第十三章 『エピローグ ~新たな一歩~』
⒔ 『エピローグ ~新たな一歩~』]
「ヒモルさん、オレを弟子にしてください!」
次の日の朝、オレは世界最強の男へ頭を下げ、真剣な口調でそう告げた。
それに対し、彼は
「いやだ……それどころじゃない。そんな事どうでもいい」
と、拒絶の言葉をオレに返す。
本来なら「オレの本気をどうでもいいだと~!」と怒りを顕にする場面なのだろうが、今のオレが感じる思いは、「まあ、そうだろうな~」の一択のみだ。
なぜなら、センカさんの怒りは未だおさまらず、ヒモルさんは今の今まで、食事はおろか家の中にさえ入れてもらえない始末だからだ。
昨日、勝負の後、鼻血の雨を降らせ気を失ったオレは、センカさんの看病のおかげで、すぐに元気を取り戻した。それどころか、夕食やフカフカのベッドまで用意していただくという好待遇を受けたほどだ。
一方、ヒモルさんはというと……「センちゃん、ごめんよ~」と泣きながら、ずっとドアや窓に張り付いている始末であり、センカさんは、むくれっ面で、それを無視し続けた。
そして現在、世界最強の男は、昨日と同じ原っぱの上で、胎児のように身を丸めながら、涙を地面に染みこませているわけである。
「どうすれば……一体どうしたら、センちゃん許してくれるかなぁ……?」
そう弱々しくつぶやくヒモルさんに対し、オレは一つため息をつき、ほぼ呆れた様子で言葉を告げる。
「だから、オレを弟子にすれば全部解決なんですよ!」
「いや、そういうのはどうでもよくて、センちゃ…………へ?」
草の大地から身をおこし、『どういうこと?』とでも言いたそうな顔で、オレを見る世界最強。
初めてこの男よりも優位に立ったかのような優越感に気分をよくし、オレはニッと笑顔を作る。
「オレこと、オレオ・アルティロードを弟子にする。そうしたら昨日の事は全部許す。センカさんからの伝言です」
「!!」
オレの言葉を聞くや否や、ガバッと草原から飛び上がるヒモルさん。
即座にオレの手をにぎり、表情を輝かせる。
「いいよいいよ、弟子いいよ~。センちゃんが許してくれるならなんでもいいよ~!」
「ありがとうございます。オレも早く世界一になれるよう日々精進……って、もういない?」
オレのあいさつを完全無視し、「センちゃ~ん」と叫びながら自宅への道をスキップする我が師匠。
玄関ではセンカさんが、照れくさそうに微笑んで、こちらを見ている。
それに対しオレは、グッと親指を立てて微笑み返す。
一体全体どういうことなのか? と問われたら……なんてことはない。オレが、自分の夢を叶えるための布石を打ったというだけのことだ。
それは今朝、日が昇る前の出来事に遡る。
✽
センカさんに用意してもらったベッドの上で安眠することもできず、オレは一つの悩みを抱えていた。
それは、
『ここを出るか、ここに残るか』
という選択肢である。
ヒモルさんから「世界を見ろ」と言われたことを考えると、ここを出て、世界のあらゆる国を見て回るのが正解なんだろう。
でもオレは、オレにとってそれが最善だとは、なぜか思えないでいた。
「まあ、ただの勘なんだけどな」
では逆に、『ここに残る』という選択肢がもたらす納得のいく答えを考えてみる。
より確実な理由を上げるのならば――。
「ヒモルさんが、いるからだよなぁ」
なぜなら彼は、世界最強。つまりは、世の頂点のスペシャリストなわけで……そんな彼をお手本とし、その生き様を真似たり、何かを学んだりし続ければ、それは目標達成への一番の近道となるのではないか……。
そう自分を納得させるための材料を並べてみるものの。
「しっくりこねぇ……」
たしかに、ヒモルさんはオレに新しい価値観を教えてくれた、その実績はあるのだが……普段がアレなだけに、お手本とするにはどうも不安が残る。というか不安しかない。
「なにかないかな……。『決定打』になるなにかが」
答えが出ない事に身体がムズムズする。こういった時は、動きながらの方が良い。
オレは、すぐさまベッドから身をおこし、少し歩いて気分をリフレッシュさせることにした。
ドアを開け、真っ暗闇の廊下に出る。
《うぅ~》
「なんだ?」
弱々しいうめき声のようなものが聞こえてくる。
気になって、音のする方向へ足を運ぶと、それは少しずつ、はっきりしたものへと変化していき、うめき声の他にもブツブツと、つぶやきのようなモノが混じっている事にも気がついた。
そうしてたどり着いたのは一つの部屋。
