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母親はホシと消えたとさ。

 これは、おかあから聞いた話とおじいから聞いた話を私の中で補完しながらまとめた話。


 おかあには、母親がいた。


 とても気が利く自慢の妻だった、とおじいは言っていた。


 おかあをよく見守っていたらしい。


 おかあをよく応援していたらしい。


 とても寛容で、可愛らしい女性だったらしい。


 でもある日、おかあの母親……私のおばあは消えた。どこの誰とも知らない男の人といなくなった。まだ幼いおかあを残して。


『ねぇ、ママは?』


 突然おばあと会えなくなったおかあは、おじいに聞いた。


 おじいは、こう嘆いた。


『俺が、俺が悪かった……。俺が働きもせずに賭け事にうつつを抜かしていたから。あいつに愛想を尽かされたんだ。ごめんな灯代子ひよこ、ごめんな…………。俺がこれから競馬や競輪や競艇でいっぱい稼いでくるから。お前に不自由させないから…………』


 そう聞いてから、当時小学校を卒業したばかりのおかあは自分達を助けてくれる人を探した。『がんばれ、がんばれ』。おばあが口癖にしていたらしい言葉を胸に、おかあは町中を駆け回った。


 そして、ついに支援してくれる人を見つけた。おかあ曰く「爽やかでカッコいい大人な雰囲気のお兄さん」だったらしい。


 私は初めてその話を聞いた時から、嫌な予感がした。


 今もそうだけど、おかあは昔からなんかちょっと……ほわほわしていた。


 なんとかしたいおかあは、その男の人の言葉を信じた。


 家のこと、自分のこと、学校のこと。全部全部、その男の人に打ち明けた。


 何度も何度も、二人は会った。


 おかあは何度目かに会ったとき、その男の人と「裸になって遊んだ」らしい。私の嫌な予感は的中した。案の定、それ以来会えなくなったとおかあは言っていた。おかあがその行為の重大さを知ったのは、私が産まれたあとのことだった。私が教えるまで、おかあはコウノトリがどうのこうの言っていたから、私を宿しても不思議に思わなかったらしい。


 おかあが身重みおもになるまでいったいおかあの何を見てきたのか、私はおじいに問い詰めたことがある。


 聞けば、おかあがあの男の人に○されたのと同じ頃、厄介なところからお金を借りていたらしい。何度も何度も家に押し入られて返済を迫られ、にっちもさっちもいかなかった、とおじいは白状した。



 ◆



原見はらみさーん、いるんでしょー? さっさと払うモン、払ってくれないと。原見はらみさーん?」


 初めて家に取り立てに来たのは、金髪耳ピアスに口髭を生やした壮年男性だったらしい。よく私達の家の周りをウロウロしているあの怖い男の人がそうだったのかと、私は心の中で納得した。


「た、頼む。もう少しだけ待っててくれ。明日には万馬券が、万馬券が……!」

「そいつぁ無理な相談ですよ、原見はらみさん。返済日は今日って決めてんだから」

「だ、大丈夫だ! 今回の馬は当たりなんだ! きっと良い配当が……」


 懇願するおじいの胸ぐらを掴んで「鷹鷺たかさぎ」というらしい借金取りは言ったそうだ。


「守れねぇ約束取り付けてんじゃねぇぞコラァ! 約束は守るモンだって教わらなかったか!」

「そ、そんな昔の……子どもの頃のことなんて、覚えて……」

「……常識が通じないのかアンタは。……まあいい。明日だな? 明日になれば500万返せるんだな?」

「あ、ああ。もちろん」


 当然次の日もおじいはお金を集めることができず、鷹鷺たかさぎに家に押し入られていた。


「……」

「つ、次は競輪だ! 今回はすごいぞ。世界中から注目されている選手なんだ。彼ならきっとやってくれる!」

「金は?」

「明後日だ! 明後日には返す! だから……」

「約束と違うんじゃあないですか原見はらみさーん?」

「な、なら指切りしよう! 指切りげんまんだ!」

「信用ならねぇなァ……。……ん? はっはぁ……。なかなかいいモン持ってんじゃねェか」

「そ、それは……! それは駄目だ!」


 鷹鷺たかさぎが目をつけたのは、おじいとおばあと小さい頃のおかあが映った写真だった。タンスの上にあった写真立てごとそれを手に取ると、ニヤニヤと笑み浮かべながら、おじいに言い捨てた。


「こいつは担保にもらっていくぜ」

「やめてくれ! 大切な思い出なんだ!」


 おじいの言葉は、聞き入れてもらえなかった。


 それからというもの、鷹鷺たかさぎは執拗に私達家族をつけ狙うようになった。



 ◆



 おじいは、今も後悔している。

 あんなところからお金を借りるんじゃなかった、と。


「……ん?」


 道端で私を見つけた鷹鷺たかさぎが、私に視線をやった。


原見はらみンとこの孫じゃねェか。えっと名前は……」

「うずら……です」

「あァそうだった」

「……一つ、聞きたいことが……あります」

「ほォ? 言ってみろ」

「…………『利息』って知ってますか」


 利息。

 今日小学校の図書室で見た言葉だ。


「金貸しだからなァ。もちろん知ってるさ」

「おじいって、昔いくら借りたんですか」

「500万だ」

「今は?」

「……変わらず、500万だ」

「……どうして、変わってないんですか」

「そりァお前、お前のじーさんが金返してくれねェからだよ」

「……じゃなくて」

「……」

「どうして、増えてないんですか」


 借金には、利子や利息が発生する。そう本に書いてあった。


「『むきんり』っていうのなんですか?」

「…………子どもがそんなこと知らなくていいんだよ」

「……じゃあ、質問を変えます。おじいから取った写真、どうしましたか」

「担保にした」

「あれを?」

「ああ」

「あれに価値があるとは思えません」


 もちろん、私達家族にとっては大切なものに違いない。でも、この人にとっては……。


「…………俺らにとってはな」

「……じゃあ、どうして」

「…………はァー、参った参った。……これ以上詮索される前に、ちょっとだけ教えてやるよ。……世の中にはな、可哀想な奴らに金をやりたがる物好きな金持ちがいるんだよ」

「…………そういう人が、おじいの利息を代わりに……」

「待て、それ以上言うな」

「それをお願いするために、証拠として写真が……」

「やめろ、うるせェ」

「…………鷹鷺たかさぎ……さんって、もしかして良い……」

「黙れ」

「……」

「…………さて、今日も取り立てに行くかな。……お前も、怪しい人間にはついていくなよ。……あー勘違いするな。お前は最終手段としてとっておいてるだけだ。お前みたいな賢い子どもは高く売れるからな」


 そう言って、鷹鷺たかさぎ……さんは私と同じ方向へ歩きだした。

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