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細川香織

 正規兵型アゼルのメンテナンス……の下請けの……さらに下請け。

 今は私の所属する工房が契約している。

 私の名前は細川香織。

 工房の職人だ。

 クラスメイトが次々と売られていく中、私もまたアゼルの開発・メンテナンスを手がけている工房に売られた。

 親方の弟子として。

 かつての工房の頂点『ダ・ヴィンチ』。

 だが今は領主に睨まれた没落工房。

 職人は逃げたのに仕事だけは入ってくる。

 そのせいで人手がどうしても必要だったのだ。

 以来、二年間、私は親方の弟子、いわゆる徒弟としてここで働いている。


「ホソカワぁッ! 腕の調整は終わったかー?!」


 しゃがれた男の声が響いた。

 親方の声だ。


「親方ぁッ! 腕の機体調整完了したッス!」


 私も負けずに怒鳴り返す。

 仕事では常に喧嘩腰。

 普通の日本人から見れば酷い労働環境に思えるかもしれない。

 だけど私はこういうノリになれていた。

 私の家は、小さな鋳物の工場。

 金属を溶かして型に流し込む方式で製品を作っている。

 マンホールから鍋までいろいろな製品をだ。

 工場のノリはこの工房と似ている。

 非常に慣れ親しんだノリだ。

 それに機械を触るのは昔から大好きだ。

 分解し、清掃し、故障箇所を交換する。

 その全ての作業が好きだ。

 だからここでの仕事は非常に楽だ。

 苦にもならない。

 今回も会心の出来だ。

 それなのにあのジジイ。

 返事も寄こさない。

 イラッとした私はもう一度怒鳴る。


「親方ぁッ! 聞いてんのかー! 黙ってると残った毛抜くぞ!!!」


「聞いてるぞ! テメエの腕は信頼してるから怒鳴るんじゃねえ!!!」


「あいよー! んじゃ下に降りますわ」


 私は昇降機に乗り、下へ降りる。

 親方は脚部のメンテナンス、拡大鏡をつけてギアボックスの清掃をしている。

 闘技場で使われたアゼルの修理だろう。

 分解し、油汚れを溶剤で落とし、組み立ててから油をさす。

 やはり老獪な職人だ。

 手際がいい。

 作業を終えると親方は私を見てニヤッと笑った。

 なにか楽しいことがあったらしい。


「おう。ご苦労。聞いたか? 領主の山岸が闘技場で対戦だってよ」


 親方はそう言って笑った。

 こうの顔は半分は自虐、もう半分はいいことがあった顔だ。

 私も似たようなものだった。

 私はアゼルは好きだが、闘技場での殺し合いはどうにも好きになれない。

 どう考えても野蛮に思えるからだ。

 それに領主の山岸も好きじゃない。

 私と友人たち全員を奴隷として売った連中の一人なのだ。

 だから闘技場のアゼルの修理やカスタマイズは正直気が進まない。

 でも仕方がない。

 これは仕事なのだ。

 今この工房は仕事を選ぶ余裕などない。

 闘技場であっても請け負わなければならない。

 それに『仕事にはプライドを持て』。

 何度も教え込まれた親方の大事にしている言葉だ。

 仕事にはベストを尽くす。

 職人はそれだけを考えていればいい。

 そうだ。

 それだけを考えるんだ。

 そのためにも、ちゃんと話を聞かなければ。


「んじゃコイツは?」


「黒騎士戦の前座で行われる騎士用アゼルだ。山岸の直接の注文らしい。まったく、いい加減なメンテナンスしおってからに!」


 親方はイライラとしていた。

 やはりこの仕事は気にくわないようだ。

 山岸が領主になってからというもの、アゼルの扱いが日増しに酷くなっている。

 いい加減なメンテナンスで酷使しているのだ。

 そのせいか工房に持ち込まれたときは手遅れ気味に故障していることが多い。


「山岸がうちに注文ですか? 珍しい……」


「いんや、他の工房の仕事が多すぎて、うちにまでまわってきただけだ」