「ここって……」
そこは、昼間、ゲームをしたリビングだった。
そして、暗い部屋の中、弱々しい音を発していた主とは――。
「セ、センカさん?」
しょんぼりと肩を落としてイスに座るセンカさんだった。
背後にオレがいることにも全く気づかず、つぶやきは続く。
「うぅ~、ヒモくん、外で大丈夫かな~。風邪ひいたりしないよね? ご飯も食べてないし……でも、あんな態度取っちゃったから、どうしていいかわかんないし…… うぅ~」
何度も何度もそう繰り返すセンカさんを見て、オレは思わず苦笑する。
センカさんの堂々巡りが面白かったからではない。
こんなことで、ただ一人の女性を見ただけで、今まで探していた『決定打』が……悩んでいたことに対する答えが出てしまう自分に、だ。
オレはセンカさんへと近づき、後ろから陽気に声をかける。
「センカさん」
「ふぁわ!? オ、オレオくん、ずいぶん早起きさんだね、どうしたの?」
いきなり声をかけられてビックリするセンカさんをよそに、オレは、たった今出たばかりの『答え』を……自分の意思を告げる。
「オレは、ヒモルさんの弟子になることを決めました。だから、ヒモルさんを許してあげてください」
「はぇ?」
キョトンとした目で首をかしげるセンカさん。
まあ意味わからないのも当然だ。だからオレは、きちんとした説明を続ける。
「昨日の事で、センカさんが怒るのは当然です。許せない気持ちもわかります。でも、オレが世界一になるには……最強になるには、あの人のそばで、あの人の行動を見続ける必要があるんです。だから――」
オレは、そこでひと呼吸置くと、自分自身をビッと指差し、笑顔を作り、そして言う。
「オレのために、ヒモルさんを許してあげてください」
「ッ――」
驚きに目を見開くセンカさん。その後、静かに下へとうつむき、ギュッと膝の上で両手を握る。
「……」
「……」
少しばかりの沈黙の果てに、顔をあげるセンカさん。
その表情は、先程までとは打って変わって、暗い部屋でもはっきり輝く、太陽みたいな眩しい笑顔だ。
そして彼女は、そんな笑顔に負けない声で
「うん!」
と、元気に頷いた。
「――」
目の前に現れた最上の輝きを見て、オレは再度確信する。
仕方ない、これは仕方ないことだと。ここに残るのを決めたのも、そう決断してしまったのも、不変の真理で覆しようのないことだと。
なぜなら、オレの夢は『世界最強』――じゃなくて
『世界最強になった姿を一番にこの人に見てほしい』
に、なってしまったんだから。
✽
新たな夢が生まれた瞬間、その時の事を思い出しながら、オレは天を見上げる。
空には雲一つない青が広がり、その中でただ一点、眩しく輝き続ける太陽が見える。
一面のブルーに染まらず、ひたすらに自分の色で光を放ち続けるその姿は、「他がどうあっても自分は変わらない」という圧倒的な強さの象徴に見えた。
そんな太陽にオレは手を伸ばすと、瞳を閉じ、そして心の中で自分の立ち位置を確認する。
オレは昨日、完膚なきまでに負けた。すべての技は通じず、一歩も動かすこともできなかった。今もまだ、勝てるイメージは微塵も沸かない。
でも、大丈夫。
負けたから、自分の弱さを知れた。
負けたから、世界の広さを知れた。
そして―― 大事な人と、新しい目標ができた。だから――
「今日のオレは、昨日のオレよりちゃんと強い!」
目を開き、希望を掴むかのように、グッと太陽の姿を握りこむ。
「オレオく~ん、ご飯にしよ~」
「弟子~、メシ~」
オレを呼ぶ声に気づき目をむけると、そこには、満面の笑みをむけるヒモルさんとセンカさんの姿があった。
よかった、どうやら無事仲直りできたようだ。
玄関前で手を振る二人に、オレも負けじと大きな声で返事を返す。
「すぐ行きま~す!」
そう自然に答えて、オレは頬に笑みを浮かべる。
すぐ行きます……か。そうさ、すぐに追いついてやる。足りないものも多いし、知らないことも多い。でも、道はちゃんと繋がってる。
そのことをしっかり胸に刻み込み、オレは今――
『最強の男』と『大切な女性』が待つ場所へ
“軽やか”な一歩を踏みだした。
『第一章 プロローグ』との対比を描いてます。
ここまで読んでくださった皆さんの明日への一歩も、『軽く』なってくれたら嬉しいです。
「書いてみたい」という気持ちだけで作られた稚拙な作品ですが、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




