サイガ
「起きろー」
何者かが俺を揺さぶった。
もうちょっと寝させてくれー。
「っよ! タカムラ」
何者かに声をかけられた。
声の主は銀色の髪を長く伸ばした男。
外見は20歳くらいと思われるが本当の年齢はわからない。
サイガ。
奴隷商にして拳闘奴隷のプロモーター。
ここ2年で頭角を現した新進気鋭の商人。
奴隷商だがな。
俺の所有者にして共犯だ。
「お前またやったのか?」
サイガが天井からぶら下がった男を見ながら言った。
その表情は『どうでもいい』。
かなりの鬼畜だ。
「悪いか?」
同じくらい鬼畜の俺はにやりと笑った。
するとサイガもつられて笑う。
悪い顔で。
「いんや。それよりも今日も大勝利じゃねえか! よくやった黒騎士!」
「へいへい。儲かったか?」
俺は起き上がりもせず答えた。
絶対に起きないでゴザル。
「おう! 儲けた儲けた! 黒騎士様々だぜ!」
「黒騎士ねえ……ただ単に黒にカラーリングしただけじゃねえか」
無改造がバレないように黒く塗っただけ。
もはや詐欺だよね。
「おいおいおい。お前らの提案だろが。『一番速く解放される方法教えやがれ』って言ったのはお前らだぞ」
俺は黙った。
雄弁に語るだけが戦略ではない。
沈黙すべき時は沈黙する。
それができてこその心理戦だ。
沈黙は金なのである。
な、なにも言い返せなかっただけじゃないんだからね!!!
それにサイガの言っている事は事実だ。
俺はわざとヒールを演じている。
なぜならこの闘技場はギャンブル施設でもある。
しかも自分自身の勝利に賭けることができる。
ヒールを演じて嫌われまくって、勝てそうにないと観客が思うような強いヤツと戦う。
当然、これは試合ではなく公開処刑だから俺に賭けるヤツは少ない。
ドMとバカだけが賭ける。
俺も自分に賭ける。
なんと剣闘士も自分の勝利に賭けることができるのだ。
勝てば一攫千金。
負ければ死ぬ。
嫌われてるので……ものすごく死ぬ。
実にシンプルだ。
そのためにいろいろやった。
二年前のデビュー戦後の生放送で全裸になったり。
毎回客席にファックサインをしたり。
客席に対戦相手を放り投げたり。
客席の壁に対戦相手を押しつけて殴ったり。
わざとパンチ外して観客席を殴ったり。
あ、電磁シールド張ってあるから基本的に観客は安全よ。
でもそれでも逃げるのが人間ってものだ。
慌てふためく観客。
超ざまぁッ!
うけけけ!
観客がゴミのようだ!!!
ほとんどはムカついて衝動的にやった事は内緒だ。
一応、計算された演技ということになっているのだ。
あとは……対戦相手が死なないように戦ったりとかな。
要するにインチキだ。
ただしハイリスクハイリターン。
必要なのは掛け金と俺の命。
そう。
この稼ぎ方は常に危険にさらされる。
闘技場外でもリスクが発生するのだ。
ついさっきのようにロッカールームとか楽屋でキレた相手選手が殴り込んできて、刺されたりとかもある。
だから誰もやらない。
俺の場合は今までやって来た野郎は全員半殺しにしてるけどな。
今ではこのロッカールームは俺専用の控え室のようになっている。
みんな俺の喧嘩に巻き込まれるのが嫌なんだってさ!
ざっけんな!!!
俺悪くねえだろが!
喧嘩を買って暴れた以外は。
「おーい聞いてるかー?」
サイガが呆けている俺に声をかけた。
「聞いてるよ?」
嘘です。
「まあいいや。儲けた儲けたっと。で、次の対戦相手な。次は……赤騎士だ」
サイガはにやりと笑っていた。
最高に悪い笑顔で。
赤騎士。
それはこのセクション47を治めている領主の私兵だ。
その中でも貴族の地位を持つ猛者だ。
本物の騎士。
俺の自称騎士とは大違いだ。
その証拠にこの闘技場のチャンピオンはヤツだ。
チャンピオンになればなんでも願いが叶う。
奴隷からの解放もだ。
闘技場のチャンピオンになる。
それが俺たちの最初の目標だ。
「とうとうか……」
「ああ。計画通り動け。タカムラ、お前が裏切らない限り俺は全てに便宜を図る」
「ああわかってるよ」
俺はそう生返事をする。
「なあタカムラ」
やる気なく返事をした俺にサイガがさらに声をかける。
サイガの様子がおかしい。
なんだかもじもじしている。
「なんだよ……」
「俺たち友達だよな」
ワーニン! ワーニン! ワーニン!
