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友人の証言

 カランコロン。


「来たわよ。……今日は早いのね」

 そう、まだ日が暮れたばかり。

「誰だろうね?」

 僕はいつもの台詞を繰り返して席を立つ。

 扉を開ける。思った通り、そこには隣の家に住むゴンジがいた。僕らと年が近く、夫婦ぐるみのつきあいのある男だ。

「よう、スープを作り過ぎちまった。ちょっとお裾分けだ」

「ゴンジか。悪いね」

 振り返って台所に声をかける。

「ミリー、今日のスープは作らなくてよくなったよ」

 ゴンジには「何か用事を装ってうちに来てくれ」と言っただけなのに、わざわざスープを余計に作ってくるなんて芸の細かいやつだ。いや、本当に作りすぎたのかもしれない。

「あらゴンジ。助かるわ。上がってちょうだい」

「へっへ。上がらしてもらうぜ。あ、鍋まだ熱いから気をつけてくれよ」

 そのまま台所まで行って鍋を置いてくるゴンジ。

「よぅ、メリーちゃん。ゴンジおじさんだよぉ……あらま、おやすみかい」

「さっきまで起きてたんだけどね」

「メリーちゃんは良く寝る子だねぇ。うちのとは大違いだ。うちのはなかなか寝なくて大変よ。大変大変。大変と言えば……」

 ゴンジは急に僕のほうを向いた。

「ランドお前、最近、ドラゴン退治で大変らしいじゃねえかあ」

 ……。

 この大根役者め。

 話の切り替えが下手くそすぎるだろ。

「あ、ああ。そうなんだよゴンジ。人里にドラゴンが出るなんてすごく珍しいのに、何度も追っ払っても何日か経つとまた出てくるんだ」

「危ないな」

「ああ。今のところ畑にも人にも何も被害が出てないのが幸いだけど、参ったよ。こっちはへとへとだ」

「ま、まあドラゴンなんて強力な魔物、並の人間じゃ太刀打ちできないからな。お前みたいなドラゴン討伐経験のある冒険者がいてくれてほんとうにたすかったよ」

 ゴンジ。棒読みにも程があるだろ。

「昔取った杵柄ってやつかな。ま、引退した身でありながらこんな形で村の役に立てるのはありがたいさ」

「おいおい謙遜だな。あんな恐ろしい魔物を一人で退けるなんて、勇者だぜ。俺はあれを見た時、びびっちまって動けなかった」

 お、今度はいいぞ。さりげない。

「え、ゴンジさん、ドラゴンを見たの?」

 妻がくいついた……のはいいが。

 目つきが……鋭い。

 思わずゴンジと二人で妻のほうを見て沈黙してしまう。妻の目が、冒険者時代の目つきになっていた。何匹ものドラゴンと真正面から対峙していたあの頃の目つきに。

「み……見たよ」

 ゴンジがしどろもどろになる。

「本当に? 間近で? よく無事だったわね」

「そりゃもう、慌てて一目散に逃げ出したから何とか逃げられたよ」

 妻が口に手を当てて笑った。

「やだぁ、冗談でしょ? ドラゴン相手に背を向けて逃げるなんてそれこそ自殺行為じゃない。直線飛行でなら人間の全速力の四、五倍は速いと言われてるのよ」

 ああ……。早速ボロが出始めた。

 くそ。考えが足りなかった。妻だって元ドラゴンスレイヤーなのだ。いい加減なことを言って通じるわけがない。

「そ、それはその……もちろん追いつかれながらも防御したりしてだな、その……」

「防御って。ゴンジさん、防具でもつけてたの? それもドラゴンの攻撃を防御できる装備をつけてたなんて。何をしていたの?」

「あ、ああ。いやその、俺も戦士として稽古をしようかと……。と、ともかく凄かったんだ。確かにその、攻撃手段が、多彩だった。えーと、火をふいてきたし、それに……火を、火をふいてたし、あと火をふいてた。それに火をふいてたし、とにかく火をふいてたんだ」

