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俺が奴隷になるまで 2

 ボクの意見は説得力に欠けていて。

 闇へと虚しく空回る。

 (まぶた)にはヤツらの歪んだ笑い顔。

 学ランにべっとりと屈辱だけがへばりつく。

 拭っても拭ってもどこまでも追いかけてくる。

 常にボクの背中に屈辱は手を回す。

 ああそうか。

 あの日ボクは死んだのだ。



 本当なら今ごろ俺は普通の高校生だったはずだ。

 友達と無駄に学生時代を浪費して、今ごろ大学行くのか高卒で働くかを不真面目に考えている。

 運が良ければ彼女ができたかもしれない。

 運が悪ければ、むさ苦しい男子校で灰色の学校生活。

 そんな普通の生活をしていたはずだ。


 どうしてこうなった?


 気がついたらこの世界に俺はいた。

 いや俺たちはいた。

 同じ飛行機に乗っていた一学年全員。

 それと引率の教師までもがこの世界にいたのだ。

 非日常に置かれたとき。

 そこでこそ人間の本性が顕わになる。

 本来なら助け合って帰還を目指す。

 それが正しい姿に違いない。

 今でも俺はそう思っている。

 ところが男子生徒どもは女子生徒を心配する言葉をかけながらその裏で、さっさと足手まといになる女子生徒を売って資金にする計画を立ててやがった。

 俺の同級生。

 あいつらの本性はクズの集団だったのだ。


 俺は嫌だね、そういう美しくないの。

 非常事態だからこそ美学とかきれい事ってのが重要なんだ。

 こういうときこそ人間は気高くあるべきだ。

 ……まあこれは教師の受け売りだが。

 でも俺も言語化できないだけで気にくわなかったのは事実だ。


 少なくとも現実の壁に打ちのめされるまでは……


 俺ともう一人は強く反対した。

 「ふざけんなお前ら」ってな。

 そしたら女子たちと一緒に奴隷商に売られてこのざまだ。

 アイツらの去り際、俺は言ったね。


「地の果てまで追いかけて君ら全員を殺してやる」


 ってな。

 ところがあの連中、俺を指さして大笑いしやがった。

 それはもう笑いすぎて涙まで流してたぜ。

 俺と……それに女子をあざ笑ったんだ。

 そりゃしかたない。

 あの頃の俺は漫研所属の眼鏡をかけた、ただのドチビだ。

 暴力=校内カーストの中学校じゃ俺の言葉に説得力はない。

 迫力にも欠けていた。

 点数をつけるなら10点ってところだ。

 その証拠に


「あ? やれるもんならやってみろよクズ」


 ゴミを見るような目だった。

 いや……あの目は弱者をいたぶる目だ。

 明らかに下位の人間を見る目。

 同じ人間とすら思っていないかもしれない。

 壊れにくいおもちゃ。

 それが一番近いのだろう。

 その証拠にヤツらはどこまでも見下した目だった。

 目を閉じると今でもあのツラを思い出す。

 あいつらは三日後には自分が何をしたかなんて忘れるだろうが、俺は一生忘れないだろう。

 クズはテメエらだ!


 俺はその時、内心憤慨しながらも女子生徒の方に顔を向けた。

 そして無理やり笑顔を作る。

 安心させる台詞をどうにか絞りだそうとしたんだ。

 今までの人生の中で一番頑張ったのよ。

 いや本当に。

 だけど……まあなんだ。

 俺はあんまりモテない。

 いやモテたことがない。

 女の子とどうやって会話するの?

 そういうレベルだ。

 ちゃんと表情を作れているかが疑問なレベルなのだ。

 今でもあまり変わらないが……

 当時の俺は眼鏡で運動音痴でチビでオタクでブサイクで自信もなく常にビクビクして……

 女子生徒からしたらゴミ以下の存在だろう。


 なんで思い出すたびに涙が出るんだろうね……

 ああ、なんて苦い涙の味。

 これが本物の屈辱の味なんだね。


 だけどそんな俺も女子の前で一度や二度は格好つけたい。

 ブサイクだって見栄はある。

 いいだろ?

 そのくらい。

 ブサイクだって生きてるんだよ!!!

 ブサイクに感情がないとでも思ってるのか!

 なあ答えろよ!

 だれか答えてくれよ!

