01 はじめちゃった
VRMMORPG、Free Style Online。
今時珍しくもないVRMMO…と思いきや、従来のそれらの表情も変わらないゲーム達を上回る自由度でゲーマーの噂となった一品だ。しかも体感時間延長機能まである。
で、今俺がプレイしているのがそのFSOである。
チュートリアルとかかっ飛ばして見て、特に特徴もない顔のヒューマンで、肉体も大差ない状態で始めた俺は名前をソードとした。
なにせ最初剣士になろうと思っていたからだ。
が、このゲームはスキル制、最初に5つのスキルを貰えるのだが、先他のスキルは幾らでも装備できるという仕様。なんにでもなれるわけだ。
で、剣のスキルを手に入れれば剣士にはなれるらしい。
となれば2番目にやりたかった生産職になろう、と鍛冶屋の道を目指したのだが…
つい土魔法も取った。
理由? 便利そうだから。だって基本じゃん。
その他にも皮革職人と錬金術も取った。だって生産職っぽいじゃん。
そして俺は剣士にして土魔法を使う鍛冶屋の道を歩み出したのだった。
え?なんでソロかって?そりゃ付いてこれる奴の居ない道を行くからだ!
で、こっから俺の冒険が始まるわけである。
「混んでるなー」
第一陣としてFSOに入れた俺の、ゲーム内での一言がコレである。
最初の街、中世ヨーロッパ風な市街『アインブルク』の中心に置かれた転送ゲートからは、次々と俺と同じ初心者がひっきりなしにゲームを始めていた。
まあそんなことはどうでもいい。
まず剣だ。剣の腕を磨かねば話になるまい。
ということで装備を確認。
初期スキルに合わせた初心者用アイテムが5つ、インベントリに仕舞われている。
初心者の剣、初心者の鍛冶道具、初心者の杖(タクト状)、初心者の練金道具、初心者の皮革道具。
初心者用とはいえスキルに合わせたアイテムを初期から持たせてくれるとは親切なモンだなこのゲーム。
あとは初心者の服で基本装備はバッチリだ。
腰に剣を履いてそこらのNPCにでも周辺地理とモンスターの分布を聞いてみよう。
さぁ俺の冒険は始まったばかりだ!
と、意気込んでは見た物の。
このゲームのNPCすげぇな。
爺さんに話しかけたら耳が遠いやらボケかけやらで話を聞き出すのにめっちゃ苦労した。
思えばゲートの側で質問攻めに合ってる兵士のNPCに、列に並んででも聞くべきだった。
他のNPCは突如現れたPCの群れに引いて全然街道に居ないんだもんなー。
で、難易度が低い順に東の草原、南の森、西の荒野、北の山岳がこのアインブルクの周辺でモンスターが出るフィールドらしい。
そしてリアルに再現されてやたら広い街をひいこら言いながら俺が行った先は…北の山岳である。あーだるい。
なんでいきなり上位フィールドに挑むかって?
それはこのゲームのデスペナにある。
このゲームのデスペナは大変緩く、消費アイテムの一部が無くなるだけで済む。
しかも設定してある痛覚パーセントが100%に近いほどペナが無くなるのだ!
俺の痛覚?もちろん100%だよ?剣士が痛みをなんとする。
んで、おれは北の山岳のモンスターと対峙しているわけだが……勝てる気がしないね!
『スチールクラブ:戦闘中』
鉄の固まりで出来た3mほどのカニみたいな物が緩やかな動きでこっちの様子をうかがう。
マーカーが伝えてくる情報はひっじょーに簡単だ。
そうそう、このゲームはHP表示だのステータス表示だのレベル表示だのもなーんもない。
ただスキル表示と称号しか表示されない投げっぱなしゲーである。
だから行けるかなって思ったんだよ!
まーちょっとした体当たりだけでもうめにみえて打撲だらけでボロボロだけどな!痛ぇ!クッソ痛ぇ!!