なぜか頭の中に警告が鳴り響く。
どうも男の方が愛玩用奴隷にされることが多いと聞いたせいか、過剰反応をしているようだ。
ねえ。
そうだよね?
そうと言ってくれ!
そうじゃなかったら今すぐコイツ殺さにゃきゃならん!!!
俺はシャツの中に手を入れ護身用のナイフを抜いて待機する。
野獣先輩!
「ンアッー!」
うわああああああああああッ!
俺は動揺を覚られないように返事をする。
「ナ、ナニカナ……」
「ああ。奴隷ってのは他のセクションからの脱走者や犯罪者、それと借金を返せないヤツへの刑罰の意味合いが大きいってのは知ってるな。と言っても他のセクションからの脱走者はこの二年間見たことないけどな」
おっと真面目な話だ。
俺はナイフを鞘に収める。
よかったああああああああああ!
「ああ。知ってる」
キリッ!
「それが悪しき先例と労働者不足のせいで労働者を攫って売り飛ばすのが常態化している」
「だから逆に女子は安全なんだろ? エロ系の仕事はプロの組合があるからそうそうないって」
「まあな。ただ、嫁にされたり、危険な仕事で死ぬ可能性はあるけどな。危険な作業をさせるために拉致するわけだからな。……とりあえず今は自分が解放されることを考えろ。わかるな」
「ああ」
なあに、非道な扱いをしていたら女生徒の名誉のためにも口を永遠にふさぐだけだ。
それだけは心に決めている。
「だがな剣闘奴隷は違う」
「え?」
なんですと!
「凶悪犯罪者の集団だ。ほとんどが殺人や重過失致死、それに反逆罪で売り飛ばされた連中だ。まあ死刑代わりだ。誰もそれには触れないがな。民衆は自分らの野蛮さを直視したくないのさ。アイツらはお前を殺そうとしたんだろうな」
「え? 今さら! なに! 今さらそれカミングアウトなの?!」
はじめて聞いたぞ!
そうか……
どうりで最初から殺す気満々で攻撃してくると思ったぜ!
殺すのに躊躇してる俺とは人種が違うのか!
「そして、今回は正規の騎士が相手だ。騎士が犯罪者を一刀両断する。そういうショーだ。意味はわかるな?」
「……マジか!!!」
ボクちゃん死亡フラグ点灯!!!
常に点灯してるけど。
ボクシングのタイトルマッチみたいな展開だと思ってた俺がバカだった!
「ああ。お前テレビ見ないからな……知らないのも当然か。お前は成敗されるくらい嫌われてるんだよ。わーいやったね! 声援を受ける剣闘士は騎士。罵声を浴びせられるのは奴隷と反逆者。わかるだろ?」
いや……全く気づいてなかった……
いやホラ……俺、剣闘士の仲間いないし。
「うちの研修生も反乱の罪で連座で売られたガキどもだ」
そっちも深く聞いたら相手に悪いかなあと思って聞いたことなかった。
……ヤバい!
俺……戦うのに必死すぎてこの世界のことあまり知らない……
「だからさすがに今回は死ぬかもしれないから謝っておこうと思ってな。すまんタカムラ!」
サイガは頭を下げた。
ひでえ!
鬼がいる!
鬼がいるぞ!!!
だが……俺には抗議する気はさらさらない。
俺にはこの手段しかなかった。
俺の目的を達成するには。
だから、
「いいよサイガ。俺たち……友達だろ?」
俺はサイガを許してやる。
それでいい。
なあに俺は死ぬ気はない。
卑怯だろうが生き残ってやるさ。
俺は人類が絶滅しても生き残る予定だしな。
「んじゃ話は終わったな。ちょっと練習してくるわ」
そう言って俺は起き上がりサイガに背を向け部屋ようとする。
内心『マズイよ! マズイよ!』となってるがな。
フフフ。
最近我慢ができるようになった。
俺カッコイイ!
「だけど……約束を忘れたら殺す」
一応釘を刺しておくのは忘れない。
現在、俺たちはとある契約を結んでいる。
お互いの願いを叶える契約だ。
奴隷と契約、約束をするのだからこの野郎は面白い。
だが油断は禁物だ。
俺はそういう世界で生きているのだから。