〔1〕
夏休みは二週目に入り、夏期講習が始まった。
四日間は、無事にクリアした。九十分の講習後に行われる十五分テストも、ギリギリ合格点を取ることが出来た。
あと残りは、明日の午後一時四十五分から始まる満留の英語だけだった。
今日の国語講習から帰ったアカリは、昼食用に買った菓子パンを囓りながら自室のベッドに寝転び、明日の十五分テストに備えて英語の教科書を開いた。
日が経つにつれ、神社の光景が現実感を失いつつあった。
死体も消えてしまった、少女も消えてしまった。きっと自分は、熱さと疲れから意識が朦朧としていたのだ。
帰りが遅くなりパートから帰宅した母を心配させたが、神社で休んだ時うっかりベンチで寝てしまったと説明しておいた。
だが、いつも頭の片隅にメイと名乗る少女の姿があった。
モヤモヤした気分を頭から無理に追い出し、教科書に目を落としたものの頭に入らない。
「あーもう、全部ヤダッ!」
ベッドで手足をバタつかせていると、携帯電話が鳴った。ユウコからだ。
「あ、ユウコ? ひさしぶりじゃん、どしたの?」
『明日、満留の英語でしょ? 十五分テストが心配だから、一緒に勉強しようよ。どーせアカリは、集中できなくてジタバタしてるんでしょー?』
「さっすがユウコ、大当たり! じゃさ、一時半に〔Dマート〕のフード・コートでどう? オヤツと飲み物調達してさ」
『いいよ、一時半にDマートね~!』
いそいそと財布の中身を確かめ、アカリはエナメルバックに教科書と筆記用具を詰め込んだ。
ユウコに見せようと思っていた、中学生用ファッション誌も忘れない。
近所で一番大型のスーパー〔Dマート〕には、本屋とレンタルビデオショップと一〇〇円ショップが入っていた。
フードコートはクレープにタコ焼き、タイ焼き、アイスクリームショップなどが充実していて、学生や主婦の溜まり場だ。
ファーストフード店の出入りに煩い学校も、半ば黙認の場所だった。
食品売り場でフルーツ系天然水とシリアルバーを買ってから、アカリはフードコートの四人掛けテーブルを占領した。
すると待つ間もなく、ユウコが大きな袋をぶら下げてやってきた。
「こないだ、お昼奢ってもらったお返し。先にアイス食べよ、アカリはチョコミントだね?」
「やった、さんきゅ!」
口の中に溶ける冷たいアイスで、アカリは幸せな気分になった。
満留の忠告など馬鹿馬鹿しいではないか。ユウコは親友で、アカリのことを大切に思っていて、大好きなチョコミントを買ってきてくれた。
変に意識したらユウコに失礼だ。
アイスを食べ、ポテトチップを食べ、ジュースを飲み、足りなくなって買い足し、雑誌を見ながら話して笑った。
楽しい時間はあっという間で、気が付けば窓の外が暗くなっている。
だが時計を見ると、十六時を少し過ぎたくらいだった。
「夕立が来そうだね」
ユウコが呟いた。
西の空に墨を流したような雲が沸き上がり、ものすごい早さで青く澄んだ東の空を浸食していく。
夏特有の激しい雷雨が来る前触れだ。胸騒ぎがして、アカリは立ち上がった。
「やば、もう帰ろうか……最近の夕立って、普通じゃないから恐いよ。今日は歩きだから、道路が川になったら流されちゃう」
するとユウコが、意外な反応をした。
「もう少し、ここにいようよ。大雨になれば、帰りが遅くなっても言い訳できるし」
「だけど……」
今日のユウコは、会話の途中で何度も時計を気にしていた。
母親に帰宅時間を言い渡されたかと思っていたが、違うのか?
帰るべきか夕立が治まるのを待つべきか迷っていると、案の定、大粒の雨が窓を叩き始めた。
数分後には滝のような大雨になり、外の景色がまったく見えない。水の弾幕の向こうで、稲光が光った。
「さっき帰らないで良かったね、今頃川になった道で流されてたかもよ?」
アカリはユウコの冗談に笑えなかった。
この雨は、いつ止むのだろう?
このままずっと止まないような気がした。
雨が降り続き、家に帰れなくなり、明日の夏期講習に出られなければ推薦が受けられない。焦燥感があかりを追い立て、いても立ってもいられなかった。
「やっぱ、帰る。だって、明日の夏期講習に出られなくなったら困る」
「なに馬鹿いってんの、雨なんて直ぐ止むよ? いま出たらホント、アブナイってば」
ユウコになだめられ、アカリはまた椅子に座った。
楽しい気分は一変してしまった。
二人は暫く窓の外を眺めていたが雨の勢いは衰えない。
しかたなく本屋や一〇〇円ショップをぶらついて時間を潰した。
十八時を過ぎて、ようやく雨が小降りになると、アカリは急いでユウコに別れを告げた。
自宅に着く頃には、すっかり雨が上がり、雲の切れ間から綺麗な星空が覗いていた。
涼しい風が、気持ちよく項を撫でる。久しぶりに、よく眠れそうな夜だった。
だがアカリの胸騒ぎは収まらず、なかなか寝付くことが出来なかった。