鋏に挟まれれば即死だろう。
運良く動きが鈍いため何とかなっているが、関節を突き刺す事でチマチマダメージを与えるしかない。
でもその攻撃も意味があるのか?って威力しかない気がする。勝てるのかこれ。
そして何度目かの鋏の薙ぎ払い。避け損ねた俺の身体は剣でガードしたものの腹の中でボキボキって音が聞こえた。
呼吸が苦しくなり、世界が暗くなる。肋骨をやられた…だけじゃなく肺もヤバイのかな…もう痛いとかそんな次元じゃないけど痛い。
でも此処で止まる必要はない。この痛みが俺をせき立てる。
死ぬまで戦うのだ。戦士に終わりはない。死ぬまで戦うのだ!
死にました。
覚悟を新たにした次の瞬間に体当たりを避け損ねてプチっと行きました。
あそこまで一瞬だと痛みらしい痛みも無いんだな。と妙に新鮮な気持ちです。
でも残る痛みは本物。転送ゲートから転がり出た俺は残痛のあまり脇腹を押さえて悶絶し、大衆の前で遠慮なく嘔吐する。
吐瀉物はゲームの仕様に従ってすぐに消えていくが、周囲の人間は何事かとあわてる者、原因を理解して苦笑いする者など色々だ。
そしてそんな野次馬の中の一人、エルフの女性が声を掛けてきた。
「大丈夫?水、飲める?」
革袋を差し出す彼女は日に透ける金の髪も相まって女神のように見える。
俺はありがとうと言い損ねたままに水の革袋を受け取ると、一気にその中身を煽った。
「いきなりスチールクラブなんて無茶よ。あれは北の山岳のボスMOBなんだから!」
目の前のエルフの少女はエリナと名乗っていた。
PCらしいがまるでNPCの様な自然な美形だ。弄ると違和感が出るから多分素で美人なのだろう。
金のサラサラヘアーを後ろに撫でつけた、まるで絵本にでも出てきそうなエルフだ。
なんてことはともかく、俺は広場の噴水側に腰掛けてお説教を喰らっていた。
βテスターだったらしい彼女はこの周辺をある程度把握しており、そう言った情報には強いらしかった。
「で、初心者はダメージを与えられるのか?あと、ダメージは蓄積するのか?」
でも、俺の興味はそこだった。
死に戻りデスペナ無し。ダメージが与えられるならいつかは殺せる。
そんな俺の確信を含んだ目に、彼女ははぁ、とため息をついた。
「理論上は殺せる…ハズだわ。ダメージは蓄積するハズだし、初心者の剣でもダメージが通らない事はないはずだから」
でも途方もない時間が必要よ?と添えられて、俺のやる気は俄然盛り上がる。
男なら困難に立ち向かってこそだ。
すると彼女は続けた口を開く。
「悪いこと言わないから、おとなしく東の草原で狼でも狩って、お金を貯めてまともな装備を買いなさい。結局、遠回りが近道よ?だいたいなんでスチールクラブが北に入ってすぐに居るのかしら…」
俺は別に近道を行きたい訳でもない、我が道を行きたいだけなんだが…それに初心者の剣にはこの特徴がある
『初心者の剣:初心者用の剣。見た目より弱いからさっさと買い換えよう。ただし壊れない。』
最後の一文である。壊れないのだ。
どう考えてもあんな硬い物を斬りつけて無事な剣が最序盤で手に入ると思えない。
ならコイツに頑張って貰うしかないだろう!
そういう事を説明すると、彼女はまたため息をついてもう一言を言う。
「わかったわ…もう止められないみたいだから言うけど、痛覚100%は止めてね?往来の真ん中で吐かれるのは恐いし」
残念。止める気はないのです。いいじゃないかフリースタイルなんだから!
そして俺は彼女とフレンド登録をして別れた。
目指すは北。スチールクラブの命である。