 だから俺は心の叫びを誤魔化すためにも、訴えるように言ったんだ。

 この努力だけは誰かに認めて欲しかった。


「みんな! 絶対に俺が助けてやるから待ってくれ!!!」


 女子が俺を見る。

 その顔は一言で言うと虚ろ。

 まるで俺がそこに存在しないかのような。

 ……え? なに? その顔。


『こいつじゃ無理』


 女子生徒たちの絶望しきったその顔は雄弁に物語っていた。

 口にこそ出さないがな。

 かなりの人数が絶望のあまりシクシクと泣いている。

 「お父さん!」

 「お母さん!」

 悲鳴が響く。

 彼氏の名前を叫んでいる子もいる。

 お前を売り払ったのはその彼氏だよ。

 なんて酷薄なことは言わない。

 その頃の俺はまだ鬼じゃないからな。

 俺も彼女らの気持ちはわかるからだ。

 だがもう一つ……俺をスルーするというこの空気には耐えられそうにもない。

 いや俺の存在感が空気なんだけど。

 そうですか。

 俺は空気ですか。

 俺じゃ無理ですか。

 そうですね。

 はい知ってます。

 「※ただしイケメンに限る」ですね。

 知ってます。

 世界の残酷さってヤツですね。

 生まれた瞬間に俺の人生詰んでるんですね。

 あきらめなくても試合終了ですね。

 ブサイクに生まれてきてスイマセンでした。

 生意気に空気吸ってすいません。

 単細胞生物からやり直してきます。

 俺が現実というクソゲーの難易度に耐えかねて膝を抱えてブツブツ言ってると女生徒が声をかけてきた。


「あのね、高村君。ホラ……タカムラ君は戦ったりとかは無理だから……無理しなくていいよ……私たち、がんばるから!」


 委員長の牧瀬結菜による涙を流しながらの中途半端な情け、それが俺にトドメを刺す。

 痛い!

 心が痛くて苦い!!!

 どうしてこんなに胸が痛いんだ!

 どうして言葉だけで胸が締め付けられるんだ!

 悪意のない酷い台詞ってのはわかってるんだ。

 でも……酷い!

 酷すぎる!!!

 女の子はどこまでも残酷だ。

 イケメンじゃないと言うだけでこの扱い!

 まるで世界が敵に回ったかのようだ。

 でも恨むつもりはない。

 極限状態に追い込まれた人間ってヤツだ。

 仕方がない。

 仕方が……今でも三日に一度は夢に出るけど。

 恨んでなんかイナイヨ。


 だが俺は決めた。

 全員助けて吠え面かかせてやる!

 意味わかんねえけど、決めたんだ!

 俺は決めた。

 決めたからな!!!

 でも心の涙が止まらなかった。


 そんな俺にも救いはあった。

 俺が決心を固めた。

 ヤケになったも言う。

 その時だった。

 金髪のギャル、クラスメイトの細川が近づいてきた。

 目をはらし、いつもの濃い化粧は涙で崩れていた。

 だが他の女子とは違って目は死んでいない。

 細川は俺の前に辿り着くと真剣な声で言った。


「タカムラ……あんた本当に助けに来るんだね」


「そう言っただろ」


 俺は断言した。

 震え声で。

 泣かなかったのだけは今でも自分を褒めてやりたい。


「わかった。あんたを待ってる」


 細川の目に力が宿る。

 そのとき彼女が何を思っていたのか?

 それはわからない。

 だが俺を信頼するという意味だと思いたい。

 だから俺は、だからこそ俺は……


「おう」


 ぶっきらぼうに答えを返すのがやっとだった。

 俺は女子と話をしたことは……ほとんどない。

 しかも胸がいっぱいだ。

 俺はどうしていいかわからずに無言になる。

 俺カッコワルイ。

 魂とかを代償にすればイケメン力が手に入りますか?

 その場にいもしないイケメンへの僻みで世界を呪う俺。

 イケメン力たったの5だ。ゴミめ! ちゅどーん。

 なぜ俺はサ●●人(イケメン)に生まれなかったのだ!!!

 ひたすら自分にダメ出しする俺。

 だが細川は俺が思っているよりも何倍もいいヤツだった。


「待っててやるから……あんたも無茶すんなよ」


 そう言って細川は俺の肩を叩いた。

 なにこのイケメン!

 今ちょっとキュンとした!

 スクールカーストの最下位の俺と最上位の細川。

 それまでまともに話もしたことがなかった。

 どうやら細川は俺が思ってたよりも気のいいヤツだったらしい。

 それにこんな状態でも俺を心配するだけの根性もある。

 だから余計に心配させたくなかった。


「ああ。大丈夫だって。ボクが……俺がなんとかしてやるから!」


 俺はムリヤリ作った笑顔でそう言った。

 これは俺が奴隷から解放され売られた仲間を取り戻す話だ。

 ……あと俺たちを売った男子どもにリベンジするのも。


「何があっても生き残って助けてやるかんな!!!」


 そう誓って2年間。

 地獄の訓練で引き締まった体。

 なぜか回復した視力。

 あまり伸びなかった背。

 この世界の影響かなぜか赤くなった髪と目。

 すっかり人相が変わった俺がそこにはいた。


 それからいろいろあった。

 いやあ、社会の仕組みを勉強させてもらったね。

 頑丈でハードな肉体労働が可能な男の方が値段が高いことを知ったり、

 エッチ系の仕事なんてプロの方々がいるから奴隷なんかにやらせないことを知ったり、

 むしろ俺みたいに背の小さい男の方が危ないことを知ったり、

 裸にされてオークションに出品されたり、

 労働力にもならなそうなチビガキを買う酔狂なヤツが存在することを知ったりだ。


 そうそう俺を買ったヤツがこれがまた面白いヤツで……

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