「火をふいてたのね」

「ああ」

「なんて恐ろしい」

 ほんとだよ。なんて恐ろしい語彙力の無さだ。

「それに大きさも凄かったでしょう?」

「ああ。人の背丈ほどもあって……」

「まさか。いくら何でもそれじゃ小さすぎよ」

「い、いや間違えた。えーと、ちょっとした丘みたいな大きさで……」

「あらま。それじゃとっくにこの村滅ぼされてないとおかしいわね」

 ……。うーむ。もはやボロが出過ぎて何も残っていない感じだ。

「本当にドラゴンを見たの? ゴンジさん」

「み……みみみみ見たよ。見たともさ。確かにいたんだよドラゴンが」

「そうなのね。それじゃ確かに早く退治しないといけないわね」

「そういうことさ。だからランドが夜な夜な出かけていくのはドラゴン退治だから仕方がねえんだ。そのへん、ミリーさんも大目に見てやってくれ」

「あら、当然じゃない。変なこと言うのね。「大目に見る」だなんて。ドラゴン退治なら、村のために絶対にやらなければならないことよ。「大目に見る」なんて言い方する筈ないじゃない。ドラゴン退治なら、ね」

 もう、もうやめてくれ。ゴンジが死にそうだ。僕への信頼も死にそうだ。

「あ、ああ。ならいいんだ。なら……。と、とにかくそういうわけだから。旦那を信じてやってくれ。こいつは潔白もごっ……」

「ご、ゴンジ。もう帰るんだな。そうだな。夕飯があるもんな。じゃあな」

 僕は余計なことを言いそうになったゴンジの口を塞いで、強制的に外に追い出した。扉を閉める。


 *


「……ぷはっ。お前、苦しいじゃねえか」

「ゴンジ……。お前……どうしてそう嘘が下手なんだよ」

「仕方ねえだろうが! ドラゴンを見たことにしてくれって言われたって、俺生まれてこの方ドラゴンなんざ見たこともねえもんよ!」

 まあそうだよな。

 戦闘態勢に入ったドラゴンと遭遇した場合、普通の人間が取れる選択肢は、戦おうとして死ぬか、逃げようとして死ぬか、おとなしく死ぬか、のいずれかしかない。

 戦闘意志の無いドラゴンに遭遇した場合でも、下手に刺激すれば死ぬことになるし、刺激しなくともドラゴンが腹をすかせていれば死ぬことになる。他の魔物との決定的な違いは、ドラゴンは何かを怖がることが無い、ということである。それは他の生物を恐れる必要が無いほど強く、また熱にも寒さにも毒にも光にも乾きにも強いという生物としての無敵さを備えているゆえである。

 僕レベルの、それなりに経験を積んだ冒険者でも、基本的に小型のものしか相手にしない。二階の屋根から飛んでもその頭部に剣が届かないような中型以上のドラゴンは十人以上の熟練の戦士がいて始めて相手になる。「丘」などと形容されるような大型クラスになると、もはやそれは自然災害と同じで、「退治する」などという概念が成立する次元ではなくなる。いかに避難をするか、でしかない。進路上に村があれば滅ぶのは避けられない。

「だいたい、なんだって俺にアリバイづくりなんて頼むんだ」

「アリバイじゃないよ。単にドラゴンが本当にいるって証言してくれればいいだけだよ」

「だからそれはお前が毎晩どこかに出かける言い訳づくりだろ? なんだ? 女か? 浮気か?」

「毎晩じゃないよ。三、四日に一度だよ」

「あれか。たまにお前のとこ訪ねてくる……」

「マチルダさんは違う」

「まだ誰とも言ってねえんだがな」

「……単に彼女は警備隊員としてドラゴンの出現を事前に知らせてくれてるだけさ。村に降りてきてからじゃ遅いから、ずっと見張りをしてるんだ。大変な任務だよ」

「警備隊員は他にもいるだろうに、なんでいつもマチルダさんなんだよ」

「いや、彼女の今の見張り番のシフトが夕方から夜にかけてだからで」

「それが怪しいってんだ。どうして都合よくドラゴンが来るのがいつもその時間なんだよ」

「……」

 そりゃ、彼女に聞いてみないとわからない。たぶん、初めに僕と出会ったのがその時間だったから、以来その同じ時間に現れれば僕に会えると思っているのだろう。

「ま……俺も昔はバカやって嫁さん怒らせたもんだから人のことは言えねえが……。ミリーちゃん、いい女じゃねえか。泣かせるようなことすんなよな」

「あ、ああ。わかってるよそんなこと」

 お前がもうちっとはマシな証言をしてくれれば妻の疑いの火がくすぶることも無かったんだぞ、と僕はゴンジを睨む。


 結局、妻の誤解(いや、完全な誤解ではないのだが)は、解けなかった。


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