のはずれにある孤児院には、周辺の村からひきとられたみなしごが集められている。年寄りばっかりのこの街では、孤児だって大事なはたらき手だ。おとなもこどもも、助け合いながら暮らしてきた。


これといった名産もない。王都のにぎやかさも、大都市でおこる事件も関係ない。

平和な街の、はずだった。


そのはずなのに。


今、おれの目の前には、死体がごろごろころがっている。

吹き飛んで木っ端になった、木作りの家具。崩れた石壁はガレキになって、床を覆いつくしていた。


積み重なったガレキのすき間からは、血まみれの手や足が生えている。ぴくりとも動かないその手足は、かつて、おれの家族だったひとたち。孤児院の仲間たちだったものだ。


おれの身体も、ガレキに埋まっている。這いつくばったまま、どうにかがんばってあたりを見回す。それでも、おれの視界には、動くものはなにも映らない。


孤児院は壊れた。仲間たちはみんな死んだ。


(……どうして。どうして、こんなことになったんだ……)


ほんの一時間まえまで、街は平和そのものだったはずだ。

いつものように、朝起きて、ごはんを食べて、洗濯や掃除なんかをして。昼からは、街で農作業を手伝ったりした。今年は天候が悪くて、作物の実りがあんまり良くない。年々乏しくなっていく収穫を見て、すこし不安になってきていた。


いつもと違うことがおきたのは、農作業のお礼に分けてもらった野菜を抱えて、孤児院に帰るときだった。


街に、十数人の男たちが入ってきた。

普段は見ない顔。ぼさぼさのヒゲと髪。汚れた鎧とブーツと、背中には矢筒。手には、弓と……抜き身の剣。


平和なこの街で、盗賊や山賊なんて、いままで見たこともなかった。

だから、こどもはもちろん、おとなたちも、なにもできなかった。


おれたちは、必死で孤児院まで逃げたけど、なんの意味もなかった。


木でできたドアはすぐに破られたし、窓も割られて、あっというまに侵入された。

おれたちも暴れたけど、すぐにつかまって、殴られて、叩きのめされた。


動けなくなったおれの目のまえで、男たちはやりたいほうだいだった。


つぼやかめが割れる音。イスやテーブルが叩き壊される音。奴らはなにもかも壊して、奪いとっていった。


ものだけじゃない。


やつらは、おれたちの中から、女の子だけを引っ張りだした。女の子たちの叫ぶ声が、響いた。


いつも元気に笑ってた、仲間たちの叫び声。こんな声は、聞きたくなかった。

やめさせたかった。抵抗したかった。けど、おれの身体は動かない。口の中が切れて、鼻血も出てて、声も満足に出なかった。


もがくだけのおれの目の前で、女の子たちが奴らに組み敷かれていく。だんだん叫ぶ声がちいさくなって、とぎれとぎれの悲鳴だけが聞こえてくる。


涙がにじむおれの目が、ひとりの女の子の目とあった気がした。


ニナねえちゃんだ。孤児院ではいちばん年上で、いつも笑顔でいたニナねえちゃん。みんなにやさしくて、よく世話を焼いてくれていた。わりと美人で、背中まで伸ばした茶色の髪はサラサラで、街の男のひとたちからも人気があった。


そんな、ニナねえちゃんが。

男に乗られて、足を開かされて。何度も、なんども身体を突き上げられて。そのたびに悲鳴をあげて。見たことのない怯えた顔で、涙でぐしゃぐしゃになったニナねえちゃんの目が、俺の目とかちあった。


そう思った瞬間。

おれの視界が、まっしろにはじけた。


(……なにが、あったんだ……)


視界がまっしろにはじけたあと、おれは気絶していたみたいだ。

気がついて、目をあけたら、この状態だった。


「だ……だれ、か」


目の前にごろごろころがっている死体は、盗賊たちと女の子たちだ。血まみれで、手も足も頭もばらばらだから、まちがいなく死んでる。


そのなかに、ニナねえちゃんの頭もあった。

うつろな目で、もうなにも見ていない、ニナねえちゃん。血と涙に汚れたその顔を見て、涙と嗚咽と吐き気がこみ上げてきた。


「……だれ…か、だれか……っ」


ガレキに埋もれている仲間たちは、身体の一部分しか見えない。もしかしたら、おれとおなじように生きてるかもしれない。


だれでもいい。なにがおきたのか、説明してほしい。


近くにあるガレキに手を伸ばそうとするけど、身体が重くてうまく動かない。息もくるしくて、頭がぼんやりする。動かなきゃいけないと思うけど、おれの指は床をひっかくだけだった。


