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副隊長の疑問

 今日もまた、こうして迎えに来たマチルダさんとともに、馬の背に揺られている。


 さすがにしばらく会うのを控えるべきだと僕は思うが、そうは言っても相手が会いに来るのをやめてくれない以上、僕には選択権が無いのだ。


「あの、ランドさん。一つ聞いてもいいですか」


 マチルダさんが話しかけてきた。

「珍しいね、君から話しかけてくるなんて」

 いつも行き帰りの道は、僕が一方的に雑談をしながら馬に揺られる時間だった。僕は、行きはこれからの熱い一時に胸を躍らせ、帰りは一戦終えた後の全身を襲う心地よい疲労感に身を委ね、いずれにしても上機嫌だった。男というのは単純なものだと我ながら思う。だがマチルダさんがこの時間をどう思っているかは知らなかった。


「奥様とは……どうして結婚されたのですか?」


「え……」

 どういう意味で聞いているのだろう、と思わずマチルダさんを振り返る。

 この人は、初めて会った時から、まるで表情を変えない人だった。ただ僕が妻に嫌味を言われながら送り出される時にたまに、じっと耐えるように眉根を寄せたりホッと気を緩めたような顔を見せる。そうした人間らしい表情の変化を知っているのは僕だけかもしれない。

「どう、して?」

「いえ、ただ……その、あまり奥様のことをお話しにならないので」

 まあそうだろう。浮気をしにいく最中に妻の話を嬉しそうにする男はいない。

「話さないかもね。まあその、いるのが当たり前になってしまっててさ。仲が悪いわけじゃないよ。いや、悪くなかった……かな」

「え、今はお悪いのですか?」

「悪いというか……。ちょっと妻は最近疑っているみたいなんだ」

「あら。それは……浮気を、ですか?」

 僕は苦笑して頷く。

「ま、まあそうなんだよ。勘がいいよね」

 そうでしょうか、とマチルダさんは指を顎に当てた。

「むしろそう思わないほうが変かと。私のような若い女がこんな夜に尋ねて来ては夫を呼び出して、数時間帰らないんですから」

 そう言われりゃそうだ。確かに。

「ドラゴン退治だって言ってるんだけどさ。信じてくれてないみたいなんだ」

「奥様も昔ドラゴン退治を一緒にされていたんですよね?」

「ああ。そうだよ。もう十五年くらい前からかな。冒険者になりたての頃からずっと二人でやってたんだ。ドラゴン専門の退治屋をやり始めたのはいつぐらいからだったかなあ。結構名は知られてると思うんだよね」

 マチルダさんは微笑んだ。お、珍しい。

「もちろん。ランドとミリーと言えば有名ですもの。知らない者はいませんわ」

「そいつは嬉しいね」

「でもどうしてドラゴンをご専門に? あんな危険な生き物を」

 そうだねえ、と僕は彼女に笑いかける。下品な……とまではいかないと思うが、自分でも少し顔がデレついているのがわかる。

「危険だけど……あれほど戦って面白い魔物はいないよ。特に実力の拮抗した個体とはね。知的ゲームを一緒に楽しむような感覚だ。あいつら知性が高いからね。命をかけた戦いなのに、いつしか友情に近い、いやそれ以上の感覚を味わうこともある」

「ドラゴンとですか!? そうなのですか……。私には凶悪な魔物というイメージしかありませんけれど」

「ははっ。そうかもね。妻もそう言ってた。僕が今みたいなことを言うと、いつもあなたは変態ね、と軽蔑されたもんさ」

「そうなのですか?」

「そうだよ。まあ普通はそう思うのかもしれないけど」

 そう。同じドラゴンスレイヤーでも、妻はドラゴンを獲物としか見ていなかった。ドラゴンとの戦いも、ただ稼ぐ手段だとしか考えていないようだった。そんな彼女にとって、弱い個体よりも強い個体に喜々として挑んでいく僕は愚かにしか見えなかったのだろう。そこはわかりあうことはできなかった。

 そういうところの不一致も、僕が浮気をする理由になっているのか。

 いや、言い訳だな。酷い言い訳だ。

「私は軽蔑なんてしません」

 マチルダさんがそう強い口調で言ったので、僕は嬉しく思った。

「ありがとう」

「軽蔑はしませんけど……ただ、無茶はしないで欲しいと思います」

 マチルダさんは、真剣な顔をしていた。

「好きな人が自分と違う考えや好みを持っていることって、あると思います。共感はできなくても、否定しないことって大事だと私は思います。ただ……それでも危険なことだったら、止めますよ」

 マチルダさんは微笑んだ。

「だから奥さんも軽蔑なんてしてないと思います。ランドさんに危険を冒してほしくないんじゃないですか?」

 ……。

 そう、なのかもしれない。

 でも、それに反発を覚える僕もいる。

「私もランドさんにこうしてお願いをしてしまっておきながら言える立場ではありませんけれど、無茶はなさらないでください」

「……無茶はしないよ。もう現役は退いてるんだ」

「死なないでくださいね」

 ありがとう、と僕は笑った。

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