「ロクな大人」って?
僕のバイト先に、新しい人が入った。お世辞にもハンサムだとかイケメンだとかは言えないけれど、不思議と汚ならしい感じのしないくらいには顔立ちが整っていた、そんな人。
「……原見一渓といいます。……よ、よろしくお願いします!」
◆
「原見さん……でしたっけ。改めて僕、鴨之橋といいます。先輩とはいいつつも二回りくらい年下なので、分からないことがあったら遠慮せず聞いてください」
「は、はい……」
「……そういえば、どうしてうちで働こうと思ったんですか? ……あっ、もしかしてリストラとか?」
「いやぁ……。……情けない話、今までまともに働いたことがなくて……。今、借金してるんです。でも全然返せなくて……。ついに借りているところの取り立て人から『バイト始めないと娘達がどうなるか分かってるな?』って脅されて…………。……本当に、最悪なところから借りてしまって……後悔してます」
借りた先は質の悪い金融会社か、もしくはヤクザとかなのだろうか。だとしたらこの人とはあまり関わらない方がいいんじゃないだろうか。
「……それは、大変ですね……。……あ、娘さんいるんですね」
「えぇ、娘と孫が。もう本当に可愛くて……。絶対に不自由させまいと、ここまで頑張ってきたんですけどね…………」
頑張ってその結果がフリーターかぁ……。
「……あ、いらっしゃいませー! ……では、さっき説明した通りにやってみてください。僕は隣で見ているので」
「は、はい」
レジの前にやって来たのは、小綺麗なスーツを着た若い男の人。大学生の僕より何歳か上……って感じ。
「アローンファーザーで」
手ぶら……。どうやら煙草を買いにきただけらしい。
「あ、あの……名前だけ言われても……」
コンビニでは基本的に番号で管理しているし、店員は煙草の銘柄を全て把握しているわけじゃない。……けど、未だにこういう人いるんだよなぁ……。
「はっ。煙草の名前は常識ですが? 小学校で習わなかったんですか?」
常識でもないしましてや小学校じゃ……。この人……じゃなくてお客さん、何を言ってるんだ?
「いえ……」
「頭悪いんですねぇ。あなたのために忠告しておきます。ぷっふふっ。……このままじゃロクな大人になりませんよ。……あ、もうロクな大人じゃないか。あはははっ!」
なんだろう。僕に言われてる訳じゃないのになんだかとても不快だ。
「いやー笑えますねぇ。これなんてコントですか? もう少し礼儀というものを学んだ方がいいですよ。……その年齢で、コンビニ店員。どうせ逃げられたってところでしょう? 奥さんに。……図星かぁ。だからそんな世間知らずのペーペーになるんですよ。自業自得です。奥さんは正しい! ……あなたみたいな非常識な人には、いつか罰がくだりますよ。あははっははっ! いやー良いことしたなぁ。……あ、煙草はもういいです。あなたみたいな人から買いたくないので。私って賢いから。……あー君君」
えっ僕?
「はい?」
「このコンビニ、こんな態度悪い店員を雇ってるんですね。……先週からこっちに赴任になったんで、これから定期的に来ます。この店員さんの礼儀作法がしっかり治ったか、審査するので。……まずは煙草の勉強からですねー。……教科書作ってくるんで、ここの従業員全員に配布してください」
「えっ……」
◆
その数日後、原見さんは面倒な客を呼び込んだ疫病神として、丁重に辞めてもらった……と店長から聞いた。