「……だれ、か……たすけて……」

「なんだ、こりゃあ!?」


おれの声にかぶさるようにして、男の声が響いた。


街の人が、来てくれたのか。孤児院以外にも盗賊は行ったはずだけど、きっと退治できたんだ。よかった。もう大丈夫だ。

そう思ったおれは、顔を上げて声の主を見る。


「なんだ。生きてやがるのか、このガキ」

「……ひっ」


声の主は、街の人じゃなかった。


孤児院をおそったやつと、おなじような格好をしている。着ている鎧も、手に持った剣も、まだあたらしい血で汚れていた。盗賊の一味だ。


「でっけえ爆発があったから、何かと思えば……。こっちに来てた仲間は全滅だな。生きてるのは、てめえひとりか」

「う、ぐっ」


男はおれの髪の毛をつかんで、力任せに上を向かせる。身体のほとんどがガレキに埋まってるから、首だけがねじあげられて、折れそうだった。


「おい、ガキ。状況を話せ。さっきの爆発はなんだ」

「しら、な……っ」

「知らないわけがねえだろう。爆弾石でも使って自爆したか?」


爆弾石は、岩石系の魔物からとれる石だ。火をつけると爆発するから、鉱山の採掘で使ったり、自衛のために持ってる街もある。でも、おれたちはそんなもの持ってない。


そもそも、なにが起こったかなんて、おれにもわからない。


「ちっ! このクソガキ、だんまりしやがって。いいか、教えといてやる。この街はもう、俺たち盗賊団のモンだ。俺たちは、今後、この街を拠点にして活動する。街の奴らは、俺たちの奴隷だ。もちろん、お前もな」

「………っ」

「この孤児院に回した人手は、ほんの一部だ。手分けしたやつらは全滅だろうが、街にはまだ俺らの仲間が十人以上いる。何を隠し持ってるか知らねえが、てめえひとりで歯向かおうなんざ、思うんじゃねえぞ」

「……う、うぅっ」


そのことばに、おれは心の底から絶望した。

もともと、この街に戦力なんてない。街のひとたちが盗賊を退治するなんて、冷静に考えればできるはずがない。


けれど、もしかしたらと思っていた。鋤やクワで戦って、盗賊をやっつけて、孤児院にたすけに来てくれるかもしれないと、ちょっとだけ思っていた。


そんなこと、できるはずがないのに。


もしも、さっきの爆発がおれがやったものなら、今もう一回やってやる。この盗賊ひとりだけでも、巻き添えにして自爆してやる。


でも、できない。さっきの爆発がなんだったのか、おれにもわからないんだから。


仲間も、ともだちも、住む場所も、ぜんぶ奪われて。

それでもおれは、なにもできない。


「無力な自分を、せいぜい嘆きな。この街は、俺たちがうまく使ってやるからよ」


屈辱だった。絶望しかなかった。涙で視界がひどくゆがんだ。

でも、おとなしく従うなんてまっぴらだった。おれは戦えない。武器も持ってないし、身体も動かない。


だから、精一杯の力を目に込めて、おれは盗賊をにらみつけた。


「……クソガキ。てめえの立場を、わかってねえな。てめえひとりいなくなっても、困るこたぁねえんだよ」


盗賊が、俺の髪の毛をつかむ手に、力を込める。のけぞったおれの首めがけて、盗賊が剣を振りかぶった。


おれの身体は、ガレキの下敷きになったままだ。逃げられない。殺されることを覚悟した。


つぎの瞬間。


覚悟していた剣は、振り下ろされることはなかった。

かわりに、睨みつけていた盗賊の顔が、なくなっていた。一瞬あとに、どんっと音がする。盗賊の首が切り落とされて、床に落ちた音だ。首の切り口から、噴水みたいに血が噴き出している。


「………?」


なにが起きたのか、わからなかった。


頭を失った盗賊の身体が、ぐらりと傾いて床に倒れる。

おれの髪の毛をつかんでいた力がなくなったから、俺も身体を起こしていられなくなった。床にほっぺたをくっつけて、それでも首をひねって、前を見る。


そこに立っていたのは、ひとりの男のひとだった。


ひとつに束ねた、長い金髪。模様が入った銀色の鎧と、深い青色のマント。

剣を振り抜いた姿勢のまま、青い瞳が俺を見下ろしている。


男のひとは、盗賊の死体を蹴り倒して、おれの前に膝をついた。

手袋をはずし、そっと手を差し伸べてくれる。


その姿は、まるで神様みたいだった。




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