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8月は嫌いだ。月曜日の水玉模様

 8月は嫌いだ。


 8月に入ると夏休みが半分終わってしまったような気分になる。まだまだそんな時分ではないのにだ。きっと8月を楽しみにしている人間なんて盆休みのあるサラリーマンくらいだ。



 夏休みが始まる前は息巻いて宿題を7月中に終わらせようと思っていても、いざ休みが始まると楽しい方、楽な方を選んでしまう。その結果今、私の前には宿題の山が手つかずのまま置いてある。


(夏休みが終わればすぐに推薦の選抜だし、宿題なんて先生のご機嫌取りにしかならないのにな~)


 勉強するために自室の勉強机に向かっている。しかし、鞄から筆箱を取り出した所でスマホを手にとってしまった。

 そこからはもうお察しの通り――――




 しかし、この部屋は暑すぎる。クーラーを付けても何故か外の空気が入ってくるだけで一向に涼しくならないのだ。つまり故障している。

 服も部屋着の薄いショートパンツだし、上はタンクトップだ。今でも宅配が来たらすぐに出られない格好だ、これ以上脱げない。このままでは気持ちよく勉強をすることが出来ない。


 せっかくやる気になっていたのに勉強出来る環境でないのでは仕方ない。といってこのまま勉強しないのも優等生として後味が悪い。

 その折衷案として私が選んだのはキンキンにエアコンが効いたリビングで宿題のリストアップをすることだ。

パーカーを羽織ってリビングに動いた。



 先生達が科目ごとに宿題をバラバラに出すモノだからどんな宿題があってどのくらいの量があるのか把握仕切れていないのだ。もしかしたら一つくらいすぐに終わるような宿題があるかもしれない。そういう小さなものからやり始めれば案外、すぐに片付くモノだ。

 これでも夏休みの宿題は12回目だ。やり方は心得ている(はずだ)。


 

 私が得意な科目は国語と社会だ。文系まっしぐらだ。決して数学とか科学が出来ない訳ではないけど、特段好きではない。だから結果的に好きな文系の宿題から手を付けていく。


 社会科の宿題はシンプルだった。中世・近代史において好きな人物についてのレポートだけだった。先生がいつも自分で登場する人物の似顔絵を描いてくる変人だったから納得の宿題だ。やっぱりイラスト付きだ。


 そして、一番驚いたのが国語の宿題だ。

「あなたの家にある本棚(無い場合は図書館)の右下から数えて50番目の本(書けるなら漫画でも可)について感想を書け」


 こんなにも大胆な選書の仕方があっただろうか。やはりうちの高校は変わった先生が多すぎるし、数えるのも面倒すぎる。要するに家にある本をランダムに読ましたいのだろう。

 これは読書感想文だ。私が一番得意とする宿題だ。なんせ趣味が読書だけ、みたいな人間だ。一度、読んだ本なら観なくても書けるような気がする。

(これは今日中に出来そう)


 あとは他にどんな科目の宿題があるか、だ。

 

・数学は冊子で渡されていたテキストのみ。

・会計は問題集10ページ

・英語は英語で日記を20日分


 一番面倒そうなのは英語の日記だ。20日も何を書けって言うのか。日本語でもそんなに書くことはないのにその上、英語と来たのだからこれは面倒だ。

 そう思いながら宿題たちをメモ帳にピックアップしたら微かな睡魔が襲った。時刻は15時半。少し遅めに食べたお昼のそうめんが消化されてきた頃合いだろう。


 しかし、私は寝るわけにはいかない。折角、国語科の山下先生が面白い選書の仕方をした読書感想文の課題を出してくれたのだ。寝るくらいならその50番目の本を一目見たくなった。


 自室に宿題を纏めたメモ帳を持ち帰り、壁に張り付いた本棚を見つめた。最近は読んだ本だけを本棚に並べるようにしているけれど、容量を超えた本が綺麗に並んだ本と棚板の隙間に横たわっている。

 これを数えるか、否かで読書感想文を書く本が変わる。


(どうしようかな~)


 棚を観てみると横たわっている本は「夜は短し歩けよ乙女」とか「晴れた日は図書館へいこう」や「女生徒」みたいな最近読んだばかりの本だった。それならカウントしない方が宿題の意図に沿っている気がする。


 指で一冊ずつ本の背表紙を数えていく。文庫本ばかりだからすべりの良い表紙に指は軽やかに滑っていく。

わたしの50番目の本は――――



『月曜日の水玉模様 加納朋子』



 手に取ってみると題名の通り、表紙も水色の素地に白のドットのthe水玉模様だ。私がこの本を読んだのはもう昨年の事だったと思う。しかし、まだ少しだけ内容を覚えていた。普段、乗っている電車の路線が同じ上にすぐ近くの駅に登場人物が住んでいて親近感を持ったからだ。



 内容は確か、OLの主人公が電車で先に降りてくれるサラリーマン風の男性が何故か最近、降りる駅が変わったせいで主人公のOLがその男性に鬱憤をためることで物語が始まる。連作短編ミステリーで各短編のタイトルは月曜日から日曜日で始まっている。まるで日記のような雰囲気を醸し出していた。


 どれも短いながらも日常に潜む謎を<探偵と助手>となり段々と打ち解けあっていく感じが溜まらなかった。しかも女性が探偵で主人公なのが珍しい気がした。

 働く女性でこんなにも生き生きした人はそうはいまい、と思わせてくれる彼女が私は好きだ。

 そして、その彼女に尻に惹かれながらまとわりつく犬のような彼も愛らしい。



 一年ほど前に読んだ本でも意外と覚えているものだなと驚いた。去年の夏休みに何をしていたか覚えていないのに読んだ本の内容は覚えているのは不思議なことだ。

 そんな素晴らしい本に出会いながらにその存在は忘れてしまうような違和感も拭えない。



 日々、たくさんの事があってそこで写真でも撮れば後で思い出せるのに、何も残していないと忘れてしまうのと同じ感じがする。

 

 私はこの本を観る度に今年の夏休みを思い出すことになるのだろう。それに英語で書く日記ももしかしたらそういう考え合ってなのかも知れない。普段、使わない言葉で日々を記録すれば、つまらない日々でも忘れないで思い出すことが出来るという魂胆だ。それでどうなるという話ではないけれど。



 なんだか心地良い気持ちになった私はやっぱり宿題の山には手を付けずに、やってきた睡魔に身を預けることにした。

 どうせ明日も明後日も休みだもの。今日はリストアップをしたから明日からは簡単に何をすべきか分かるようにしただけでもきっと十分だ。


リストアップした宿題に線を引く度に私がこの日を思い返せれば裏付けにはなるかもしれない。



8月の容赦ない暑さで暖まった布団を扇風機の風でごまかして……


参照:『月曜日の水玉模様』 加納朋子(集英社文庫)2001年 

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