〔最終話〕
桜井アカリは、高校一年生になった。
海老塚ユウコの推薦辞退でK高校に入ることも出来たのだが、自らの意志でJ高校を選んだ。
J高校はこの数年、大学進学よりも部活動に力を入れ始めた高校だ。学校のブランドに頼らず、自力で成績を残そうと決めたのだ。
ユウコは、一般入試でK高校に入った。
ユウコとは、今でも親友だ。突然姿を消した満留との間に何があったかは、二人の永遠の秘密になった。
秋晴れの空高く、気持ちの良い風が渡る陸上競技場で、今日は関東高等学校選抜新人陸上競技選手権大会が行われている。
予選の成績が振るわずアカリは出場を逃したが、今年はまだ一年生だ。来年は必ずここに立つと決意し、部の仲閒と一緒に観戦に来ていた。
広いフィールドの中で、数種目の競技が同時に進行していた。
陸上部で、アカリが選んだ種目は中距離走だ。
昼前に競技が終了したので、先輩が出場する午後の競技を観戦するため席を移ろうとした時だった。
フィールドの中央に、棒高跳びの競技が見えた。
悲しいような、懐かしいような胸の疼きにアカリは足を止める。
そして衝動に突き動かされ、呼び止める仲間の声を振り切って競技が見えやすい場所に走った。
いるはずが無いと、解っていた。
解っていても、探したかった。
会いたかった。
最後の鬼を倒したあと、意識を取り戻したユウコが一人で泣いているアカリの代わりに職員を呼び、事情を話したらしい。
両親が駆けつけてきたが、本当のことを話すことは出来なかった。
後日アカリは、担任だった教師や教務主任、事務員にメイの事を聞いて回ったが、誰もメイの存在を知らない。
確かにメイは、つかの間でも生きて存在していたはずなのに。
もっとメイのことが知りたかった。家を訪ねて、どんな少女だったのか聞いてみたかった。
でも、もう二度と会えない……。
「メイ……」
棒高跳び選手が空に舞う姿を見て呟いたアカリの髪を、一陣の風が乱した。
髪を掻き上げ再びフィールドを見ようとすると、目の前に知らない学校のジャージを着た後ろ姿があった。
この観戦ギャラリーには、アカリの他に数人しかいない。嫌がらせのように目の前に立つのは、いったいどこの学校の生徒だろう。
「ちょっと、後から来て人の目の前に立たないでくれる?」
「あれっ、だって私を捜してたんでしょ? 桜井アカリ」
濃紺のジャージ姿が振り向いた。
胸に白い刺繍で描かれた校章、と、「SAIKAWARA」の名前。
「え?」
日に焼けて健康そうな宰河原メイが、白い歯を見せて笑った。
「なんで、ここにいるの? だって、メイは……」
目を丸くして驚くアカリを、メイはぎゅっと抱きしめる。
「私にはまだ、やることがあるんだって。だからオジゾー君が、帰してくれたんだ」
「何、ソレ? やることって……」
「もうしばらく、メイに鬼退治を頼みたくてね」
背後から聞こえた声に、アカリは顔を強張らせた。
メイから離れると、沸き上がる怒りを隠そうともせず、声の主を睨み付ける。
「これ以上、メイを苦しめたら許さない!」
アカリの剣幕を受け流すように、オジゾー君は肩に掛かる髪を後ろに払った。
いや別人か? 髪の毛がある。
「ああこれ? 言われなくても、以前のヘアスタイルがキミに嫌われてた事くらい知ってたよ。だから長くしてみたんだ。似合うかな?」
さらさらと、風にながれる美しい黒髪。
似合いすぎるほど似合って、目眩がするほど格好良い。
だが今は、それどころではなかった。
「べつに髪の毛なんか、どーでもいいです。肝心な時に、いなかったくせに!」
「あれには色々、事情があってね」
オジゾー君は、ニッコリ微笑んだ。
「最後の鬼を倒す時、メイが自分の心と戦い下した決断は、贖罪を超える〔徳〕となった。だから、現世に戻してあげることが出来たんだ。但し条件付きだけどね。断っておくけど条件を受け入れるかどうかは、メイ自身が決めたことだよ?」
不信感剥き出しに睨み付けると、さすがにオジゾー君がたじろぐ。
その様子を見たメイは、声を立てて笑った。
「あはは、心配しないでいいよアカリ。オジゾー君の条件は、〔羅卒〕に襲われ私のように〔業〕を奪われた人を助けてあげることなんだ。幼い子供や力のない人は、〔業〕を奪われても取り返せない。取り返さなければ、いくら苦しんでも贖罪を果たせない。だから私が取り返す。でも……」
アカリの両手を、メイが固く握った。
「一人は辛い……苦しい時に、応援してくれる友達が欲しい。アカリにお願いがあるんだ、一緒に鬼退治してくれる?」
アカリの脳裏に、様々な記憶が蘇った。
恐ろしい鬼の姿、親友の裏切り。
血塗れになりながらも優美で凛々しい、メイの戦う姿。
そして、悲しい別れ……。
逡巡の末、あかりは決断した。
「いいよ、ずうっとボクが応援してあげる」
メイの顔が歪み、両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
涙を拭い、何とか笑顔を作ろうとするメイを、アカリは再び抱きしめる。
メイを一人には出来ない、二人ならきっと大丈夫だ。
それに、オジゾー君だって……。
いや、肝心なときに彼はいなかったぞ?
思い当たってアカリは、オジゾー君の姿を探した。今日はちゃんと肝心な時に消えていなかった。
「ねえ、オジゾー君。もしかして私達、キミの計画通りに利用されてる?」
「まさか! 考えすぎだよアカリちゃん。オレはいつでも、子ども達の幸せを願っているのさ」
オジゾー君は、いつもの慈愛に満ちた微笑みではなく、悪戯っぽい笑みを浮かべると肩をすくめた。
「じゃあ、ちゃんとボクたちを見守っていてね!」
優しい風が、メイとアカリの頬を撫でた。
しゃらん……と美しい音色が、空の彼方に聞こえた。
【完】
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@らいか