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「火を点けたら燃える臭い液体」って?

「こーえん! こーえん! たーのしーいなー!」

「ブランコ~! 砂場~! 滑り台~!」

「ギーコギーコ!」

「ぐわーんわーん!」


 土曜日の昼下がり。今日は私達原見(はらみ)親子と八神知波(やがみちなみ)の三人で近所の公園に遊びに来ていた。雪が滅多に積もることのないこの地域では、冬でも遊具が使えるようになっている。流石に砂場は冷たいけれど。私、原見(はらみ)うずらは大きなバネが付いた馬や羊の形をした乗り物で遊んでいるおかあと知波(ちなみ)の二人を眺めつつ、手頃なベンチに腰掛けて持参したオニオンスープを啜っていた。おかあの特製だ。美味しくないはずがない。おかあの愛情を感じる。


 おかあの愛情は、私だけに向けられるべきだ。


 なのに、なのに。




「随分怖い顔してるね?」

「!」


 突然背後から話しかけてきたのは…………芦本美夜(あしもとみや)議員。私の……敵だ。


「……何の、用ですか」


 振り向かないまま、私は尋ねた。


「トモダチになりにきたんだよ。前に言ったでしょ? 私、この街に住んでる人のことは大体調べられるから。……よく遊びに来る場所とかも……ね」

「市議会議員って暇なんですね」

「……お姉さんに喧嘩売ってる?」

「はい。おばさんに喧嘩売ってます」

「……はぁ~。これだから育ちの悪い子供は……物覚えが悪い」

「っ!」


 後ろから片方の手で口を塞がれ、鼻を摘ままれた。物凄い力で後方へ引っ張られる。子どもじゃ敵うはずのない、大人の力だ。背もたれに当たって背中が痛い。思わず、持っていたタンブラーを落としてしまった。


「~~~っ! ~~~っ!」

「大丈夫大丈夫。酸素を無駄遣いしなければそんな簡単には死なないよ」


 おかあ。こっちを見ないで。気づかないで。


「君が頷くまで、放してあげない。……うずらちゃん、私の保護下に入っちゃおうよ。トモダチになろ?」


 こんな私の姿、おかあに見られたくない。




「これ多分私の出番っ!」


 知らない女の人の声が聞こえた直後、私は芦本美夜(あしもとみや)に放り投げられた。


「うぶっ」

「……?」


 起き上がると、そこには……やっぱり知らない女の人だった。私の下敷きになっている。


「…………。君、この街の住人だね? 何かの資料で見たことある顔してる」

「へへへっ。この子のボディーガードしてます!」


 ボディーガード。

 私の……味方?


「はじめまして、うずらちゃん。四日前から見守ってたよ。名前は一旦伏せさせてね。……突然なんだけど、あの人燃やしてもいい?」


 知らない女の人は右手に棒状のライターを構え、臨戦態勢をとって聞いてきた。人を燃やすという発想が当たり前のように出てくる時点で堅気の人ではないのだろう。おそらく、鷹鷺(たかさぎ)さんと同じ系統の人間。


「……お願いします」


 ああ、私って奴は。


「……だってさ!」


 先に動いたのはボディーガードさん。火を点けた棒状のライターを芦本美夜(あしもとみや)の顔面目掛けて突きつけた。容赦しないのは守られる側としては嬉しいところ。


「え?」


 突きつけた火が、芦本美夜(あしもとみや)に当たることはなかった。ヒラリと横にかわされ、前方によろめいたところに腹部への膝蹴りがめり込む。


「うっ!?」


 受け身も取れず、私のすぐそばまで弾き返されたボディーガードさん。戦況は芳しくない。


「馬鹿だねぇ。この世に悪が栄えたためしは無いんだよ」

「つつ……。悪?」

「そ。出会ってすぐに人を燃やそうとしてくる人間は悪人以外の何者でもないでしょう?」

「……だったらいいこと教えてあげますよ。この世に正義が栄えたためしも……無いってことをね!」


 そう言うや否や、ボディーガードさんはコートのポケットからよくお酒が入っているような金属製のボトルを取り出し、蓋を開けて中身を芦本美夜(あしもとみや)に向かってかけた。避けようとしたものの、脛に少しかかったのが分かった。


「さあさあ、お楽しみの時間ですよ~」


 マッチに火を点け、ボディーガードさんは笑った。


「うっ、くさっ。もしかしてこれ……」

「お~さ~け~ですっ!」


 ぽいっ。ボディーガードさんが投げ捨てたマッチは空中に弧を描き、お酒が掛かった箇所へ一直線。


 そして。


「あ」


 踏みつけられ、鎮火。


「おっかしいなぁ。普通ならビビって動けなくなるのにっ……!?」


 ボディーガードさんの左頬に強烈な裏拳が命中した。


「うぅっ」

「自衛のために鍛えてるからね。ただのサイコパスが敵うはずないの。分かった?」

「おほっぉ……」


 怯んだところを蹴り倒され、肋骨の部分を踏まれたボディーガードさんが、苦悶の表情を浮かべる。


「……うずらちゃん。ボディーガードなんて、舐めたことしてくれるじゃん。お姉さんムカついちゃったなぁ。……まあでも一人しか用意していなかったみたいだし? このままこのサイコ女にとどめを刺して、君によぉ~く教え込んであげる。誰に従うのが、弱者として利口かってことを」

「……私はボディーガードなんて頼んでません」

「そうそう。こっちが勝手に痛たたたたたた!」

「君には聞いてないよ」



 ◆



「君には聞いてないよ。君は私をイラつかせた。それだけで、君が罰を受けるには充分……」




「おや、芦本(あしもと)さんじゃないかい。こんにちは」

「えっっ」


 振り返ると、そこには四丁目に住んでいる堂道(どうどう)さんが居た。夫が市議会議員の。


「ああ、どうもこんにちは……!」


 しまった。今日は午後からこの公園でゲートボール大会があるんだった。早々に原見(はらみ)うずらちゃんを屈服させてトモダチにするつもりが…………もうそんな時間だったか。ボディーガードのせいで余計な時間を……。私は慌てて足をどけ、笑顔を作った。この私が、世間の評判を落とす訳にはいかない。幸い、人を踏みつけていたところは認識されなかったようだ。

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