「うっわー……」


「いいから仕事しろ! 職人は……」


「『ただ仕事だけしてればいい。仕事にプライドを持て』でしょ。親方」


「ああ。そうだ。気張ってやれよ! 試合の前に動かなくなったら工房の恥だからな!」


「あいよ親方! ところでカスタマイズはしないでいいんですか?」


 正規兵だったら自分好みに装備や挙動をカスタマイズする注文が入ってるはずだ。

 ところが今回はそのような特別な注文を聞いていない。


「フンッ! 山岸のド阿呆にそんなことわかるわけがなかろう。カスタマイズなしで送り出すつもりだ」


 野球部の万年補欠野郎。

 それがヤマギシだ。

 ひたすら頑丈なだけで、メンタルもフィジカルも弱い。

 領主なんだとふんぞり返っているが、他の男子の足手まといだから置いて行かれたに違いない。

 二年前と何一つ変わっていないようだ。


「まあそうっすね」


 私はとりあえず返事をした。

 親方は「くくくっ」と笑う。


「情けねえ。俺の工房も落ちぶれたもんだ……すまねえ香織。潰れるときには身の立つようにしてやるからな」


 そう言って親方は鼻を鳴らした。

 すでに私の奴隷契約は消滅している。

 親方は「そういうのは好かん」という男なのだ。

 そのせいか私たちの間には妙な信頼感があった。

 だから私は親方を慰める。


「そのうちどうにかなりますよ。それに私、親方には感謝してますよ」


「そうか?」


「ええ。私は案外職人向きだったみたいだし」


 私がそう言うと親方が満足そうに笑う。

 どうやら私の言葉が嬉しかったようだ。

 親方は「ふふッ」と笑うと話を変えた。

 湿った話はしたくないらしい。


「ところで知ってるか?」


「なにがです?」


「ヤマギシの対戦相手だよ!」


「興味ないです」


 闘技場の選手なんかには興味はない。

 試合も見ないし見たくもない。

 闘技場にいる連中は、どいつもこいつも死にたがりのバカ野郎だ。

 ホントバカばかり……

 アイツだってもう死んでるに違いない。

 私たちのせいで味方になってかばってくれた友達が死んだのだ。

 そんな私の心なんて知らないとばかりに親方は続ける。

 よほど楽しい出来事らしい。


「いや聞けよ! それが傑作なんだよ! あの黒騎士タカムラだぜ! ほら、二年前に全裸でテレビに出やがった……」


 レンチが床に落ちた。

 工場に金属音が響く。


「タカムラ……生きてたんだ……」


「おい! 工具は丁寧に……ってお前……」


 目から自然と涙が溢れてきていた。

 生きていたのだ。

 あの高村が生きていたのだ。


「お、おい! 俺なんか悪いこと言ったか? なあ……俺は女の子のあやしかたなんてわからねえぞ……あー困った……おい頼むから泣き止んでくれ」


「お、親方ぁ。違うんです。と、友達なんです。タカムラは」


 彼は私たちの犠牲にならずに生きて戻ってきたのだ。

 約束を果たしにやって来たのだ。

 助けなきゃ。

 彼をなんとしても助けなきゃ。

 これは私に課せられた義務なのだ。

 私は涙を拭う。

 負けてなんていられない。

 アレを。

 アレをタカムラに渡す時が来たのだ。


「親方。お願いがあります!」


「お、おう……なんだ?」


「私が作ったアレを高村……黒騎士に渡します!」


「いいのか? まだ調整が……」


「完成させます! 親方は黒騎士のオーナーに連絡をお願いします。伝手あるんでしょ?」


「お、おう……お前がそう言うならわかった。連絡してやろう」


 このとき私の心に残ったなにかが燃え上がった。

 それは情熱と言うのかもしれない。

 こうして私の運命も動き出したのだった。

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