返せない父。
渓子、いったいどこへ行ってしまったんだ……。
我が家の財布を守っていた君がいなくなってから、ウチの家計は火の車だ。灯代子を高校に行かせてあげることもできなかったし、このままじゃうずらまで中卒に……。いけないいけない、一家の大黒柱である俺がそんな弱気でどうする。しっかりと金を稼いで、最後まで二人を育ててみせるぞ。
「な、嘘だろ……」
まさか最後の最後でビーフス・トロガノフが抜くなんて思いもしなかった。おかげで俺の推しだったチーズタッカ・ルビは三着……! 今月の家賃がパーだ……。
◆
俺は、財布に残った数枚の小銭を見つめてため息をついた。
「早く一人前のギャンブラーにならないとなぁ……」
「なにかお困りのようですね」
「うわあっ! な、なんだ君は」
財布に気をとられていて、道端に机と椅子を構えていた人物に気がつかなかった。防寒のためか、頭から黒い布を被っている。
「ただのしがない占い師ですよ。どうですか? ひとつ、占っていきませんか?」
「今は持ち合わせが無くて……」
「これもなにかの縁です。お代は気になさらず」
「そ、そう……か……?」
絡まれても面倒だ。ちょっと占ってもらって帰ろう。あと三十分で競艇のラジオ中継が控えているんだ。一円でも多く稼がなくてはいけない。一家の主としての、一人の父親としての、大切な務めだ。
「ふんっ……!」
占い師が水晶玉に両手をかざすと、ぼんやりと玉が光り始めた。これが占いの超能力というのか。
「お客さん、お金に困っているようですね」
「ど、どうしてそれを!」
「この水晶で見通したまでのことです。他にも……なにか悩みがありそうですねぇ……」
「……実は、妻が家を出ていってしまって…………今は、一人で娘と孫を育てています」
「お孫さんまで。それは大変ですねぇ。教育費もかかることでしょう」
「……だから今は、必死で働いて」
「お父さんの頑張りどころですね」
「ギャンブルで生活費を……」
「はい?」
「でも、なかなかうまくいかなくて……。いったいどうしたらいいのか……」
「…………………………そんなあなたに、こちらの壺をおすすめ…………しようと思ったんですが」
「『思ったんですが』?」
「しっかりしろよぉォっ!」
「!? !?」
いったいどうしたんだ。急に叫びだして……。
「あんたお父さんなんだろ!?」
「あ、あぁ」
「お祖父さんなんだろ!?」
「そ、そうだ」
「働け!」
「いや、だからこうしてベットを上げて配当を……」
「就職しろー! こんなチンケな詐欺師にホイホイ釣られてんじゃねぇーーーー!」
「さ、詐欺師!? 君、詐欺師だったのか!?」
「そうだよ! 机と椅子以外は全部百均で揃えたんだよ! この水晶も! この布も!」
「……い、今なら間に合う!」
「そうだ、立ち上がれ!」
「自首した方がいい!」
「こっちの心配してんじゃねぇーーーーーーーーっ!!」